75 5人目の婚約者
カクテル、数種類のお酒や割り材を混ぜたお酒。色々な種類があって、奥が深い。一時はまりかけたが、危険だからと手を引いた。
「カクテル製薬が作った薬は、既存のものと違い流行病の特効薬となりました。あれがなければ我が国でも多くの貴族や平民が亡くなっていたでしょう」
「わたくしも、罹患してしまいましたが、お薬のおかげもあって軽症ですみました」
リリアン様も微笑んでいるが、何の話だったか。
「カクテル伯爵家は、本来莫大な利益を得られるというのに格安で平民にも薬を与え勲章が授与されました。授与式の後の晩餐でゲルフォルトは自分の命が助かったのはこのためだったと悟ったと、そして、与えられた命だからこそ、他にも与えなければならないと考えたと……当時は随分と大層な事を言うと思っていましたが……、ゲルフォルトは不治の病の中、あなたと婚約して病を克服した者でした」
「ああ……あの女医と結婚した」
そこまで聞いて、ようやく思い出した。
「その伯爵さまがどうしてルビアナ国に恩を売ったので?」
「当時、最も被害が出ていたルビアナ国に対して、格安で薬を売っただけでなく、製造が間に合わないからと製造方法を教え、自国で生産ができるよう環境を整えて差し上げたのです」
「それは、聖人のようですね」
病床に伏していた婚約者だと言われれば思い出した。正直女医の方が印象に残っている。そして、婚約破棄を申し訳ないと新しい婚約者を斡旋してくれた。その先が大変なブラックだったので、そのころの時勢には疎い。流行風邪で大変なのはなんとなく聞いていた。
「あなたならば、カクテル伯爵からの推薦状を得ることができるでしょう」
「どうでしょうか……相手も私を覚えているといいのですが」
私はあまり覚えていない。
「命を助けてくれた相手を忘れることはないでしょう。もちろん、魔法石の使用目的は伝えず、ソレイユ家が任された貿易の一環ということにしてもらいます」
「かしこまりました」
他国に聖力の保存ができる可能性は知られたくないことだ。
「もちろん、ルビアナ国との新たな関係構築のための使者としての肩書を国からも与えます。ソレイユ家は元々外交にも特化しているので、跡取りがそれを担っても不思議はありませんから」
国の後ろ盾があるのはいいことだ。
「片道で一か月ほどの旅路でしょうか、雪山は流石に難しいので、雪解け後の出発ですか」
準備時間はあるが、結構大変な日程だ。
「その心配はありません。ソレイユ家は飛行船を所有しているのですから、来週には出立が可能でしょう。日程はレオンに任せますから、あなたは心配しなくて大丈夫です」
準備期間が死んだ。王妃様は、自分基準なので、たまにとても厳しい課題を当たり前に押し付けてくる。
「随分と、急がれるのですね。もしや、リリアン様のご体調がすぐれないので」
はっとしてリリアン様に視線を向けるが、首を横に振られた。だが、もじもじとしている。
「いいえ、私ではなく、リラのための日程です」
「わたしの、ですか?」
「はいっ……あ、お伝えしてもよろしいですか?」
何か言いかけたリリアン様が王妃様の顔色を伺う。王妃様はお茶を一口飲んでから、小さく頷いた。
「夏に、リラの結婚式を開くので、春の間に戻っていただかないと準備が間に合わないのですっ」
頬を染めて興奮気味のリリアン様の言葉は、他国へ行って来いと言い出した王妃様の言葉以上に頭に入ってこなかった。
「後継人であるシーモア伯爵がレオンに一年の婚約期間をもうけるように要望していたそうですけど、婚約の仕切り直しがあったでしょう。あれから一年では流石に可哀そうだと夏に結婚という形で了承をもらっています」
王妃様が涼しい顔で言う。
「……」
幸運があれば婚約破棄されることを王妃様も理解されているだろう。
「あの……もしレオン様と婚約破棄になった場合、狙われる可能性があるとおっしゃられましたが、今回の任務が成功して、婚約破棄になった場合、王宮で一時保護をしてくださるのでしょうか」
つまり、夏には婚約破棄になっているだろうということか……。レオンもいい歳だから、新しく結婚相手を探すならば早くしないといけないだろう。
「……」
王妃様とリリアン様が残念そうなものを見る目でこちらを見ている。王妃様はベール越しなのに、リリアン様と同じ目をしているのを不思議なほどひしひしと感じる。
「いいでしょう。今回の依頼の結果、婚約破棄になってしまった場合、聖女様の世話役として正式に雇いましょう。その立場があれば簡単には他の貴族が手を出すことはできません。無論、自由を保障しますし、報奨金の支払もあなた個人に行いましょう」
王妃様がはっきりと言う。約束を反故にするような人ではない。
これで、今後の身の安全は確保できた。
「……それと、ルビアナ宝国は魔力や魔法に頼った生活をしていると報告を受けています。魔法を無暗に使わないように気を付けなさい」
「かしこまりました」
元々貴族は魔法を無暗に使わない。私も人前でほいほいとは使っていないが、つい便利な時は使ってしまう。人目がないと特に。つまり、人目がない時も使うなと言うことだろう。
「知られたとしても、幸い珍しくない水魔法ですから」
聖女様のような特殊なものを除けば、治癒属性が一番珍しい。万能なものではないが、外傷など目に見えている怪我を治せるのだ。
「そうね……」
王妃様が微妙な雰囲気を醸している。
「とにかく、気を付けなさい。本来、あなたは国から出したくないのだけれど……」
聖女様の力を魔法石で保存できることは、国として不可欠なのだろう。
レオンとの婚約中に、国に利益を与えられれば公爵家としても株が上がるし王家に恩を売れる。
「リラ、目的が達成できることを祈りますが、何よりも、無事に帰ってきてください」
リリアン様が今日も可愛い。
「ありがとうございます。何か可愛らしいものかおいしいものをお土産に見つけてきますね」
そういえば、婚約者の家には色々と言ったが、そこからどこかへ行くのは初めてだ。
旅行と考えると、少し楽しみになってきた。




