8話。竜の気配
「リリィさん、ただいま!」
「ハルコ、おかえり!今日も砂だらけだね!シャワー浴びておいで!夕ご飯はいるかい?」
「はい!リリィさんの美味しいご飯が楽しみです!」
「まかせて!今夜はソーセージとピラフにするよ!シャワー浴びてる間に、作るからね!」
「ありがとうございます!浴びてきます!」
リリィが笑顔でハルコを見送る
ハルコは、服を脱ぎ、洗濯カゴに入れ、シャワールームに入る。
蛇口を捻り、魔法石が赤く光り、シャワーヘッドからお湯が出てくる。
(今日は、道を広げて踏み固めた。明日の朝、ガラッドさんとダリウスさんにも報告しよう。)
石鹸で身体を洗い、お湯で洗い流す。
シャワールームから出たハルコの身体はほのかに石鹸の香りがする。
身体を拭いていると、美味しそうなハーブと肉の香りがする。
寝間着に着替えて、ハルコは、食事スペースに行く。
「ハルコ、できたよ。ハーブソーセージ焼きとピラフだよ。」
テーブルの上に置かれた皿。
ピラフの上に3本のソーセージが乗っている。
「わあい!リリィさん、ありがとうございます!」
「感謝を込めて。いただきます。」
ハルコは、ソーセージをフォークで刺し、かぶりつく。
口の中に広がる肉汁、旨味、ハーブの香り。
「ん〜!!!美味しい〜!」
ハルコの目がキラキラと輝く。
「今朝、市場で買ってきたハーブソーセージだよ。お客さんにも大人気さ。」
ソーセージを1本食べ、ピラフを食べる。
パラパラとした米にスパイスと塩が効いててたまらなく美味しい。
「ピラフも最高です!」
満足気な笑顔でハルコを見るリリィ。
あっという間に完食をした。
「ごちそうさまでした。」
「もう寝るかい?」
「はい。明日も、ガラッドさんとダリウスさんにお話しに行きます。今日は、サンダリアとトルヴァを繋ぐ道を広げてきました。岩砂漠の道が馬車がすれ違えるほどの広さになりました。」
「ハルコは本当にすごいね!どんな魔法を使うのかい?」
「自分の手です。筋肉が魔法みたいなものですね。」
「驚いた。これなら、本当に竜達にも勝てそうね。でも、無理だけはしないでね。」
「ありがとうございます。リリィさんの優しさが私をさらに強くしてくれます。」
団らんの時間を終え、ハルコは2階の部屋へ向かう
「おやすみなさい。」
「おやすみ、ハルコ」
柔らかいベッドに軽く沈む身体。
ハルコは、すぐに眠りについた。
鳥の声と差し込む朝日。
窓を開けると草原の空気が部屋に入る。
ハルコは、肺いっぱいに空気を吸い込む。
(昨日の道作りで、さらに速くなり、力もついたな。高速で移動しながら岩を動かしたり砕いたり、道を踏み固めたり。おかげで強くなれた。)
「さてと。」
身支度を済ませたハルコは、サンダリアの町長ガラッドの家に行く。
「リリィさん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい、ハルコ。」
笑顔で見送るリリィ。
ガラッドの家の前に来た。
「ハルコ様、どのようなご要件で。」
「サンダリアとトルヴァの道ができたと報告に」
と言いかけていたところ、扉が開いた。
「ハルコ、凄いな、道が広がったと連絡がダリウスから来たぞ。今から見に行ってくる!」
ガラッドは、衛兵1人を引き連れ、マントをひるがえしながら、街の外へ向かっていった。
ハルコも後をついて行く。
ガラッドと衛兵は馬に乗り走った。
ハルコはその後ろを走っていく。
草原の道を進み、どんどん岩砂漠が近付いてくる。
進むほど、草は短くなり、土は乾いていく。
そして、広がった砂漠の道が見えてきた。
砂漠の手前で馬を止めたガラッドは、驚きの声を出した。
「この規模を、たった一日で、一人で!」
ハルコは、隣に立つ。
「はい。やり遂げました。」
「いつの間に!」
「ずっと後ろにいました。」
「やはり、只者ではないな、ハルコ。足の速さ、力の強さ。一人で竜にも太刀打ちできそうだな。」
「もっと強くなります。」
「決めた!この道を、ハルコの道と名付けよう!ダリウスにも話そう!」
「え?あ、はい。ありがとうございます。」
自分の名前をつけられて、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちがある。
