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66 墓穴待ち


 クズ髭……もといシダーアトラス公爵からの話は、お願いだから我が家でのことは、レオンはもちろんソレイユ公爵家では一切話さないで欲しいというものだった。


 前向きに検討しますが、口約束ではなくちゃんと取り決めをしましょう。と返したので話は本当にすぐに終わった。


 これでレオンに返すまでに何かあっては困るからとレオンのところまでエスコートすると言われたので、嫌々付き合った。


 髭が少しこちらに顔を寄せ、気持ち悪いなと思っているとレオンの背が見えた。


「リラ嬢、隣にいるのはカーディナリス公爵家のご令嬢ですよ。まあ、順当に考えると、彼女が第一夫人か」


 あれが、例の女かと思いながら、本当にこの男はクズ髭だとも再認識する。家格だけを見れば、私が公爵家の第一夫人というのは可笑しな話だとは分かっている。だが本人を前に呟く内容ではない。


「娘のように思っているのは本当だから、正妻の嫌がらせに耐えられなくなったらいつでも我が家で受け入れてあげますよ」


「謹んでご遠慮いたしますわね」


 笑顔でエスコートの手を放す。そんなくだらないことを話していると、その令嬢と目が合って、急にこちらへ駆け寄ってきた。振り上げられた手を見て何をされるか理解した。


 今まで、殴られたことがないわけではない。こういう時はみっつの対処法がある。


 避ける。制圧する。殴られるかだ。


 私は、今回殴られる。けれど程よく避けた。平手が当たるかどうかで膝をついて威力を弱め、かつ、水魔法を皮膚の少し離れた場所に展開し、水の障壁を作る。全ての威力を相殺するものではない。相手の手に指輪が光ったので、それで顔が切れないようにするためだ。


「恥を知りなさいっ」


 何のだと聞き返したいが、レオンが駆け寄り、私を守るように抱き寄せる。


 これだけ派手な事をすれば、帰ろうとしている今回参加した貴族が注目をしないわけがない。


 とりあえず、泣いてレオンに縋っておく。水魔法が使えると涙の偽装は簡単だ。審問会の部屋は魔法御法度だが、外に出たらこの程度の微細な魔法は誰にも気づかれない。


「どういった用件で、私の婚約者に手を挙げたのですか」


 いつもよりも低い声が非難する。それを聞いて、公爵家の娘が怒りの様相を見せた。


「レオン様、その方とはもう終わった話ではありませんか。それに、次は別の公爵家へ媚びを売っていたのですよ。恥知らずだわ」


 腕を組み、見下す女の前で、いっそうレオンに密着して見せる。


「ロベリア嬢、どこでそのようなデマを聞いたのかは知りませんが。情報が古いようです。国王陛下の御前で、不備の指摘を頂いた箇所を修正した新しい婚約書の取り交わしを済ませました。彼女は今も私の婚約者です。シダーアトラス公とリラ殿は元々の知り合いで、リラ殿への祝いを言っている間、私は少し席を離れただけです」


 正式には、シーモア卿が後継人としてサインして、別の公的書記官に処理してもらうまで婚約関係ではないのだが、あれだけの貴族と王族の前で宣言したのだ。公然の事実にはなっている。


「レオン様は、お聞きにならなかったのですか……それとも、既に子も産めなくなった彼女を憐れんでいるのですか? どれだけ優しくしても、意味のない行為なのですよ」


「……なぜ、それを」


 レオンがかなり腹を立てているのは、まさしく彼の周囲の温度でわかる。ほんのり温かくなっている。けれど、面白い単語が聞こえたので、絶望した声で問い返した。


 相手はわずかに口角を上げた。


「何度も、何人とも婚約しては破棄されている時点でわかることですわ。子供が出来ても生まれる前にご不幸ばかりなのでしょう……。もう、身ごもることもできないお体になっているのではありませんか?」


 存外に、婚約者全員と関係を持っていると言いたいのだろう。


 別に、経験豊富である女性が悪いわけではない。生殖行為は生物としての本能だ。ただ、私が全拒否をかましていたのは、基本的に結婚が確定するまでは信用ができなかったからだ。愛される器量が足りないことは理解している。


 貴族の子女が、万が一に婚約中に妊娠した場合、未来は3つある。


 相手が責任を取って早急に結婚する。元々跡取りが欲しかったり、女性の生家の方が爵位が高かったり援助が期待できる場合だ。何らかの理由で女性が優位な場合に多い。無論、そうでなくても良心的な家であればすぐに結婚となる。


