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第1話:となりの席、論理で恋を語る彼女

 春の朝は、どこか気だるくて、ちょっとだけ希望の匂いがする。


 教室の窓から差し込む光のなか、相原悠真あいはら・ゆうまは自分の席に腰を下ろし、小さく息をついた。新しいクラス、新しい教室、新しい席──そのどれにも、彼の心は特に動かない。


(どうか、今年も平和に過ごせますように)


 悠真の高校生活は、徹底して「空気」であることをモットーにしていた。目立たず、浮かず、ただそこにいる。友達がまったくいないわけじゃない。でも、深く関わることは避けてきた。


 人間関係って、複雑だ。気を遣い、言葉を選び、意図を汲んで、察して、合わせて……面倒くさい。


 だから悠真は、“誰かの物語の脇役”でいいと思っている。


 だが、その思いは──ほんの数分後、壊されることになる。


「……ここ、私の席だよね?」


 声がした。よく通る、けれど柔らかい声だった。


 顔を上げると、黒髪をすっきりとまとめた、どこか冷たい美しさを持つ少女が立っていた。制服のリボンの結び方も完璧、表情も整いすぎていて、まるで作り物みたいに静かだった。


(……姫野ひより?)


 名前くらいは知っていた。テストの成績は学年トップ、容姿端麗。だけどどこか近寄りがたくて、あまり人とつるんでいる印象はない。周囲では「才色兼備だけど変わり者」と噂されている。


 その彼女が、悠真の隣の席に鞄を置いた。


「……よろしくね、相原くん」


「え、あ、うん。よろしく……?」


 なんで俺の名前、知ってるんだ?


 そんな疑問も口に出せぬまま、彼女はじっと悠真を見つめてきた。


「……へぇ、やっぱり。面白い顔してる」


「……は?」


 意味がわからない。失礼すぎる。


「安心して。悪い意味じゃないから」


「よくわかんないけど、どっちにしても不安になるよ、それ」


「私、人の感情に興味があるの。特に、恋愛感情。……論理的じゃないのに、誰かを好きになるって、すごく非合理的でしょ? だからこそ面白い」


「……はあ」


「だから私は、日々観察してるの。人の表情とか、目の動きとか、声の震えとか。感情って、そういうとこに出るから」


「それ、俺に言う必要あった?」


「あるよ。だって、今日からあなたを観察対象にするから」


 にこ、と笑ったその顔は──冗談には、見えなかった。


 それから、ひよりは本当に観察してきた。


 授業中、ちらっとこちらを見る視線。昼休み、突然話しかけてくるタイミング。帰りのHRで提出物を取りに行こうとした時、「今、ちょっと躊躇したよね」と言ってくる鋭さ。


(……こいつ、マジで見てる)


 じんわりと汗がにじむ。いつものように目立たずに過ごすつもりが、隣の席に“非合理の観察者”がいるだけで、世界がガラリと変わってしまった。


 昼休み、なんとなく外に出る気になれず、机に突っ伏していたところに、声が落ちてきた。


「ねえ、相原くん」


「……なに?」


「キミって、他人の感情には敏感だけど、自分の感情には鈍感だよね」


「……いや、そもそも俺、自分にあんまり興味ないから……」


「それが、面白い」


 まっすぐな目だった。からかいでも、興味本位でもない。純粋な研究対象を見るような視線。


 けれど、そのまなざしに込められた熱に、悠真は少しだけ、頬が熱くなるのを感じていた。


 なんなんだ、この人は。


 ただ静かに、透明に生きていたはずなのに。


 となりの席に座っただけで、こんなにも日常を騒がしくしてくる。


 それでも──


 気づけば、彼はその“騒がしさ”を、少しだけ楽しんでいる自分に気づいていた。


 春風が、窓の外からふわりと吹き込む。


 となりの席で笑う彼女は、きっとこれからも、俺の日常を「特別」にしてくるんだろう。

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