10話。竜の巣
暗い中に意識がある。
この感覚、前にもあったような気がする。
不意に光が生まれた。
柔らかな白い輝きが、果てない闇の中で瞬く。
やがて、それは光をまとう女性の姿を形作った。
「私は運命の女神。勇者ハルコよ。あなたは今、とてもスヤスヤと眠っています。そして、今、寝言を言いました。『またお前か』と。」
穏やかな声が、闇に溶けるように響く。
「冗談はさておき、あなたはここまで人の命を奪うこと無く、強くなってきました。」
ハルコは関わった人達の顔を思い出す。
「さて、次は黒竜に挑戦すると言いましたね。1つアドバイスをしましょう。」
「ガンバレガンバレ。以上です。」
ハルコが呆気にとられていた。
「それじゃ、またね(笑)」
ニヤリとした表情を浮かべ光の粒となり消えていく運命の女神
鳥の鳴き声と朝日が窓から部屋を照らしている。
スッキリとした目覚めだ。人間の許容量を超えるレベルのビールとウイスキーを飲んだが、二日酔いもない。身体は軽く、力がみなぎる。
(もしかしたら、毒にも耐性をつけられるかもしれない。食べたくないけど。)
窓を開き、胸いっぱいに空気を吸い込む。草原の香り。昨晩の宴の残り香。
とてもいい天気だ。
身支度をして、1階に行く。
「リリィさん、おはようございます。」
「おはよう、ハルコ。ガラッドさんが用事があるみたいよ。衛兵さんが伝えに来たの。」
「分かりました。今行きます。」
ハルコは、ガラッドの家に向かう。
「ハルコ様、おはようございます。ガラッドさんがお待ちです。」
家の前の衛兵も要件を分かっているみたいで、挨拶をして、家に入れてくれた。
扉を開き、広間を進む。
「おはよう、ハルコ。昨晩はよく眠れたかな。すごい飲みっぷりだったが、元気そうでよかった。」
ガラッドは笑顔で話す。
「おはようございます。ガラッドさん。昨晩はありがとうございました。それで、要件は何でしょう。」
「黄竜討伐によって、しばらく黄竜が付近に出没しなくなると思われるのだが、その影響か、魔物が北の平原や山のあたりに出没するようになった。」
ガラッドの眼差しが鋭くなった。
「今まで通り、冒険者達への任務として討伐依頼を出しているが、今まで以上の数になっているので、ハルコにも手を貸してほしい。」
「分かりました。ちなみにどのような魔物がいるのでしょうか。」
「ゴブリンが多く出没しているようだ。緑の皮膚で人間の半分ほどの背丈。だが、その小ささ故、小回りが効き、素早く、狡猾。集団で攻め込んでくるため、冒険者独りだと危険だ。」
「なるほど。」
「ハルコは、今まで1人で様々な事をこなしてきたが、仲間が必要ならこちらで用意するが、どうだろうか。」
「スケルトン退治の時に集団相手に立ち回ってきたので、大丈夫です。仲間がいると逆に危険ですので、今は必要ないです。」
「分かった。今回も宜しく頼んだぞ。竜達の動きにも気を付けてくれ。」
「それでは、行って参ります。」
ハルコは、ガラッドの家を出ると、サンダリアの北の平原に出た。
冒険者数人が平原を探索しているのが見える。
ハルコは、平原の道を進み、昨日の岩山の麓まで走った。
緑竜の亡骸は、冒険者や衛兵達に運ばれたのか綺麗に無くなっている。
草むらをかき分けるような音が聞こえる。
小さく聞き覚えのない言語で会話している音が聞こえる。
ヒュッ
背後から矢が飛ぶ音。
音だけで攻撃を把握して、避けれるようになった。
ただの矢では無い。地面に刺さった矢からは煙が立ち込める。毒か酸が付与されているかもしれない。
「ゲギャ!」
後ろからゴブリンが石の斧で殴りかかってきた。振り向きながら、一瞬でアッパーを入れる。
緑の皮膚、黄色い目、長い耳、長い鼻。人間では無い。
ハルコの一撃で消滅するゴブリン。
不意打ちがダメなら一斉に攻撃すれば良いと考えたのか、20匹のゴブリンが飛びかかってきた。
手に石の斧や棍棒を持っている。
無呼吸連打のパンチを四方八方に打ち込み、目に見えない速さの拳に、ゴブリン達は、次から次へと消されていく。
武器だけがその場に落ちていく。
毒矢や石が後ろから飛んでくる。
投げてきた石を投げ返す。跡形もなく消えるゴブリン。
(飛び道具や物がなくても拳から魔法弾的ななにか飛ばせたらいいなあ。)
30m先から矢を放つゴブリンに向けて拳を打ち込む。
ゴブリンは吹き飛び、動かなくなった。
「できるけど、まだまだ弱いな。修行が必要だな。」
「ゲギャギャ!」
後ろから、先程のゴブリンよりも筋肉質で赤い皮膚のゴブリンが鉄の斧を振り下ろしてきた。
「さっきよりもパワーがありそうだ。」
地面に刺さる斧を素早く引き抜き、横振りが来た。
さっと避けて飛び回し蹴りを入れる。
赤ゴブリンが消し飛んだ。
音もなく上から液体が落ちてくる。
ハルコが避けると落ちた液体が地面を溶かした。
「パワーだけでなく、知能も上だな。」
さらに強力な酸や毒の液体の入った瓶を持つ赤ゴブリンが何匹もいる。
山の麓でゴブリン達との大乱戦。
