71 息子の婚約者とそのメイド
目的があれば話すことは厭わない。今日の目的である毒検知の制度を達成してしまい話題がなくなった。
正直言って、話をするのが得意ではないので、黙って食事をする。妻たちはこちらなど気にせず仲睦ましく会話をするが、気を使った結果か、二人も黙々と食事をとっている。
そんな中、気になることがある。
茶色い髪をおさげにした十代半ばほどの少女の髪に、リラ・ライラックの瞳と同じ髪留めがつけられている。公爵家の給与であれば買えなくはないが、仕事中に付けるのに適してはいない。そして、今日リラ嬢がつけているネックレスとは恐らく揃いである。
その意味が何かが気になって仕方がない。
じっと見ているのに気づいたのか、そのメイドがリラ嬢へ新しいお茶を給仕する際にこぼしてしまった。
リラ嬢はすぐに立ち上がり避けたことで、テーブルクロスが汚れただけで済んだ。
「も、申訳ありません」
「クララ、落ち着いて、火傷はしていない?」
「は、はい……」
失敗に涙目になるメイドに、リラ嬢は困ったようにわずかにほほ笑んだ。
「公爵様、お騒がせしました」
すぐにこちらへの配慮の姿勢を見せた。その間、別のメイドたちが手早く処理をし、リラ嬢の席を一つずらした。
「まだ、教育中のメイドですので、粗相を失礼いたしました」
まるで、出来の悪い妹を見るような視線をクララと呼ばれるメイドへ向けた。その視線は叱責や蔑みではない。ドジっ子属性に対するものだ。
「人間、誰しも失敗はある。気にはしておらんよ。せっかくの機会だ、茶を淹れなおして練習するといい」
普通はこのまま下がらせるものだが、このまま立ち去らせるのはもったいなく、そして確信を得るために、そう勧めた。
「ご配慮ありがとうございます。クララ……ゆっくりで構わないから、お茶を淹れて」
「はいっ……かしこまりました」
茶を準備する場へ下がる姿を目端で追う。
「クララは、リラ殿の生家で元々彼女の世話係としてつけられていたメイドなのです。こちらへ移る際、知り合いが誰もいないのは気疲れするだろうと連れてきました。御覧のように、技術的な面ではまだ外には出せませんが、リラ殿にとっては、よき話し相手になっているようです」
「古くからの知り合いなのか」
レオンの説明に納得する。
「努力家で、とても優しい子です。あの子がいることで救われたこともありましたから、できればいい縁談があるまでは面倒を見てあげたいと思っております」
どこか寂しそうにリラ嬢が言う。
「そうか。嫁ぎ先がなくとも、公爵家にいればいい。我が家は忠義のあるものであれば、歳をとったからとクビにはせぬよ」
「ありがとうございます」
ほっとしたように微笑みを返される。
これは最早、確定ではないだろうか……。
いや、リラ嬢は息子の婚約者だ。そのような目で見てはいけない。だが、どうしても考えずにはいられない。
幼馴染の令嬢×ドジっ子メイドと言う設定を……!
公爵家に見初められ、泣く泣く嫁ぐことになった令嬢と、そのひとを守るために付いてきたメイド。令嬢は公爵家の義両親に虐げられ、それをかばったことで罰を受けるメイド、二人に芽生えた禁断の愛。そして、公爵家の手を逃れ、田舎に身を潜め貧しくも平穏に二人だけの愛を育むのだ。
「リラお嬢様、新しいお茶をお持ちしました」
緊張した面持ちのメイドのクララへ、リラ嬢が囁くようにゆっくりねと声をかけた。
今度は、こぼすことなく給仕を済ませた。
仕事を無事にこなすと小さく頭を下げて、指定の場所へ戻っていった。
「普段はちゃんとできるのですよ。公爵様のように爵位の高い方を前にすることがありませんでしたから、緊張をしてしまったようです」
「私は顔が怖いと言われているからな。緊張するのは仕方ない」
妻たちからは、笑顔が大変に気味悪いと言われている。
「レオン様と似たお顔立ちでとても素敵でございますよ」
私への世事に対して、レオンが咳払いをして笑みをごまかしているのが目端に映る。
跡取り息子なので大事であるが、今は不要な遺物に感じる。
その後は、少しだが会話をして昼食会は終了した。
「色々とあって心労もあるだろう。しばらくは療養のためにもゆっくり過ごされるといい」
「お気遣いありがとうございます」
丁寧なお辞儀をするとレオンのエスコートを受けて部屋へ戻っていく。その後ろをメイドのクララがついていくが、一度だけこちらに見て小さく会釈をして後を追っていった。当主に対してのメイドの作法としては落第点ではあるが、ある意味で合格点を与えたい。
ビオラが言っていたのだ。家格には問題はあるが、旦那様にとっては家格よりも価値のある相手かもしれない、と。
ラナンキュラスは、あくまでもレオンの婚約者なので、レオンとリラ嬢の関係に水を差さないように、あくまでも妄想だけで留めてくださいと釘を刺してきていた。
わかっている。息子の嫁になる女性にまで美しい百合の花を求めてはならない。
「くっ……」
何も、ビオラやラナンキュラスのような完璧な関係性ばかりが好きなわけではない。女の子が仲良くしているだけで、互いを尊重しているだけでも十分なのだ。
だと言うのに、世の貴族令嬢は表面上だけは褒め合いながら、その言葉の裏は罵りや蔑みに塗れた汚い世界だ。私は純粋な世界を垣間見たいだけだというのに。
「公爵様、リラ様は、聖女様とも大変に仲がよろしいと伺っております。昨日の審問会においても、聖女様は終始リラ様を心配し、王太子を通して手助けをしてくださっていたそうです」
既に現実の尊さに打ち震えているというのに、執事が追い打ちをかける。
「なん……だと」
「いずれ、直接拝見される機会もあるかと存じます」
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