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91 レオンの妹の屋敷へ


 メイドのベッドで一夜を明かした。最初は他のメイドが気を使っていたが、なぜか恋バナになり、レオンの妹が駆け落ち同然でこの国に嫁いだ話を聞いてしまった。


 メイド達は、その他として扱われることも多いので、案外と多くの情報を持っていることがある。聞かれたくない会話をする時は、メイドはもちろん小間使いのような使用人もしっかりと排除しなければならないと実感した。


 翌朝、自分の部屋に移って化粧と着替えを済ませた。因みに私のベッドには侍従の一人が寝ていた。


 朝食をレオンの部屋で共に取った後、こちらの王子から昼食をと誘いが来たがレオンが丁寧に断りを入れ、その後すぐに出発することになった。


 馬車が飛行船の停泊場所に着き、エスコートを受けながら部屋に案内される。飛んでいなければ、ここはただの部屋だと思えばそこまでではない。用意されていたのは使っていた部屋の向かい側で、窓のない小さなメイド用の部屋だ。景色が怖いのを配慮してくれたのはわかる。だが、レオンは案内をするとすぐに機関部へ行ってしまった。


「一緒にいると言ったのにっ」


 飛行船が僅かに揺れ、上昇が始まったのが分かる。


 無意識に、震えと共に恨み言が出た。


「ご安心ください。今回は私がおります」


 ザクロがどや顔をしている。腹が立つ。いると言いながら、何度も席を外したので余計に腹が立つ。


 部屋の場所など色々と気を使ってくれているのはわかるが、やっぱり怖いものは怖いのだ。


 しばらくして、レオンがやってくる。隠しきれていない嬉しそうな顔だ。蹴っ飛ばしてやりたい。


「大丈夫ですよ。怖くない怖くない」


 子供でも相手にするようにそんなことを言いながら慰めてくる。


「ば、馬鹿にしていると。痛い目を見ますよ」


 きっと睨むがそれすらも嬉しそうな顔で返される。


「レオン様。リラ様用のベッドで一晩過ごしたものは特に体調不良などはなかったとのことです」


 ザクロが真面目な顔で報告する。


 メイドの部屋を使わされたのは、夜半に誰かが侵入でもする計画が発覚したのかと思ったがベッドに細工がされていたようだ。


「何か……仕掛けられていたのですか?」


 レオンに使われた精神魔法を思い出す。ザクロが先に確認したはずだが、その時は見つけられなかったのか。それとも食事中に仕掛けられたのか。


「確認した者は、何か計測の魔法陣が仕掛けられていたようだとのことです。魔法属性や魔法量を計るものではなく、もっと精密な属性を調べるためのようです。その手のものは計測に時間がかかるため、寝台に仕掛けたのだろうと。私が調べたものは害をなすものですから、見落としてしまいました。以後、気を付けさせていただきます」


 ザクロが頭を下げる。


「精密な何かか……気味が悪いな」


「リラ様のお部屋に不備がなければ、気づくこともできなかったかも知れません。……検知する機器があると伺いました。それは公爵家の機密でしょうか。リラ様を守るために可能であればお貸しいただけませんか?」


 ザクロが切実な声で懇願しているがレオンは首を横に振った。


「装着しているだけでかなりの魔力を消費する。君では魔力量がすぐに底をつくだろう」


「でしたら……私が使うのはどうでしょう」


 属性関係なく魔力だけでいいなら私でも使えるだろう。


 自分の身が危険だというなら、自分の身くらい自分で守りたい。


「それに……ふたりしてとても心配をしてくれていますけど、私の魔法は水魔法。治癒魔法のように珍しくもございませんよ」


 最近、他の人よりも魔力量は多いと自覚した。だがレオンのように兵器として脅威になるようなものではない。


「国によって、神聖視される魔法属性がございます。マービュリアは水神の建国神話があり、水魔法が神聖視されています。王族のハーレムに入れるのは水魔法のものばかりだと聞いています。ブルームバレーの下位貴族の一部がそちらに入った例もございます」


「ハーレム」


 王を介護していた胸の大きな女性たちを思い出す。


「あまりいい扱いではないと噂が出て、最近は困窮している貴族以外はそちらに送ることはありませんが……」


「国家としてだけでなく、ならず者がリラ殿を利用するために誘拐する可能性も考えられます。魔力量はもちろんですが、ソレイユ家へ身代金を請求する目的で連れ去られる可能性もありますから」


 真剣な顔で二人から諭される。


「また、目の前から消えられては、身も心も持ちません」


 近くに座ったので、怖さ対策でこちらから抱き着いてしまっているが、レオンの手に力がこもる。


 王妃様からは、何か幸運が訪れるか確認して欲しいと言われている。だが、今のところ特に幸運はない。


 海賊に襲われたり、それが原因でなにやら面倒ごともあったようだ。


 これまでも、レオンに精神魔法がかけられたり、私の誘拐など、不利益しか与えていない。


「どうして、レオンには幸運が訪れないのかしら」


 ふと、口に出た。


 レオンは、これまでの婚約者の中でも良くしてくれている相手だ。そろそろ幸運があって欲しいのだが、どうしてないのか。


 シーモア卿も、他の婚約者のような目に見えて大きな幸運があったわけではなかったのを思い出す。


 なんというか、少し申し訳ないとすら思えてくる。これで、今回の目的が達成できなかったら、どう謝罪すればいいのか。


 私と婚約して得られるものなど、何らかの幸運くらいしかないというのに……。


「今のレオン様はとても幸せそうですよ」


 ザクロが淡々とそう返した。


 私の呟きを拾って返したと理解するのに少しかかった。


 見上げると、レオンが顔を赤くしている。それに少し引いてしまう。


「………うすうす感じていましたが、怖くて怯えている女を見るのがご趣味ですか?」


 そんな相手とは離れたいが、頭ではそう思っても離れるのは怖い。人のぬくもりはなんだかんだで安心するものらしい。


「誤解があります。嬉しくないかと言われれば、吝かではありませんが、リラ殿が怖がっているのが嬉しいのではなく、リラ殿から抱き着いてくれるのが嬉しいのであって、怖がっていない時であればより嬉しいです」


 弁明しているのか力説しているのかわからない。


「か弱くて……従順で、甘え上手がご希望でしたら、私はお勧めしませんよ」


「リラ殿が抱き着いてくれるのが嬉しいのであって、誰でもいいわけではありません」


 なんとも大事なものでも抱えるように更に抱きしめられる。


 落ちたら死ぬような上空だ。怖いのに、抱きしめられていると、大分と恐怖が和らいでしまう。


「帰りは、克服して見せます」


「怖がらせたくはないので、そうなると嬉しいですが、これがなくなるのはちょっと残念です」


 これ以上勘違いをさせられたくはない。早急に飛行船恐怖症を克服するか、代わりに抱き着く何かを用意しなくてはならない。





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