第10話:こんな夜に、君と真実に触れるなんて
夜の校舎は、昼間とはまるで別の場所だった。
蛍光灯のない廊下は、月明かりに照らされるだけ。足音ひとつでさえ、不気味なほど響く。
「……大丈夫、誰もいないよ。今夜は警備もいないって確認してあるから」
そう囁いたのは、隣を歩く千歳。
その声も、いつもより一段小さかった。
「それでもドキドキするな。廃墟探検みたいだ」
俺が冗談めかして言うと、千歳はクスッと笑った。
だけど、その笑みにはどこか不安が滲んでいる。
資料室の前で、彼女は立ち止まった。
鍵を取り出し、ゆっくりと錠を外す音が、やけに重く感じられた。
「この中にあるの。事故の……本当のことが」
ドアが静かに開いた。
中から漂ってくる古い紙の匂い。
窓は閉ざされ、空気は澱んでいた。
棚の奥から、千歳が一冊のファイルを取り出した。
それは、ずっと探していたもの──彼女の父親が残した、旧校舎火災事故の報告書だった。
「ねえ、相原くん。信じられる? これ、本当は"自然発火"じゃなかったんだって」
彼女がページをめくると、そこには、消防署の非公開記録や、関係者の証言メモが綴られていた。
「着火点が不自然だったとか、ガスの元栓が意図的に開けられてた形跡があったとか……なのに、公式発表は『自然発火』で処理された」
俺は言葉を失った。
ページをめくるたびに、疑念が現実に変わっていく。
そこに書かれていたのは、"誰かが火をつけた"可能性を示唆する情報だった。
「父は、真相を知ってた。でも、それを出す前に急に辞めさせられて……」
千歳の声は震えていた。
「悔しかったと思う。でも、私にはなにもできなかった……ずっと怖くて、ずっと逃げてたの」
彼女の肩が震える。
俺は、そっと手を伸ばして彼女の手を包んだ。
「逃げてなんかないよ。こうして俺と来たじゃん。俺は、そんな千歳を……すごいって思う」
千歳が顔を上げた。
潤んだ瞳で、まっすぐに俺を見つめる。
「相原くん……」
「この資料、俺も手伝って調べる。真実を隠した誰かを暴こう」
沈黙の中で、彼女は一度だけ、深く頷いた。
「ありがとう。ひとりじゃ、もう持てなかったから……この重さ」
ファイルをぎゅっと抱きしめるその手が、少しだけ震えていた。
資料室を出ると、空には満天の星が広がっていた。
真実はまだすべて見えない。でも、確かな一歩は踏み出した。
「私……もう逃げない。君となら、ちゃんと見られる気がするから」
その言葉は、夜風よりも優しく、俺の胸に残った。
──そして、次の朝。
誰よりも早く登校した俺たちは、図書室でファイルを広げ、ある名前に辿り着いた。
それは──今、教育委員会に名を連ねている人物だった。