緑ゴブリンと赤ゴブリンの群れが次から次へとハルコに襲いかかってくる。
ハルコは嬉々として、ゴブリンを消滅させていく。
突如、戦況が大きく変わった。
耳をつんざくような轟音。草木を揺らし、地を震わせる程の咆哮。
ゴブリン達が慌てふためき逃げ始める。
赤竜だ。
岩山の頂上にいる。赤い体だから、よく目立つ。
赤竜が飛び上がり、息を大きく吸った瞬間、空から憤怒の火球を放つ。
これまでの緑竜の火球とは比べ物にならない大きさだ。
火球が地面についた瞬間、広範囲の爆発。草木に隠れていたゴブリン、逃げ惑うゴブリン、全てを巻き込み、一瞬で焦土に変わる。
爆風と熱風が吹き荒れる。
爆心地にハルコが無傷で立っていた。
ハルコの周りにクレーターができ、木の根すら燃やし尽くすようだった。
ハルコがニヤリと笑う。
地を蹴り、空を飛び、赤竜へ向かう。
赤竜は動きを察知して、火炎放射をするが、ハルコは、炎すら切り裂き、赤竜の目の前に到達した。
地上50m。赤竜が逃げようとする素振りを見せた瞬間、赤竜の頭と首がオサラバした。
ハルコは、赤竜の頭を右手に持ち、着地する。
赤竜の体が落ち、地響きのような音が鳴る。
岩山の麓の戦場になった部分が綺麗に焦土と化している。
「さてと、赤竜もサンダリアに持ち帰るか。」
黄竜よりも一回り大きい赤竜。
ハルコは右肩に赤竜の頭を乗せたまま、軽々と左腕で赤竜の首を抱え、風を切るように駆け抜けた。
平原を探索中の冒険者たちが目を丸くして見ているが、お構い無しに平原を通り抜ける。
あっという間にサンダリアにつき、町の前に赤竜を置いた。
町の入口に立つ衛兵が慌てふためきながら、ガラッドの家まで走っていった。
ハルコが家に向かうより先に、ガラッドが飛び出してきた。
ガラッドは、ハルコの姿を見つけるなり、目を見開いて赤竜の亡骸に近付いた。
「こ、これは・・・!」
血気盛んな冒険者たちも駆けつけ、町の入口はあっという間にざわめきに包まれる。
ガラッドは無言で赤竜の首を眺めた後、深く息を吐いた。
そして、顔を上げ、ハルコを真っ直ぐに見つめる。
「ハルコ……お前は一体、どこまで規格外なんだ。赤竜をたった1人で仕留めた話は、これまで生きてきて物語の世界ですら聞いた事が無いぞ!アラルティアの精鋭討伐隊が仕留めたきり、何年も討伐報告が無かったんだ。」
興奮した口調と裏腹に、ガラッドの目には畏敬の念が浮かんでいる。
「黄竜に続き、赤竜の討伐、感謝する。」
ハルコは、持っていた赤竜の頭を置いた。
「ありがとうございます。この赤竜の素材は全て寄付させて頂きます。」
「いいのか?本当に貴重な素材だぞ。」
「私には、美味しい肉と酒があれば、十分です。」
ハルコの言葉に呆気にとられたガラッドが笑い出した。
「がっはっは。いいぞ!今夜も宴を上げよう!ハルコが赤竜を町のために寄付してくれた!用意しよう!」
ガラッドは魔法拡声石を取り出した
「今夜は宴だ!ハルコがまた伝説を作った!赤竜を討伐し、サンダリアに寄付してくれた!大いに讃えてくれ!肉と酒でハルコをもてなしてくれ!」
町は、宴の準備を始める。
夜になり、町はお祭り騒ぎだ。
乾杯の音頭が終わり、町のみんなが酒を飲み、歌っている。
「明日、竜の巣に行きます。」
ハルコはジョッキを片手に、ガラッドに言う。
宴の喧騒の中、ハルコの言葉が妙に静かに響いた。
「平原の先の岩山を超えた先に、竜の巣があるのを見ました。」
ガラッドは目を見開く。
「……竜の巣、だと?」
「大量の竜がまだ潜んでいます。そして、竜の王もその中にいるはずです。竜の脅威を取り除き、アラルティアとサンダリアを繋ぐ道を再び作りたいのです。」
「酔っている訳ではなさそうだな。ハルコになら、成し遂げられるかもしれぬ。」
ハルコは、ジョッキのウイスキーを飲み干し、静かに言った。
「ありがとうございます。今夜は肉を食べ、酒を飲み、力をつけます。」
そう言うとハルコは肉にかぶりついた。
宴が終わり、ハルコはリリィの宿屋に戻った。
「おかえり、ハルコ。本当にすごいよ。シャワー浴びて、ゆっくり寝てね。」
温かい笑顔でリリィが迎える。
「いつもありがとうございます。浴びてきますね。」
ハルコは、シャワールームで身体を洗い流す。
連戦に次ぐ連戦。火球の爆発、灼熱の息吹、何度も攻撃を受けた身体には、傷1つ付いていない。
白く透き通るような綺麗な肌。
まるで、戦いと無縁であるかのようなその肌は、常識では考えられない強靭さと再生力を秘めている。
(明日、竜の巣に行く。竜の王まで辿り着けるか、やってみたい。楽しみだ。さらに強くなれるチャンスでもある。やるぞ。)
熱い湯が流れ落ち、肌を伝う水滴が煌めく。
ハルコは、石鹸の香りをまとう。
タオルで身体を拭き、寝間着に着替える。
「おやすみなさい、リリィさん。」
「おやすみ、ハルコ。」
ベッドに深く沈み込む身体。
宿屋は今夜も賑わっている。
ゆっくりとした時間が流れ、ハルコは深い眠りに落ちていった。




