74 未来への対策
「ルビアナ国? ですか」
聞き覚えがあったのは、宝石商が産地として紹介していたからだ。
レオンの母親たちが呼んだ宝石商が最近は良質な魔法石がこちらには流れてこないと嘆いていた。なんでもルビアナ国が新しい法律を作り、魔法石の輸出に厳罰を与えるとしたらしい。おかげで、他国の魔法石も値上がりしてしまったそうだ。
「宝石を、買い付けてこいと言うわけではありませんよね」
「無色透明な魔法石、できるだけ大きく上質なものを譲り受けてきてもらいます」
「……」
王妃様は、宝石にうつつを抜かすような方ではない。むしろ、飢饉を避けるため、輿入れで持ってきた宝石を売ってしまうような方だ。
「リラ」
リリアン様が懐から細かい刺繍の入った巾着を取り出すと中から小さな白い魔法石を出した。
「魔法石の種類によって込められる魔法が違います」
魔法についても学び始めたリリアン様が思い出す様に口にする。
「これまで、聖力を留めることのできる魔法石はないとされていましたが、この石には、私の特異魔法を込めることができるのです」
真っ白にキラキラと輝く石を見て息を飲む。
「王妃様……これは、リリアン様にとってとても危険なことではありませんか」
聖女の力を持つ女性は二人同時に存在したことがない。
聖女様が亡くなって数年の間に新しいものがその力を発現させる。
他に変えの効かない清らかなお力だ。
「これは、国家機密として、公表は禁じます。まだ研究段階で、半日分も貯めることはできていません。すぐに聖女様の価値がなくなるわけではないのです」
「ですが……これは国を……聖女様の身の安全を揺るがすものです」
自然には溜まらない貯水池と同じだ。
聖女様がお力を使うことで国が平和である。だが、ただ力を使うだけならば奴隷も同じだ。聖女様は、時に拒否をすることで自身の意見と立場を守ることができた。無理に聖力を遣わせれば、呪いが降りかかるのだ。
だから、無理やりに聖力を使わせることができない。脅しや暴力を使えない相手になる。殺して次の聖女を待つにしても、数年かかる。
だが、聖力を他に貯めることができるようになれば、聖女様のもつ強力な手札が一つ奪われることになる。
「十年……十年の間にブルームバレー王国には多くの禍が訪れました。干ばつ、飢饉、疫病、もし、後数年リリアン様の発見が遅れれば周辺国が攻めてきていたでしょう」
幸か不幸か、干ばつの被害は一部で済んだ。最も被害が出ると予想されていたライラック領は貯水池でそれを免れた。王族自ら、節制し、貴族へも食材を無駄にしないようにと命じ、輸入量を増やしたことで餓死者が大量に出るようなことはなかった。数年前に疫病が流行ったのは聞いているが、その時私は辺鄙な土地にいたので詳しくは知らない。なんでも新薬がよく聞いたので他国に比べ死者数は格段に少なかったと聞く。
だが、それらは聖女様がいれば避けられたことだ。
それだけ聖女様はこの国にとって大切なものなのだ。
「何年も前に、聖女と目された少女が殺されていたと報告がありました。他国にとって、聖女様は最も邪魔な存在。今後もリリアン様は命を狙われ、そして新しく生まれる聖女様も他国が殺そうとするでしょう。そうなった時のためにも、お力を留めておくものが必要なのです」
王妃様が、ベール越しでもこちらを見ているのがわかる。
「リラ……これは私も望んでいることです」
リリアン様が強いまなざしを向けた。
そこにいたのは私が抱きしめて慰めてあげなければならない少女ではない。
「……ルビアナ国は、魔法石の輸出に規制をかけていると聞きました。尽力はしますが、あまり期待をしないでください。幸運があるかはわかりませんが、それを私が選べたことなどないのですから」
リリアン様が望むのならば断わることはできない。
「あなたを選んだのは幸運を狙ってだけではなりません」
王妃様はこちらが受け入れたのを見て少しだけ肩の力を抜いた。
「あなたはゲルフォルト・カクテル伯爵とも懇意にしていたでしょう。あちらの新国王は彼に対して恩義があるのです」
「……?」
聞き覚えがあるような、ないような名前に首を傾げた。




