ねこ娘とおっさんがご飯を食べに行くだけの話
「シェザランさん、僕は上陸するけど一緒に来るかい? 飯でも食いに行こう。普段は奢らないが今回は特別だ」
命令ではない、ということはプライベートってことかな? ツキシロのことはボスというだけでほとんどまだ何も知らない。今後もお世話になると決めたのだから知っておくのもいいと思う。おごりというのならなおさら。
「奢りなら行く!」
ツキシロが本当に面白い、といった感じで笑った。……そんなに面白かった?
「わかった。じゃあ一緒に行こう。少しだけ待ってくれ」
そう言ってツキシロは持っていたタブレットを熱心に操作し始めた。
「世界レベル9、科学レベル8、魔法レベル2、聖王レベル5、サイキックレベル3、か。シェザランくんは魔法、使えるんだよね?」
「ブラックベルト二段だ」
「前の星系は確か魔法レベル8だったよな。今いる星系は魔法の力が弱いから、基本魔法は使わないようにしておくれ。レベル2なら簡単な魔法ですらなかなか発動が難しいと思う」
「え? それだと宇宙船は飛べるの? あれ魔法で動いてるよね」
「宇宙港は例外なんだ。どの宇宙港もすべてのレベルが10のはずだ」
よくわからない。とりあえず魔法を使わなければ問題ないんだろう。
「まあ世界レベルが高いから心配することは起こらないと思うけどね」
そう言いつつ、ツキシロは護身用の銃を携帯するようだ。私は……体術でなんとかなると思う。
「ひゅー、思ったより日差しがきついね」
ツキシロも私もフード付きマントをつけてきていたのだけど、フードがすぐに熱くなってしまう。
ここは宇宙港より降りたすぐのところにある街、らしいのだけど、暑さのせいかあまり人は歩いていない。
「ちょっとそこの店で買い物をするよ。少し待っておくれ」
そういってツキシロはその太った体でどすどすと店に近づいていった。私は建物の影で一休みさせてもらう。
すぐにツキシロは帰ってきた。
「ほら、君の分だ。安かったよ」
渡してきたのは植物で編んだ、つばの大きい帽子のようだ。ツキシロと同じように被ってみる。耳が収まるかちょっと心配したけど、耳の部分に窓が空いていたようで、そこから耳だけ突き出せた。全部覆い隠していたフードよりいいな、これ。
「この星系にもパルムではないねこ人がいるみたいだ。ちょうど良いサイズみたいでよかった」
ツキシロ、なんかこの帽子すごい似合うな。私はどうなんだろう? 宇宙船に鏡あったかな?
しばらく帽子を被って街を歩く。暑い……。
「おお、ここだここだ。ここがうまいらしい」
と言ってツキシロがある店に入っていった。宇宙船のような自動ドアの店だった。
「らっしゃーせー」
カウンターにテーブル席が二つだけの小さい店だ。カウンターの向こうにはシェフだぞ!と衣装で主張している人がいる。
「言葉が通じる?」
「ああ、さっきのデバイスを僕が持っているからね。範囲内なら自動的に通訳してくれる」
デバイス? タブレットのことかな。まあ都合がいいからそれでいいや。
「ここはなんの店?」
「チャクレムというらしい。僕らの言葉で言えば、クレープだ。最初は僕が注文するよ。……ほらこれでメニューを見てみると良い。食べられないものはなかったよね」
「はい」
と返事しつつ、ツキシロからタブレットを預かる。写真を見る限り、小さなクレープのようだ。クレープなんだけどサンドイッチみたいなメニューも多いようだ。
「ハイヨロコンデー」
へんな掛け声でシェフがツキシロの注文を受け付けたようだ。
「とりあえず定番らしいチキンチーズと、苺アンコと飲み物を二人分頼んだよ。あとはシェザランさんが好きなのを頼んでおくれ。僕の分もね、同じのでいいから」
「えっと、それじゃこの白身魚タルタルとバナナミントを二つづつお願いします」
飲み物を持ってきてくれていたウェイターに追加注文を頼んだ。
「ハイヨロコンデー」
シェフがすごい勢いでクレープを作っているのが見える。わざわざモニタで手元を写してくれているから。ここではそういうものなのだろう。
チキンチーズと苺アンコが来た。見た目は本当に小さいクレープだ。店の中だけど別にフォークとナイフで食べるものでもないらしい。手づかみで食べるのね。
「じゃあさっそくいただこう」
ツキシロが嬉しそうにチキンチーズを頬張る。苺アンコもおいしそうだけど、食事としてならチキンチーズからかな、と思い、同じものを食べる。
ん、想像の域は出てないけど、おいしい。
「うん、普通にうまいね」
