63 証言者の末路
腹を抱えて笑い出したリラは、まさしく、魔力暴走を起こしかねない気の狂った女のようで、もしや自分と同じように誰かが精神魔法をかけたのではと、天井や床に目をやった。
そんなことをしている間に、リラが呼吸を落ち着かせていた。
「はぁああ。も、申し訳ありません。とて、とても、面白い内容で。このような喜劇であれば劇の鑑賞も悪くはありませんわね」
リラが何とか笑いを堪えると、貴族然とした立ち姿に変わった。
「これに関しては、大変僭越ながら、王妃殿下の意見をお伺いしたくございます。わたくしごときの事情のために、発言頂くこと大変恐縮でございますが、これは王太子の威厳にも関わることでございます」
恐れ多くも王妃に意見を求めたことに、それまでせせら笑っていた一同は言葉すら発せられなくなった。
公の場を嫌う王妃は、今日もベェールで顔を隠していた。隣の国王へ耳打ちをすると、王陛下が口を開いた。
貴族は暗黙の了解で男の場だ。王妃や聖女様でも、公に言葉を発することはない。
「リラ・ライラックは、私の要請によりマリウス王太子と婚約していた。無論、王宮に入れる前には身体検査を済ませておるし、聖女様の発見というこちらの一方的な理由で婚約破棄となった際にも、互いの名誉を守るために検査がなされた。王族の婚約者としての条件を知らぬものはいまい。私から言うべき事実はそれだけだ」
王自ら直接的表現は避けたがリラは清い身であり、王太子とももちろん関係はなかったと言った。そうなれば、蛙準男爵の証言は虚言ということになる。事実と言い張れば、王を嘘つき呼ばわりする不敬極まりない行為である。
「偉大なる国王陛下にこのような証言をお願いしてしまい申し訳ございません。わたくしの所為で王太子にあらぬ噂が立つことを避けるためでございましたので、どうかお許しのほどを」
リラが深々と頭を下げた。それに対して王の横にいる王妃がわずかに頷き返している。
王宮の一部の者しか、リラが王妃様からよく呼び出しをされていたとは知らない。俺も二人でいる姿を見たことはなかったが、気難しく厳しい王妃様が気に入っていたのは確かなようだ。
「とある元婚約者は、淫乱で都合のいい使い捨ての婚約者を求めていたのは事実でしょう。残念ながらわたくしにも貴族女性として矜持を保つ程度の誇りはございます」
蔑んだ目で、リラが元婚約者だった男を見た。王族からあのような弁明が成されるとは思わず、青い顔をしている。準男爵が言い返せるわけもない。捜査官も苦々しい顔をしていた。
そんな中、タイミングを見計らったように、シーモア卿が戻ってきた。別に二人の男を携えている。
「リラ男爵令嬢の魔力暴走の審問の最中でしたが、席を外し申し訳ありません」
「関係のないものはこの場に入れないはずだ」
捜査官が自分の役割を思い出したのか息を吹き返した。
「皆様方、お騒がせして申し訳ございません」
やってきた男は四方に頭を下げた後、抱えていた書類を目線の高さに上げ、罪状を読み上げた。どうも別件を担当する捜査官らしい。
誘拐及び人身売買の強要、異国に誘拐した子供や魔力持ちを奴隷として販売。また薬物と武器の密輸入について。それらの罪状が読み上げられる。
「以下の罪状により、バカマ準男爵を重大犯罪者として指名手配しました。バカマ準男爵発見のため、緊急逮捕いたします」
言うと、もう一人の男がバカマ準男爵に手枷を付けた。
「……なっ、何かの間違いだ。私は、私は証言すれば男爵になれると聞いたから来たんだ! こんな罠を……嘘だ。幸運に金を払ったはずだろう! なのに何で!」
状況を理解して無様に叫びだす。
「そのものを摘まみだせ。これは神聖な審問会の場だ!」
声を張り上げたのは、向かいの席に座る男、カーディナリス公爵だった。
その言葉に、それまで喚き散らしていたバカマが口を堅く閉ざした。まるで余計な事を言うなとでも言われたかのように。
引きずられるように、あっけなく重犯罪者が連れていかれた。
「お騒がせしました。陛下、皆様方。では、リラ男爵令嬢の審問を続けましょう」
シーモア卿が涼しい顔で続けようとするが、悪徳捜査官が食って掛かる。
「これはどういうことですかなシーモア伯爵。神聖な場で、あのような……」
それを軽く手を挙げて制すると、シーモア卿の片方の口角が上がる。
