53 雪の降り始め
相変わらず平和だ。
レオンの長い手紙の後は、もう催促の手紙もない。
ざまぁとはちょっと思ってしまっているが、いつまでも公爵家の権力下にいられるわけでもないので、その後の対処も考慮しなくてはならない。
「今日は、王宮に向かわれる日ですね」
クララの確認に頷く。
リリアン様の元へ向かう日は、高級だが落ち着いた召し物と、控えめな化粧にする。髪型もシンプルだが丁寧に整えなければならない。
私がどれだけ着飾ろうと、リリアン様の方が美人で可愛いが、場所ごとに作法があるのだ。
リリアン様もクララも、随分と成長している。頑張る女の子と言うのは、見ていて気持ちのいいものだし、応援をしたくなる。私に彼女たちのもつ可愛げが少しでもあれば、もう少し楽な人生だったかもしれないし、家族とここまでこじれなかったのかもしれない。
いや、これは私の性格だけの問題ではないので無理だったか。
「じゃあ、いってくるわ」
「はいっ」
いい返事を返して、クララが頷く。
玄関ホールへ向かうとレオンはまだ来ていない。
最近は慣れたが、品のいい豪華な屋敷だ。これも都会用の屋敷で、公爵領に行けば、もっと広い屋敷があると言う。それを保持できる財力に感服する。
毎日湯船に浸かれて、シャンプーや石鹸、香油なども質が高いものばかりなので、無駄に肌がきれいになっている。これも財力のなせる業だ。婚約者に対してすら出し惜しみせずに金を使えるところが何よりもすごい。
公爵家となれば預かる土地も広くなる。財政難で土地を減らすよりも、財政難の貴族から土地を譲り受けることが多かったらしく、税収だけでもかなりのものだ。
家族仲にも問題がないようだし、レオンは健康だ。後は、可愛い恋人とその間で子供ができるくらいしか求める幸運はないだろう。
「リラ様、レオン様は緊急の書類があるそうで、リリアン様を待たせないように先に王宮へ向かってほしいとのことです」
「……そうですか」
使用人の1人がやってくると連絡を告げた。
珍しいと思いながら、外へ出た。何段かの階段を下りれば馬車が待っている。屋敷の敷地内にロータリーがあるのだ。私を先に行かせるためか、既に二台の馬車が用意されていた。
いつもは、レオンと話しながら王宮へ向かうので、一人で乗る馬車は妙に静かに感じた。
今までの婚約者の中にも誠実に接してくれる人はいた。けれど、私に対して好意があると言うよりも、貴族として、義務として、家門のために良好な関係を築こうとしたものだった。
何人目かの時点で、婚約とは破棄されるものだと解釈するようになり、相手を善人か悪人かと判断するようになっていた。それは、好きか嫌いかではなく、安全か危険かを重視していただけだった。
その点で、今のところレオンは安全で善人だ。
姑である第一夫人と第二夫人が私をどう思っているのかは謎だが、少なくとも嫌がらせをされることはなく、身分差は心配されていたが、それで見下していると思わせないだけの技量もある。ああいう人たちが親だから、レオンは私にすら優しいのだろう。
ここなら、いずれ第二夫人に降りることになっても、いいのではないかと思ってしまう。幸い、これまでの経験から執務の補佐や屋敷の管理も手伝える。いずれ第一夫人に子ができれば、裏で支えるものがいたほうがいい。
「……?」
馬車が一時停車し、ふと外を見ると雪が降り始めていた。初雪だろうか。
わずかに、外から甘い香りがした。
昔にも嗅いだことことがある気がしたが、気のせいだろうか……とても、嫌な夢を見た日の………。




