57 泪
幸いにも、ゲスが起きてくる気配はない。魔力による殺人は、痕跡が残るとシーモア卿が教えてくれた。捜査方法は機密事項だからと教えてはくれなかった。
魔法は近年発展している。使えるものの減少と共に、それとは別の科学が発展した結果、それと融合する形で進歩しているのだという。
証拠がなければ、興奮しすぎて心臓発作を起こした馬鹿として処理して欲しい。無理なら正当防衛でもいい。
夜になっても、見張り係がくることもなかった。これの単独というのは考えにくい。お坊ちゃまでレオンのような鍛錬もしていない。窓はカーテンが閉じられているが、流石に一階でこんなゲスなことはしないだろう。私を担いで階段を上れるとは思えない。万が一に逃げられないよう、ケチでも人くらいは雇っているだろう。
とりあえず、足首に括られた拘束具に魔力を通して水分を飛ばしてじわじわと劣化させている。
縄かと思ったが、どうも専門の拘束具らしく、革製のようだ。夜になって一層冷え込んだせいで、金具が冷たい。
腕でも劣化させるように試みているが、全くうまく行かない。足先からは、微妙に魔法は使えるが規模が大きくなると反動がきて使えなかった。
令嬢としてはかなり背が高い方だ。平均的な身長であれば、全身が効果範囲で今頃手籠めにされていただろう。でかいと罵られてきたが、この身長を今ほどありがたいと思ったことはない。
「今度こそ、爵位、剥奪、させてやる」
泣きたいが、悲しみよりも怒りの方がエネルギーになる。
片足を思い切り動かすと、水分を奪われて脆くなった拘束具が壊れた。同じように反対の足も自由になった。
足が自由になって何になるのかと思っていたが、ベッドの上にずり上がることができた。そうすると、床に白目を剥いて倒れているクズが見えた。
まあ、クズは復活しなければどうでもいい。正直、死んでいてもいいと割り切っている。
体を何とかして足先を手にもっていったが、首枷の近くになるので魔法が上手く使えなくて無意味に筋を痛めただけだった。
しばらく考える。こういう時は発想の転換だ。縄の劣化ができた。首から半径一メートルちょっと効力があるようだ。
体を起こした結果、今は足先も魔法封じの範囲になってしまった。正確にはさっきまでは足先だけ違和感がなかったのだが、今はある。魔封じの牢馬車に入れられたのと同じような感覚だ。
誰か来たら、まずは足を掴むだろう。その時にまた魔力をお見舞いすればいい。足だけでも自由な分、また寝転がって効果範囲外に出せば攻撃ができる。
頭のすぐ下に魔法封じがあるからか、かなり気分が悪い。
「水のみたい」
普段、飲み水に苦労したことがない。今は魔法で水を出せないから飲めない。つらい。
ふと、ベッドの上に光るものが見えた、抜き身の短剣だ。
それに、今更だがドレスが縦に裂かれて、あられもないことになっているのを自覚した。
流石に、この状況ではレオンも婚約破棄を申し出るだろう。
未遂でも、不良品の疑いがあるものを買いたがる人はいない。
「はは」
あんなに、婚約破棄されたがっていたのに。
久しぶりに涙が溢れた。みっともなく、とめどなく流れ落ちて、止められない。腕が使えないから涙も拭けやしない。
見張りに気づかれないよう、声を殺して泣いた。目を開けた時、目の前には、細かな水球が星のように浮かんでいた。
「……へ?」
水球が、一気に巨大化して、部屋いっぱいに広がる。涙でおぼれ死ぬのかとぎゅっと口を閉じて、目を閉じた。息が続かないと思った時には、窓が割れ、ドアが壊れてそこから水が流れ出していた。
おぼれ死ななかったとほっとしたけれど、床にたまった水からさらに増えていく。川のようにドアから流れていくのが止まらない。
「なんだ!」
誰かが入ってくる。がたいのいいチンピラ風だ。やはり見張りがいたらしい。
「お楽しみじゃなかったのかよ。うぶっ」
こいつもクズの仲間だととっさに判断したら、床の水が襲い掛かって、そのままドアの向こうへ倒れこんで大きな音を立てた。どうもドアのすぐ先が階段らしい。そして、階段から落ちたらしい。
「……あ」
空いた窓から風が吹き込んだ。寒い。
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