52 要請の確認
シーモア卿から、そろそろライラック男爵領へ帰郷するようにと手紙が来るだろうと言われていたが、実際にそうなった。
シーモア卿は、アルフレッド男爵にはリラと同じことはできないと断定している。
もしも、その半分でも水を溜めることができるならば、公爵家を敵に回してまでリラを実家に連れ戻そうとはしない。
手立てとしては二つ、リラと共に男爵領に向かい、義務だけ果たして公爵家へ戻る。もう一つは要求を完全に無視する。
リラの扱いを考えれば、戻すことはあり得ない。だが、ライラック男爵領の領民はブルームバレー王国の国民でもある。国から命令があれば、助力を拒むことはできない。リラがどれだけ貢献しているかを示すのであれば、ライラック男爵領に手を貸してもいいだろう。
妻の実家から支援を受けることや、逆に支援すると言うことは珍しい事でない。
「まだこちらにまで要請は出ていないな」
マリウス様に、ライラック男爵から相談は来ていないかと聞いたが、否定された。
リラの功績と証明はできないが、ライラック男爵領はリラと王太子の婚約破棄を受け入れたことで王族に貸しを作ることになった。
あの領地は昔から水問題に悩まされていたので、解決策としてリラの魔法を提供するように掛け合っても不思議はないと思ったのだ。
「私のところに領地のために妹の力を借りたいと来た場合、私はリラに対して要請を出すことになるだろう。兄妹の確執で領民を餓死させるわけにはいかないからな。だが、頼みに来るとは思えない。それをすればリラに劣ると認めることになるからな」
「実際、あんなことができるのはリラだけでしょう。いっそ、リラがライラック男爵位を継ぐと言うのならば道理としてはわかります」
「女性が爵位を継ぐのはかなりの異例だ。それだけのことができて、領地に不可欠ならばできなくはないが、その場合はお前と結婚した後がややこしくなるだろう」
「こちらの跡取り以外が継げばいいでしょう」
「一人は公爵、もう一人は男爵か? 兄弟格差もここまでくると悲壮だろう」
俺がリラのところへ婿に入るわけにはいかない。
リラが男爵位を継げたとしても、公爵家へ吸収するのもよくない気がする。いや、そもそも法律や慣習を考えれば、リラがライラック男爵になって困るのは俺だ。
俺はきっぱりとリラだけを選べる立場ではない。だが、リラをあきらめたくもないのだ。そのためにリラが得られるかもしれない道を閉ざすのだ。酷い我が儘だとは自覚している。
「リラがレオンと婚約破棄をした場合、最悪、リラをライラック男爵にして、どこかの次男か三男を婿養子にさせてもいいが」
「婚約破棄はしませんよ」
不穏な事を言い出す王太子に訂正をしておく。
「俺とリラの婚約は、破棄ではなく婚姻を前提としています。お間違いのないように」
「あれは、互いに了承してのことだ。そもそも、私との婚約があったからこそ出会えたのだぞ。それに、その遍歴があるから、家格の差を押し通しやすくなっただろう?」
確かにそうだが、婚約破棄を前提とするような、そんな不誠実な真似はやはりどうかと思う。
「もし、ライラック男爵から要請があれば、二人で行けるようにこちらの仕事は調整しよう。無論、正式な婚姻後も協力を仰ぐならば、公爵家へ相応の対価は払うべきだろうとも伝えよう。それでよいな」
「……そのようにお願いしておきます。リラ殿も、領地の者に被害が出るのは避けたいと言っていましたから」
リラはなんだかんだと言って心優しい。貴族が当たり前に持っている卑怯さがない。誰かを踏み台にしようなどとも考えない。無論、やられたらやり返す強さはあるが、弱いものに対しては慈悲がある。
「リラ関連の調査は他も進んでいるのか?」
「シーモア伯爵の協力はとても役に立っています。まだ正式な報告ができる段階では」
「そうか……」
リラと婚約すれば幸運が訪れる。祝福とは認定されていないが、結果だけを見ればリラには何かがある。
そんなリラを独り占めしたいと言うのだ。相応の覚悟を持って、守らなくてはならない。何せ、婚姻してしまえば婚約という条件は消えてしまうかもしれないのだ。その前に奪いたいと考える可能性も高いのだ。




