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序章 探求の神の子

勇者の条件を上げるとすれば、まず一番に上げられるものはなんだろうか


勇者の役割といえば、悪の魔王を打ち倒すこと


その役割を全うするのに一番必要なのは、やはり強さだろうか


どれだけ心が優しかろうと、どれだけ勇気を持っていようと、どれだけ人を惹きつけるカリスマ性があろうと、強くなければ、魔王を殺すことは出来ない


ただ強さを


強さを


一度の死も許すことのない強さを




そして、勇者は、回帰する












夢の中で、壮大で高潔な存在をはっきりと見た

姿形は人間のそれと同じだが、思考はそれを否定する。明らかにこの世のものではないと、近寄りがたい、恐れ多いような存在

目が離せない、吸い込まれるような淡い透き通った翠の瞳を、永遠と眺めている感覚に陥る

それは初めこそ遠くにいたが、次第に側まで近づき、気づけば僕の手を取り、ゆっくりと引き上げていった。

視界がぼんやりと霞んでいく

意識が遠のいていく


すぐに忘れてしまうような、いつもの夢とは全く違う


脳に記憶としてこびりつく


この夢は、生涯忘れることはないだろうと、そう思ったのもつかの間、深い眠りについていく…




起きたと同時に感じたのは、濡れている。

というより、浮かんでいる、水の上に浮かんでいるような、あの感覚。


途方も無く長い夢を見た気がする。脳がゆっくりと覚醒していく。

違和感が遅れて体中を駆け巡る。

昨日はベッドの上で眠りについたはずだ。それが何故水の中?あの不思議な夢は一体何だったのだろうか?まだ夢の中なのだろうか?


違和感を整理した後、すぐに目を開ける。


そこは、薄暗い洞窟のような場所だった。

辺りは水で覆われているが、足は余裕を持ってつく。

とても広く、いくつもの大きな白い柱がそびえ立っている。壁面や水底は朧気に蒼く光り、周囲をかすかに照らす。苔1つとして存在しないこの場所は、さながら神殿を思わせるような神聖な雰囲気を感じさせる。


しばらく見渡してみれば、正面に外へと通じているであろう通路が見えた。ゆるやかな階段状になっていて、どうやら上までは相当な距離がありそうだ。


僕は知らずのうちに誘拐でもされたのだろうか。現状は何一つ理解できないまま、恐怖心を抑え階段を上がっていく。

ぺたりぺたりと、水気を帯びた足音だけが、大きく響いている。


体が震えだしていた。ここはかなり冷える。腕を擦って暖めようとして、自分が服を一切着ていないことに気がつく。このままでは寒さで動けなくなってしまうだろう。早足で階段を駆け上がる。今はとにかく、ここを出ることを急ごう。


数分階段を上り続け、ようやく出口らしき場所へたどり着いた。大きな扉が目の前を塞いでいる。人間が4人横並びでも通れるだろう大きさの扉は、何物かを封印でもしているかのように重苦しい雰囲気を漂わせている。


扉に触れると、ぼんやりと蒼く手が光りだした。

直後、ゆっくりと開かれていく。


外の光だ。この洞窟から出られる。

だが、出てどうするんだ?

まだ何も理解できてはいない。拉致されたのか、それともまだ夢の中なのか、これから何をすればいいのか一切分からない。不安で心を埋め尽くされて、立ちすくむしか出来なかった。

その時、


「「ようこそおいでくださいました。探究の神、ジェドマイヤより授けられし勇者様。」」


左右に人が、頭を垂れて僕にそう告げた。

声からして、左にいるのは男、右にいるのは女だろう。どちらも高貴で人に仕えるに相応しい服装をしているが、男は腰に似合わない物騒な形をした剣を携え、女はこれまた不釣り合いな様々な紋章が彫られた不気味なガントレットをしている。

