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62 胸糞の悪い証言



 審問会の参加は、婚約者ではなくソレイユ公爵の代理であればいいと許可が出た。


 今の俺とリラの関係は婚約者ではないということにされている。


 腹立たしい。


 審問会の会場は、左右に二段の席が設けられ、奥に国王陛下が座っていた。その横には王妃と王太子、それに聖女様も座っている。


 王族の面々を見て、貴族たちがどよめくのが分かった。王太子に任せることもできる中、王だけでなく王妃と聖女様までもが出てきたのだ。


「リラ・ライラック男爵令嬢をここへ」


 進行役の言葉で、扉からリラが入ってくる。横には王宮で何度か見たメイドとシーモア卿がついて来ていた。


 中央の席に立つと、リラの罪状が読み上げられる。


「魔力暴走を起こし市民を不安に陥れ、家財や人的被害を与えた。これにより、当人と周囲の安全のため、隔離処置が妥当である。今回は、情状酌量の余地があるとの申立てがあり、審問会を開き議決を取ることとする」


「今回、捜査機関から証言者が二人おります、呼ぶことを許していただけるでしょうか」


 あの日、いち早く駆け付けた捜査官の男が言う。


 今回の審問会は裁判ではない。人が死ぬようなことがなかったため、あくまでも魔力暴走を起こした貴族への謹慎処分について問うものだ。状況を説明し、他の貴族が採決を行う。


 貴族が起こした問題は貴族が判断するのだ。明日は我が身となる可能性、そして派閥の力関係がものを言う。無論、あまりにも公平性に欠く判断をすれば、要職に選ばれる可能性が減るなどの副作用もある。


 当人と関係者の意見陳述の後、すぐの採決となる。


 許可が出て入ってきたのは三人だった。一人は車いすを押す侍従だった。


「リラ・ライラック男爵令嬢の兄であるアルフレッド・ライラック男爵と、令嬢の元婚約者バカマ準男爵です」


 リラを監禁していたリラの八人目の婚約者だった男だ。それを聞いただけで吐き気がした。


 それを見て、シーモア卿が慌てたように外へ出て行った。


 勝ち目がないと逃げたようだとどこかから囁きが聞こえた。


「皆様お忙しいでしょう。早速ですが、リラ男爵令嬢が魔力暴走を起こした状況に覚えがあるとのことで、こちらのバカマ準男爵に来ていただきました。証言をお願いいたします」


「準男爵という立場でありながら、審問会での証言をすること、大変重く受け取っております。元婚約者として、真実のみをお話いたします」


 証言者席に立つと、蛙のような男は得意げにそう言った。


「リラ男爵令嬢は、魔法封じをつけられていたと証言しており、身を守るための不可抗力で魔力暴走を起こしたとのことです。誘拐されたと言っていますが、バカマ準男爵はリラ男爵令嬢が魔法封じをご自身で使っていたと。事実ですか」


「はい。その……精神が不安定になると魔力が漏れると言い、自ら使用していました。特に……特に閨事の快楽で自制が取れないからと、夜の営みでは魔力封じを使い、時には令嬢自身を縛るように強要されました。そのような異常さと、度重なる流産でいっそう精神不安に陥ったため、やむなく婚約破棄をいたしました」


「準男爵、貴族間では婚約期間は肉体関係をもつことはないのですが、それは事実ですか」


「まさか、そうなのですか。私は元平民ですのでそういった作法には疎く。リラ男爵令嬢が早くに跡取りを産んで安定したいというので、それが普通だと」


 聞くに堪えない言葉に、ざわつきと嘲笑が広がる。貴族とて高尚な生き物ではない。


 怒りを抑え、リラを見ると、うつむき肩を震わせていた。怒りよりも辛さで胸が痛くなる。


「ありがとう。個人的な事をこのような大衆で話した勇気に感謝します。このような話を聞いたのは、今回の被害者であるライラック男爵に事実を確認するためです」


 そういうと、車いすで運ばれた男に問いかけた。


 車いすが押され、変わって証言台近くにいく。立って証言を行う場なため、そこまでは行けないようだ。足だけではなく、腕もうまく動かせていないように見える。


「リラから、内密に会いたいと手紙があり、あの宿に向かいました。中には既に誰かと情事の後のリラがおり、公爵家と婚約関係にあると言うのになぜかと問いただしました。リラは……子供ができると証明したいと言い、正気ではありませんでした。このままではいけないと、家に連れて帰ろうとしましたが……リラは問題のある行動が多く、何度となく婚約を破棄されては家に逃げ帰ることを繰り返していました。リラのことを想い、嫁ぎ先を探す私を……恨んでいたのでしょう。あれの気持ちには気づいていましたが、母が違うとはいえ兄妹として受け入れることはできません。そして、気づけばあのような魔力暴走を起こしていました。止めようと近づいたときに、頭を打ったようで、病院で目が覚めるまで記憶はありません」


 頭がおかしい家族をもった哀れな兄として、同情を誘うようなでたらめを並べ立てる。


 リラの震えがより大きくなり、被告台に両肘をつき、顔を伏せていた。


「つまり、今回の暴走は、誘拐や魔力封じをつけられ監禁されたからではないということですね」


「はい」


 はっきりとした声で答える声はどこか誇らしげであった。


 頭は元からおかしかったのだろう。体に支障が出ていても、頭は良くも悪くもならなかったようだ。


「御覧ください。このように、事実を突きつけられ言葉も出なくなっております。そのような個人的なことの結果、魔力暴走を起こすようでは貴族として扱うことは困難。これほどの愚行を犯したと言うのに、ライラック男爵は責任をもって監督すると申しております。私としてはより強い罰を与えるべきだとは思っていますが、彼に免じてリラ・ライラックをライラック男爵領へ幽閉するように求めます」


 声高々に宣言する捜査官に対して、誰かが賛同の拍手をする前に大きな笑い声が響いた。


「ぷっ、ふふ、あははははは」


 堪らなくなったように、リラが声をあげていた。



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