「ああ、申し訳ない。調査の協力をしていたので、バカマ準男爵に今朝方指名手配がかけられたと知っていたのです。詳しくはお答えできません。その点は捜査官ならばご理解いただけるでしょう。まさか、今回の証言で指名手配犯を連れてくるとは思いませんでしたのでね。あまりにも驚いてしまい依頼主を一人残してしまったことは謝罪します。ですが、国家犯罪者を取り逃がさないためです。リラ殿、この非礼どうかお許しを」
「シーモア伯爵、貴族として国への忠誠の方が余程大切ですもの。お気になさらないで。それに、あの方の証言は虚偽であると証明も済みましたからご安心ください」
知っていたのか、リラが慈愛に満ちた微笑みを見せる。
「先ほど、わたくしをない事ばかりで侮辱したのは、そのような犯罪者だったのであれば納得ができました。先ほどの方と、兄の命令で婚約したのは事実ですが、婚約期間中は隔離されていましたので、犯罪行為に加担などはしていないと身の潔白のためにも宣言をさせていただきます」
「それらについては、既に調べがされています。何よりも、今回の審問会とは別件となりますので」
二人であの男は犯罪者だったが、リラは関わりがないと言い合う。それに対して捜査官が何か文句を言う前に、リラが車いすに座るアルフレッド男爵に目を向けた。
「男爵には、別に確認をしたいのですけれど、わたくしが魔力暴走を起こしたと言いましたが、兄弟であれば同じ属性である確率は高いはずです。ならば、気を失った時に魔力暴走を起こした可能性はありませんか? 死に瀕した時など、抑制が困難になることがあると聞きました」
「馬鹿を言うな、お前が魔力暴走が起きた時には、既に記憶がないのだぞ」
その言葉に、リラが目を細めた。
「先ほどは、魔力暴走を起こした私を止めようとして、頭を打って気を失ったとおっしゃっていたではないですか」
「そ、それは、言葉の綾でしかありません」
聴衆がいることを思い出したようだが、シーモア卿が資料を出す。
「現在はリラ男爵令嬢の審問会ですが、別人が魔力暴走を起こした可能性を除外しなければなりません。ですので正式な手続きを経て入手したこちらを資料として提出いたします。内容は、アルフレッド・ライラック男爵の魔力証明です。特筆すべき点として、彼の魔法特性は0・2とありました」
あっさりと読み上げた内容に、リラの兄だった男は真っ青になった。
「ぎっ、偽装だ!」
「今回の入院中に計測したものであるため、最新のものです。もちろん、改めて調査頂いても数値はそれほど変わらないでしょう」
「わた、私は水魔法を使えるっ。恥知らずなリラと違って、貴族らしく、無暗に使ってこなかっただけだ」
「では、別室で魔法を使っていただきましょう。こちらでの魔法行使は許可されていませんので。捜査官殿、ライラック男爵にはご退席いただき貴族の証明である魔法を見せていただいてもよろしいでしょうか」
捜査官ですら、ライラック男爵に侮蔑の視線を向けた。
爵位を継承するうえで、男であることと同様に、何らかの属性魔法が使えることが絶対条件である。それは貴族と平民の最大の違いだ。平民ですら魔力量によっては準男爵位、さらに婚姻で本物の貴族として扱われる。そんな中、魔法特性が1にも満たず、貴族のそれも当主でいると言うことは、平民が貴族を語るようなものだ。
跡取りや当主でなければ、他の家門にそこまでとやかくは言わないことだが、当主となれば、どんな微細でも魔法が使えなければならない。
開発された魔法特性と魔法量の計測は、減少する魔法を使えるものを増やすために開発された。俺も何度か開発の実験に付き合った。最近は1以下も数値化できるのかと妙なところで感心してしまった。
平民でも高ければ5はある。1以下は、両親共に魔力量が少なく、魔法特性も低い可能性が高い。
「魔法が使えないと言うのであれば、この場にはふさわしくはないでしょう」
意気揚々と出てきたのに、魔法が使えないと暴露されての退場だ。車いすに乗っていて良かったろう。失意で歩けずとも、簡単に連れていける。
「さて、では審問に戻りましょう」
ドアが閉まるとシーモア卿が笑んだ。
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