再び、馬を走らせるガラッド。
その後ろに衛兵の馬が続き、ハルコが走って追いかける。
(これくらいの速度なら、走らなくても歩きで追いつけるかも)
ハルコは、歩いて、走る馬の後ろについて行く。
「馬が走れる道だ!石も転がってない!いい道になっている!」
ガラッドは、楽しそうに話している。
岩砂漠の景色が流れ、トルヴァの近くのオアシスが近付いてきた。
馬に水を飲ませるために、オアシスに立ち寄る。
オアシスにいるトルヴァの衛兵が声をかけてきた。
「ガラッドさん、いらっしゃいませ!ダリウスさんが、会いたがっています。」
「ご苦労、馬の水分補給が終わったら、すぐに行く。」
言い終わると、水筒の水をガラッドは飲んだ。
「ハルコ、お前は水を飲まなくていいのか?」
「では、いただきます。」
ハルコは、垂直に跳び、ヤシの木のココナッツをもぎ取り、割って、中の果汁を飲み干した。
「超人的な力を目の前で見れて、嬉しいぞ。魔法も無しに身体をここまで動かせるとは。」
馬の水分補給も終わり、トルヴァの町に到着する。
ダリウスがガラッドを迎えるために外に出ていた。
「久しぶりだな、ガラッド。」
「そうだな、ダリウス。」
馬を降り、ガラッドはダリウスの手を握る。
「これだけ道が広がって安定しているなら、交易もしやすくなるな。」
「本当に有り難い。スケルトンも減り、宝石産業が復興できる。宝石を魔法石に加工する工房も作りたい。」
「分かった。協力しよう。」
ガラッドは笑顔で応えた。
「この道の名前についてだが。」
「ハルコの道にしたいと思うが、どうだ?」
「ちょうど、そう思っていたところだ。この道をハルコの道と名付けたい。いいだろう?ハルコ。」
ダリウスはハルコに目を向ける。
「はい。大丈夫です。」
ハルコは頷いた。
「これで決まりだな。馬で通ったが問題なかった。職人たちに安全確認してもらい、仕上げて貰う事にしよう。」
それから1週間が過ぎた。
ハルコの道は、職人たちが、ほとんど手直しをする必要のないくらい綺麗な道になっていた。
ハルコの道の完成により、商人や冒険者が今まで以上にサンダリアとトルヴァを行き来するようになった。
トルヴァには、宝石の発掘に冒険者が手伝いに行ったり、商人や魔術師が宝石の仕入れに来るようになった。
その1週間の間に、ハルコは、また1つ伝説を作ることになる。
ハルコは、トルヴァの町に井戸を掘ることにした。
町の住人達に、どこに井戸があったら便利かを聞いて、ダリウスに井戸穴を掘る許可を取る。
穴が掘れたら、井戸を作れる職人達を呼ぶ予定だ。
町の中心に、円を描き、素手で穴を掘るハルコ。
土を掻き出し、穴はどんどん深くなる。掻き出した土を、町の外に運ぶ。
土を押し固めて塊を作って運びやすくし、一瞬で町の外に置き、また穴を掘る。
ハルコが何人にも見えるほどの速度で動き回っている。
そして、ハルコは地下水にたどり着いた。
ハルコが地下水に到達したその瞬間、思わず歓声をあげた。オアシスから流れる水が地下に溜まっている。
「やった!冷たい水だ!」
ハルコは心から喜び、垂直に飛び上がって地上へ出た。
ハルコは報告のためにダリウスの家に向かおうとしたが、その時、ダリウスが家から飛び出してきた。
普段落ち着いているダリウスが、慌てた様子でハルコに話しかけてきた。
「井戸の穴掘りの件は、ありがとう!助かった!今、サンダリアから伝書鳥が来た。黄竜がサンダリアの北の平原と山の辺りで発見され、警報が出ている。」
「なるほど。」
ハルコの服からは、ポタポタと水が滴り落ちる。
「サンダリアの冒険者達が討伐パーティを組んだり、町の人が避難したりしてるかもしれない。」
「分かりました。すぐに行きます。」
ハルコは、走った。
「急げ!黄竜が来たなら、迎えに行かないとな!」
リリィの涙を浮かべる顔を思い出し、最高速度で走った。
風を超える速度に、一瞬で乾くハルコの服。
サンダリアの町につくと、町は緊張していた。
避難の準備をする人や戦闘の準備をする冒険者や衛兵部隊がいる。
ハルコは、サンダリアの町を突っ切り、北の平原へ出た。
空は黒く曇り、今にも嵐が来そうだ。
遠くに見える山に、雷が落ちる音が聞こえる。
「初めての竜狩りは、黄竜だな!行くぞ!」
ハルコは山に向かって北の平原を走った。