第七章:浸蝕
「現場はこの先。住民は全員避難済み。だけど、警察も消防も近寄れてない。例の“特異生物”がいるって通報が入ってから、何人も行方不明だ」
赤色灯が不気味に点滅する中、霧島と青井は封鎖線を越えて廃工場の裏手へと足を踏み入れた。空気は淀み、建物からは鉄と腐敗臭が混ざったような重い臭いが漂ってくる。そこに“それ”はいた。
人の姿を模したような、だが明らかに異形の存在。頭部には顔らしきものがあったが、目は異常に大きく、口元は裂け、咀嚼しきれぬ何かを噛み潰していた。全身を覆う皮膚は粘液に濡れたように光り、腕は人間の倍以上に長く、その爪はコンクリートを削る鋭さだった。
「おい、青井。お前、戦えるのか?」
「僕は君の部下じゃないけどね。……ただ、死ぬのは御免だ」
青井は冷静に銃の安全装置を外し、霧島と背を合わせる。生物は彼らの気配に気づくと、異常な速度で地を這い、壁を駆け、咆哮と共に飛びかかってきた。
「来やがれ……!」
霧島の手から閃光弾が放たれる。白い光が視界を焼き、生物の動きを一瞬止める。その隙を逃さず、青井が正確に急所を撃ち抜く。だが、倒れたかに見えたそれは、断末魔のような咆哮を上げて暴れ回り、辺りの壁を破壊しながらもがき、やがて動きを止めた。
「……なんなんだ、あれは。あんなのが、街にいたのか?」
青井の額には珍しく汗がにじんでいた。霧島は黙ってその死骸に歩み寄る。破裂した腹部の中には、内臓とは思えぬ人工素材のような異物が混じっていた。
そこへ無線が鳴る。
『霧島、園子よ。例の廃墟で壊れていたPCの解析が完了した。復元されたログから、別の研究施設の位置が割り出せたわ。……場所は、東京都下、廃村となった区域の地下。急いで向かって』
「……聞いたか、青井。まだ続きがあるらしいぞ」
「またか。まるで終わりがない」
「まったくだな。だが、放っておくわけにもいかねぇ」
彼らは車へと戻り、都心を離れていった。照らす街灯の下、さきほどの異形が、まだ生きているかのような幻影を残して。
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