第一章「連絡|コンタクト」
特異事案対策本部――通称「特対」。その地下階の会議室に、怒声が轟いていた。
「霧島ぁぁああああっっっ!! アンタね、あの教団、崩壊じゃなくて壊滅でしょ!? 死者21名、重傷者9名、行方不明者多数って報告書、アンタ見た!?」
朝9時半。
デスクの上に山積みの書類と冷めきったブラックコーヒー。
大声の主は、特対班長・吉良園子。恰幅の良い五十代後半、紫の髪を後ろで一つにまとめ、声だけで威圧してくる“拡声器ババア”と職員に恐れられている女傑である。
怒鳴られている男――霧島冬馬は、真面目な顔で頭を下げていた。
「……すみませんでした。想定よりも、事態が過激化しまして」
「“過激化”ねぇ? あんたが意識不明で担ぎ出されてる間に、沙耶ちゃんが神殿で殺されかけてたってのは“想定内”!?」
「……それは本当に、申し訳ありません」
霧島は群馬出身の30歳。元自衛官で防衛大卒。現在は公安の中でも極秘扱いの「特異事案」に従事する調査官だ。
黒髪の天然パーマ、穏やかな目元に痩身。左手には今も自衛官時代に先輩に押しつけられたロレックス。
見た目は優男だが、その内には冷えた決意を抱えている。
園子は深いため息をつき、ボリュームを少し下げた。
「……神殿が爆破された後、捜索に入った自衛隊と消防が見つけたのは、臓物まみれの地下祭壇と、“人為的に作られた胎児のようなもの”だった。人間を崇め、交尾させ、神の依代にする? 中世の悪魔信仰の焼き直しよ」
「……ええ。反吐が出ます」
「本当に反吐が出そうだったのは現場の遺体処理班だけどね」
園子はモニターを操作し、別のファイルを開いた。画面に映ったのは、複数の都内監視カメラ映像。
いずれも、深夜の雨の中で“それ”が映っていた。
「……今朝3時。都内3か所で、同時に“人間ではない生命体”の痕跡を検出。警視庁から報告が上がったわ」
霧島の表情が僅かに動いた。
「同時……?」
「ええ。検出されたものの名称は、これ」
園子はクリックし、政府レベルの特別警戒文書を開いた。
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《特異生命痕跡、都内複数箇所にて同時検出。》
《名称:CHIMERA》
《調査要請対象:特異事案調査官・霧島冬馬》
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「……“CHIMERA”」
「名前の通り、人間じゃない。DNA解析でも複数種の哺乳類の遺伝子が混在してて、しかも“部分的に未知の配列”があるってさ」
「つまり、何かを“作った”?」
「……そう考えるのが自然でしょ」
霧島は深く息を吐いた。
前回の“教団事件”が終わったばかりだというのに、またこれだ。
園子は書類をバサッと彼の前に投げた。
「前回みたいなドカンは無しよ。こっちはまだ処理で頭が痛いんだから。……頼んだわよ、“特異事案調査官”さん」
「……了解しました」
霧島は軽く頭を下げ、ファイルを手にして部屋を出た。
ロレックスの秒針が、音もなく時を刻んでいた。
(キメラ、ね……)
彼の内心に、冷たい違和感が忍び寄っていた。
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