 もう一つは、妊娠したのに捨てられて家に戻される。まあ、体のいい遊びだった場合や舅や姑が追い返す場合だ。無論、女性の家格が下であることが普通で、慰謝料で解決させられる。そして、家で子を産み隠れて暮らすか、体裁を保つために使用人の妻にさせられる。この時に産まれた子が娘で魔法が使えれば政略結婚に使われることもあるし、相手の家が子だけ引き取ることある。


 最後は外聞が悪いと強制的に堕胎処理される。無論、女性への心身への負担だけが残る。この場合は家に帰されることもあるし、何事もなくその後結婚となることもある。


 これらの危険があると言う教育を、私は家からはされていない。


 もし、最初の婚約が今日証言台に立った蛙だったら、この令嬢がいったような人生が待っていたかもしれない。


「わたくし、まだ一度も妊娠したことがないのですけれど」


 貴族が聞き耳を立てている場で、否定しなければ変な噂になる。なのできっちりと否定しておく。それに、彼女は王妃様の証言を聞いていないのだ。


「あら……ならば一度調べたほうがよろしいのではなくて。二度と子宝に恵まれない体なのかもしれませんわ」


「……いやに、わたくしのお体のことばかり気にされるのですね。でも、ご安心ください。レオン様は、それでもわたくしをあ……愛してくださると思いますから」


 演技だとわかりながらも、言い淀んでしまった。


「あらっ……卵巣がダメになってしまった女性を欲しがる貴族などいませんわよ」


 はい。ごちそうさまです。


「なぜ、ご令嬢は、メイドが食べてしまった毒の種類をご存じなのですか?」


 声を一段大きくして、驚いて見せる。


「わたくしの代わりに犠牲となった可哀そうなメイドのためにも、もし、その症状をご存じなのでしたらお教えくださいませ! 彼女と同じ症状が私の物と思われるくらいですもの。きっと毒の種類もご存じなのですよね。お願いいたしますわ」


 幸いメイドは摂取量が少なく体に害はないが、毒は種類と効果が特定されている。


 貴族間、特に第一夫人が第二夫人や愛妾に毒を使うことはよくあるので不思議はないし馴染みのあることだ。ただ、それは家の中の話だけで許される。有耶無耶にできることだ。


 他家のそれも同格の公爵家へ、刺客を送ったとなれば、大問題である。


 それが、噂であっても。


「ろ、ロベリア、何をしている」


 遅れて出てきたカーディナリス公爵が駆け寄る。床に膝をつき、頬を抑えている私と、それを心配そうに抱き寄せるレオン、腕を組んで見下ろす娘。そして、私が叫んだ言葉。いい想像はできないだろう。


 レオンに促され、立ち上がる。


「カーディナリス公爵、この件に関しては当主である父とよく相談して対応させていただきます」


「これは、何かの手違いがあったのです」


「そのようですね。きっと何年にも亘った手違いでしょう。そうでなければ、私の婚約者にいきなり手を上げたりなどしないでしょう」


 まだ公爵の座を譲られていないレオンは、当主であるカーディナリス公爵よりは格下になる。だが今日は公爵代理として来ているのだ。だから、お前の教育の問題だから、責任を取れと強く言えるのだろう。


「ロベリア、リラ嬢に謝罪しなさい」


「え、でもお父様っ」


 準男爵、もしくは男爵の娘と認識している相手へ頭を下げろと言われ、社交界では、同じ女性相手ならば王妃様くらいにしか頭を下げたことのない公爵令嬢は驚きで目を見開いている。


「ロベリア!」


 叱責され、呆然としたまま、半ば無理やりに頭を下げさせられている。


「も……申し訳、ございま、せん……」


 表情は見えなくても、それはもう屈辱に満ちた顔をしているのだろう。少なくとも父親には逆らわないだけまだ教育がされている。


「レオン様………もう、屋敷に戻りましょう。公爵様、頬も冷やさなければなりませんので、御前を失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」


 格上相手なので、失礼ですがもう帰りますと言っておく。


「あ、ああ、もちろんだ。正式な謝罪は後日にさせていただこう」


「リラ殿への連絡は私を通すようにお願いいたします。それでは失礼します」


 レオンにエスコートされ、右側の半歩後ろを歩く。できるだけ優雅に、且つ仲睦ましく見えるように気を付けた。




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