プロローグ:混ざるもの
霧島冬馬
キメラ篇を初めます。
東京・新宿区――午前2時17分。
雨。
ざあざあと、天から絶え間なく落ちる水が、街の夜を鈍色に染めていた。
酔っ払いが吐き捨てた嘔吐物と、ビニール傘の骨の折れた残骸と、深夜営業の看板が点滅する。
人の生活のカスが、ビルとビルの谷間に溜まる、そんな場所。
誰も目を向けない、雑居ビルの隙間に――
「それ」は、いた。
濡れている。
雨に、ではない。血と、粘液のようなもので。
女だった。
……少なくとも、そう“見える”部分は、あった。
肌は白い。しかし部分的に透明になっており、内側に蠢く筋肉が見えていた。
左腕は肘から先が異様に長く、その先には指が三本。指の間に膜のようなものが張られていた。
右脚は太ももから先が関節ごと逆に折れ、爬虫類のような鱗が混ざる皮膚が露出していた。
そして腹部――裂けていた。
裂けた傷口の中から、何かが……喉のようなものが、上下に動いていた。
「――ッ……ぁ……ぁ……や……めて……」
かすかに口が動いた。
唇は人間のものだった。だが、眼――そこには瞳がなかった。
眼窩の中で、複数の小さな光が蠢いていた。
寄生する光か。内側から出ようとする何かか。
通行人は気づかない。
その路地は、何かを拒むように、音も視線も濡れた空気のヴェールで包んでいた。
女はもがいた。
だがその動きは、助けを求めるそれではない。
自らの身体を、引き裂こうとしていた。
「ちがう……ちがう、ちがうちがうちがう……私、こんなの、じゃ、な――」
**“ボグン”**と、腹の中で何かが跳ねた。
その瞬間、女の身体が“弾けた”。
――静かな音だった。
破裂音ではない。肉が粘土のように滑り、骨が溶け、何か“混ざる”ような音だった。
そしてそこに残されたのは――
形のない、何か。
雨がその肉のようなものを洗い流す。
液体となったそれは、排水溝へと流れ、
そして東京の地下に、静かに沈んでいった。
夜は、何もなかったように続く。
だが、すでにこの街のどこかで、「人間でない何か」が生まれはじめていた。
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