二人とも仮面を被っていて、顔や表情までは分からない。


それよりジェドマイヤ?勇者?何を言っているんだ。全く理解が追いつかない。


「…ダメだ。さっぱり分からない。でも、この感じ、あなた達が全部説明してくれる感じなのかな。」


「はい、勇者様。まだお目覚めになったばかりで、頭が混乱していることでしょう。私たちが案内いたします。」


「なぁシエラ、やっぱりこれからは堅苦しい喋り方やめて、最初から普通に喋らないか?どうせ気にするやつらじゃねぇんだしさ。」


「…ベルクには礼儀を期待していませんので好きにしてください。王様の前では気をつけてくださいよ。それより勇者様への説明を進めてください。」


「やった!てな訳で、まずは自己紹介しないとな。俺はベルク、こっちはシエラ。俺らはこの世界を救ってくれるであろう勇者の案内係だ。」


この感じ、勇者と呼ばれているのは僕のことだろう。何かの茶番に付き合わされているのか。随分と凝ったイタズラなのか。


「まずはこれを纏ってください。その姿では体が冷えるでしょう。」


大きな艶めかしい1枚の布を渡され、ローブ状に身体に巻き付けられていく。肌触りが良く、とても快適だ。


「早速で悪いけどさ、すぐに馬車に乗ってもらうぜ。いろいろ聞きたいことあるだろうが、移動中にシエラが全部答えてくれる。」


「あ、あぁ…分かった。従うことにするよ。」


どのみち選択肢は無さそうだ。男の持つ禍々しい剣も、単なる脅しの道具ではないだろう。


「今回は話の分かる勇者で助かるな!」




少し離れたところにあった馬車に、シエラと呼ばれる女性と二人で乗り込む。操縦はベルクが行うようだ。


「ご自身の名前は分かりますか?勇者様。」


「僕の…名前…」


記憶を掘り起こそうとして、異変に気付く。


ここで目が覚めるまでの記憶が無くなっている。


自分が最後に眠る直前のことから、自分の過ごした家、家族、友人、故郷の景色から思い出、全てが何一つ思い出せない。


自分の名前さえも。


何も覚えていないという感覚は、またも不安を募らせ、冷静さを欠くには十分だった。


「落ち着いて。ここにくる勇者様は皆、前の世界の記憶を覚えていない様子。何も貴方様だけのことではありません。」


いつの間にか震えていた手を、優しくシエラの手が覆う。


「まずは勇者様の名前を決めましょう。名前が無いのは困りますから。」


僕はひとまず「ジン」と名乗ることにした。名前を考えたのはシエラだ。


シエラは、馬車に置いてあった水筒を手に取り、コップに水を注ぐ。

コップを両手で覆った後、何か小声で呟いていた。かと思えば直後、水から湯気が立ち昇り、たちまち沸騰しだす。


「珍しいですか。ジン様も、どうやら魔法をご存じないようですね。」


シエラがコップをこちらへ渡してくる。ハーブの香りが漂い、心を落ち着かせる。


勇者だったり、前の世界だったり、更には魔法と、理解し難い言葉が次から次へと湧いてくる。


「私が、貴方様の疑問について答えられる限り全て、お答えいたします。その前にまず、何故貴方様が勇者と呼ばれ、この世界で目覚めたのか、そこからお話いたします。」



シエラの話によれば、どうやら僕は自分が元いた世界とは別の異世界に喚び出されたらしい。

なにもこの世界では、人類と魔族による大きな戦争の真っ只中で、1年ほど前にこの世界の勇者、魔王を打ち倒すことのできる存在が敗れた。

このままでは人類の存続の危機だと察した国王は、禁術を用いて神の使者を召喚するという最終手段に出た。

別の世界から神々によって選ばれた優秀な才の持ち主は、()()というそれぞれの神に由来する能力を用いて、世界を救うとされている。


「やっと冷静に話を聞けるようになったけど…またパニックになりそうだ…こんな話を信じるしかないだなんて…」


「はい。ようするに、勇者様達に、魔王を討伐していただきたいのです。」


いきなり連れてこられた挙句、知らない世界のために命を懸けなきゃいけないなんて

これは当然の反応だろうが、僕は絶対に嫌だ。

一刻も早く元の世界に帰らせて、元通りの日常にして欲しい。


「それは…断ってもいいもの?」


「はい。断っていただいても構いません。こちらが勝手にお呼びした訳ですし。」