ツキシロは二口、私は三口で食べてしまった。確かに小さい。注文した4つは無事に食べれそうだ。
一緒に来た飲み物は炭酸水の柑橘類風味だったのでそれを飲んで味をリセットする。
次は苺アンコかな、と思っていたら私が注文した分が届いた。
ちらっとツキシロの方を見る。ツキシロも迷っているようだ。
「私はご飯とおやつは分けたい派なので先に白身魚タルタルをいただくよ」
そんな宣言をする必要はないと思うけど、奢ってもらってるんだしね。
「そうか。そうだよな。僕もそうすることにするよ」
ぱくり。ん、なんだこれ? いや決してまずいわけじゃないけど、白身魚にこれカレー味が仕込んである? タルタルにつけるんだからプレーンなやつかと思いこんでた。タルタルも思ってたより酸っぱい。白身魚とカレーと卵とピクルス、酸っぱいマヨネーズの味といろいろと複雑だ。これはこれで。ちょっとびっくりしたけど。
「なかなか予想外な味だね、これ」
ツキシロは決して美味しいとは言わなかった。私も言えなかった。けど二人共ペロリと食べた。不思議な感じだ。
「予想外といえば、これも」
といって次に取り上げたのがバナナミントだ。バナナにミント? 知らない土地だしそういうのもあるのだろうと頼んではみたものの、どうなんだろうこれ? そもそもツキシロにミントがいけるかどうか聞いていなかった。人によってはダメみたいだしね。
「ミントだめだったか? ツキシロ」
「いや、全然大丈夫だよ。けどチョコミントしか知らなくてね」
ああ、なるほど。チョコとバナナもあうし、けどバナナチョコミントなんてメニューはなかった。まあいいや。ぱくっ。
「あれ? このバナナすごく甘い。ミントにピッタリ合う!」
え? そうなの? みたいな不思議な顔をしてツキシロもバナナミントを食べた。
「お、おお?! 確かにこれはチョコいらないかもね。不思議な感じがするけどすごく美味しいよ」
二人共最初は躊躇っていたのに、あっという間に完食してしまった。
「うん、まだまだいけるな。僕は追加で注文するけど、シェザランさんはどうする?」
「私は残りの苺アンコでお腹いっぱいになると思う。……ありがとう。待つから好きに食べて」
待つこと自体は嫌いだけど奢ってもらってるからね。
「そうかい、それじゃいただくとするよ」
ツキシロが追加で頼んだのは、フライクリーム、ハムグラタン、だった。おかず系が気に入ったのね。……フライクリームはもしかするとスイーツ系になるのかな?
最後にゆっくりと食べた苺アンコはこしあんだった。私はこしあんの方が好みだからとてもおいしかった。けどツキシロはつぶあん派だったらしく、少し残念そうだった。
大きなお腹をポンポン叩きながら上機嫌に店からツキシロが出てきた。会計をすると言って先に追い出されたからだ。外で再びあの帽子を被って待っていた。店内は冷えててその冷気をマントで包みこんで出てきたから、少しだけなら涼しいままだ。
「おまたせ、さてマリーンにお土産でも買ってから帰ろうか。何がいいか意見を聞きたかったんだ」
「あとから依頼に条件つけるのは反則だ、まあいいけど」
「普段は味付き魔晶石とかなんだけどね。この星系では売ってなさそうだし。そもそもマリーンみたいなゴーレムはいないようだからね。だからゴーレムとしてではなく女性として、なにか嬉しいものはないかな、と」
「石でいいんじゃないか? 高価な石でなくてもこの星系でしか取れない石とか。ゴーレムは基本的に石が好きだと聞いているぞ。彼女は金属ゴーレムだから金属の原石とかいいかもしれない。加工も自分で出来るはずだし」
「そうなのか。だからさっきの店にも原石とか売ってたんだね。それにさせてもらうよ。いやぁ、マンネリはダメだと思っていたんだが聞く相手もいなくてね。助かったよ」
「そうか、それはよかった。が次があったら先に言ってくれ。嫌な顔はするかもしれないが怒ったりはしない」
「そうすることにするよ。ありがとう、シェザランさん」
ツキシロは笑顔で私に感謝してくれた。……人から全面的に感謝されること自体なれていないから照れるが、そんな顔は誰にも見せたくない。帽子を深く被ってぷいっとよそ見した。
短編ですが前作があり、設定やキャラクターなどが続いています。もしこちらに先にたどり着いたのでしたら、申し訳ありませんが作者の名前のリンクから探して最初の話「ねこ娘が故郷から出発するだけの話」も見てくださると幸いです。⋯⋯シリーズという機能を使ってみたかっただけなんですが、ややこしいだけで使い方が難しいですね。シリーズ名は「ねこ娘とおっさんの旅行記」です