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79 王妃様のメイドのザクロ


「リラ様、こちらを」


 王妃様のご下命で今回もリラ・ライラック準男爵の警護兼侍女として仕事に着くことになりました。


 拘置所では、数度食事に毒が盛られ、看守が手を出そうとしたりと普通のメイドでは対応が難しいこともありました。


 命じられれば誰の許でも働きますが、王妃様は基本的にご自身か聖女様に付けることが多いので、長期で王宮を離れる仕事を命じるのは初めてです。


 リラ様にデザイン性に欠けるベストを着用するのを手伝います。


「これは?」


「飛行船に乗船する際は着用が義務付けられています。着替えや就寝の際も近くに置いておくようにお願いします」


「そうですか」


 ご婚約者様のレオン・ソレイユがリラ様を置いて機関室に呼び出されたので代わりに案内をします。


 船内については事前に確認し、設備の使用方法はもちろん、緊急時の避難含め完璧に覚えています。


「船内は限りがあるため基本的にはかなり狭い作りになっています。リラ様のお部屋にはトイレや湯あみ場もありますが、この船には四室のみがそのような作りで、乗組員などは共同部屋と共用のトイレが使われます。基本乗船中は湯あみをせず、降りてからという形になっています。今回の旅程は二日で、最長でも飛び続けるのは四日程度となっています」


「二日でマービュリアに着くのは、とても速いわね」


「高速化に成功したのと、山脈や海峡を超える必要がありませんので、ルビアナ国とは協定が結ばれていませんから、上空の飛行ができませんが、マービュリア国からであれば街道も整備されているので、そこから数日でルビアナ国へも到着できると思います」



 内海を挟んだ場所にある半島からなるマービュリアへ到着後、レオン様の妹君の邸宅に滞在し、その後ルビアナ国へ向かいます。普通であれば一月ほどかけていく日程を一週間かからずに、それも冬に移動できるのですから飛行船がどれだけ有益な移動手段かわかります。


 その利権を一手に担うソレイユ家が発展するのは仕方のない事でしょう。



「こちらがリラ様のお部屋になります」


 事前に狭いとは言っておいたが、普通の令嬢であれば文句を言いそうな部屋です。


 壁に収納できるベッドと固定された机と椅子。窓の開閉はできません。トイレや湯あみ場もかなり質素です。有事の際の安全対策と、軽量化のための対策ですが、華美な生活を当たり前にしている方たちには不評です。


 別にある旅客船は豪華ですが荷物を多く運べません。


「思ったより広いですね。それに窓も大きい」


 拘置所でも特に文句もなく、淡々としていたので予想はしていましたが、特に不平がないようです。


「レオン様が戻られましたら、操舵室などの案内をしていただいてもよろしいかと」


 一般人は入れない区画だが、リラ様が強請れば喜んで案内するだろう。


「レオンが呼ばれた機関部は動力源よね」


「はい、操舵室とは別に、機関室で魔法が使われます。炎魔法で上昇下降を操作し、風魔法で推進します。上昇時は一番魔力を消費しますから」


 ソレイユ家は炎魔法の家系だ。傍系でもその手の者は多い。使い方を間違えれば他の魔法よりも簡単に死者を出す魔法に、価値を与える事業でもある。元々伝手があるので、炎の魔法を使えるものを確保するのも容易だ。


 普通は当主や跡取りが人員の穴埋めに手伝うというのはないことだが、レオン様は研究から携わっていたそうなので、機関員ともつながりがあるのだろう。


 レオン様が、リラ・ライラックを選んだのは妙に納得がいく。


 王妃様が気に入っているリラ様の新しい婚約者として、今では爵位も失った元ライラック男爵にレオン様を推した。


 他の婚約者候補を聖女様のお茶会に呼んで様子を見ていたが、王妃様はどれも気に入らなかったのだ。


 王族に次いで権力がある公爵家の中でもソレイユ家は財力が群を抜いている。


 跡取りのレオン様と王太子様の仲が良好とは言え、嫁いでくるものによっては内乱の可能性もあるのです。同じ公爵家のカーディナリスと縁づけば権力のさらなる集中が懸念され、ロエム伯爵の令嬢は弱者に対する態度に問題があり、公爵夫人の座を与えれば社交界には害。もう一人の令嬢はそもそも親が乗り気なだけで本人はその気がなかったご様子。


 前者二人は王家としては避けたく、最後に残る令嬢は無理に婚約させれば本人が出家しかねない。


 そんな中、家格に問題はあるが、リラ・ライラックであれば王家に不利益がないと判断されました。


 何よりもリリアン様と王妃様のお気に入りで、レオン様ご本人がリラ様に気があることは王太子とリラ様が婚約している最中から見て取れていました。


「そういえば……名前をもう一度聞いてもいいかしら」


 席に座るとリラ様が問いかける。


 使用人の名前を覚えないのは珍しい事ではない。けれど、この人はレオン様すら眼中になかった強者です。


「ザクロと申します」


「そう。世話をかけるけれど今回もよろしく頼むわ」


 リラ様がふっと微笑みます。王宮にいた時よりもさらに磨かれ、準男爵でしかないと言われても誰も信じないでしょう。


 余裕をもっていたのもつかの間……。


 上昇しだし人が塵のようなサイズになったころ、リラ様の表情が強張りだした。





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