これは意外な返答だった。いかにも生かしては帰しませんという雰囲気を感じた気がしたのに。


「ただし、元の世界に戻るためには、どの道魔王を討伐しなければなりません。もし協力していただけるのであれば、最大限の支援をさせていただきます。」


結局選択肢は無いみたいだ。


と、ここであることに気が付く。


「勇者は複数人いるんだよね?別に僕が戦わなくても、他の勇者が魔王を倒せば良いわけだ。」


「おっしゃる通りです。ですが、勇者様はそれぞれが大きな力を授けられています。全員で協力すれば、魔王は容易に倒せるでしょう。」


シエラは少し声を張り、語りかけてくるようになった。


絶対に、確実に魔王を倒すため、全員で戦って欲しいと、そんな感情が直に伝わってくる。


「分かった。僕は戦うよ。なるべく早く元の世界に帰りたいしね。」


「ありがとうございます。」


シエラの声が、優しく安心感のある声に戻った。


「貴方様をこの世界に招いた神は、探求の神ジェドマイヤ様です。ジェドマイヤ様により授けられた神託が貴方様の力としてその身に宿っているはず。

神託は魔法とは違う異質な御業。神に授けられた者にしか扱えない特別な物です。今後の世界の平和と貴方様の命に関わるので、是非確認をお願いします。」


「確認?どうやって?身体に変わった感じは一切ないけど…」


「目を瞑り記憶を辿り、神と邂逅した場面を思い出してください。それ以上は、私には分かりかねます。」


言われた通りに瞑想し、神と出会った夢を思い返してみる。


あの時、そう、頭に何かが流れ込んできた感覚があった。


今の今まで忘れていたあの不思議な感覚。


直後、思い出す。

まるで生き物が初めて呼吸をするかのごとく、

自然にそうであったと感じるほどに、


僕は神託を使用する


「見つけ出せ、近くにいる人間全員を。」


瞬間、目の前にいるシエラが淡く光り出す。

その奥、馬車の壁を隔てた向こうにも一人、馬を操るシルエットが淡く光る。

おそらくはベルクだろう。一瞬たりとも気を抜かずに馬を進ませ続けているのを感じる。


どんな力を使えるのかは大体理解した。


ただこの能力は…どうやら神は、選ぶ人間を間違えたか、与える能力を間違えたか、どちらにしても、僕はこんな能力は欲しくはなかった…


「シエラ、既に勇者が何人かこの世界にやってきてるんだよね?」


「はい、既に7名がこの地に降り立っています。」


「その7人の神託は、どれもそれだけで世界を救えるほど強力なもの?」


「全員の神託は把握し切れていませんが、4名ほどは直接お教えいただきました。どれもこの世の理を超えた強大な力です。中でも一人、抜けているものがおり、その勇者様は全てを例外なく切り裂く剣を自由に取り出し、自在に操ることができます。」


「嘘でしょ…じゃあ僕の能力は初めての大ハズレかもね…」


神様は人を簡単に殺せるような魔族が蔓延る世界に、こんな玩具を持たせて僕を放り出したのか…


「神託の内容を、良ければお教えください。」


「…僕はどうやら物を探すのが得意らしい。例えば近くにいる人間を探せと頭で命じれば、近くにいる人間全員が光で強調され、視界が遮られていようと見つけることが出来る…そんなところ…かな」


「物を探す力…確かに戦場の前線で使用できるようなものではありませんね…しかし気を落とさないでください。すぐに思いつくような使い方であれば、人間に擬態する魔族を見つけ出したり、巧妙に隠された罠を即座に発見したりと、充分に命を救える力だと思います。」


そんなのは知ってる。この力は、そんなものじゃない。


「まぁ神の力って言うくらいだから。他の勇者のサポートくらいは頑張るよ。」


馬車の窓から外に目をやる。


木々の間から、遠くに大きな城のような形が見える。

おそらくはそこに向かっているのだろう。

これからどんな出来事が待ち受けているのかは想像もできないが、ひとまずやる事は示されているんだ。

それに従って、早く元の世界に戻れるように。


魔王を、討伐しなければ


そう決意した瞬間、突如眠気が押し寄せてくる。


抗えない強い睡魔に包まれ、探求の勇者ジンは


深い眠りについた…

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