第六章:残響の残滓(ざんしょうのざんし)
朽ちかけた施設の中、埃を被った天井からの滴りが、冷たい床に音を落としていた。かつてここにはバイオメディカル系の研究所が存在していたという記録がある。今では廃墟だ。
霧島冬馬は手に持った懐中電灯で辺りを照らしながら、腐食した機器類や壁の落書きを見回していた。
「……ここも、随分と時間が経ってるな」
だが、そんな古びた中にも違和感はあった。
異様なまでに綺麗に抜き取られたデータサーバーの跡。まるで、誰かが“痕跡を消すこと”を目的にしたかのように、情報だけがごっそりと消えていた。
その時、霧島の背後から足音が近づく。彼が振り返るより早く、やや高めの声が響いた。
「やあ、まだいたんですか?予想より粘りますね」
公安省の青井恭介だった。30代前半の若さを感じさせるスーツ姿に、皮肉の効いた笑み。
「おまえか、青井……どういう風の吹き回しだ?」
「まあ、暇だったのでね。例の“α系列”の件、進捗があったか気になりまして」
霧島は警戒を解かず、視線だけを向ける。
「おまえが“α系列”なんて言葉を使うのは珍しいな。前は猫を見て笑ってたくせに」
「そう、α-37。貴方が“白猫”と再会したあの日から、こちらも調べました。研究所の復旧データ。その中にα-37の存在と“知性進化処置”の記録があった。改めてお見事です」
霧島は内心で舌打ちする。今の一言で、青井がこちらの情報の一歩先を読んでいたことが明らかになった。
「で?あんたらはここを見てどう思った?」
青井は口角を上げたまま、手袋をはめた手で配線の跡をなぞった。
「研究所跡では、部分的にデータが残っていた。それに比べて、ここは“完璧に消えている”。つまり、管理する“手口”が変わったということ。違う組織、あるいは違う段階だと考えるべきです」
「別口ってわけか……」
霧島の言葉に、青井は満足げに頷いた。
「ええ。組織が枝分かれしているか、上層部が異なる命令系統で動いているか……どちらにしても、これは“まだ終わっていない”証拠です」
その時、霧島の端末が震えた。
『――こちら本部。新たな特異生物に関する情報が入りました。都下北部、旧工業区域での目撃証言あり。詳細は後送。』
霧島は息を吐き、青井を横目に見た。
「まだ、やることは山ほどあるらしい」
「でしょうね」
二人は言葉少なに、次の現場へと歩を進めるのだった。
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