49 理想的な家族
母達が襲来すると、何度かリラにちょっかいをかけていた。数度は三人で作ったおやつを供されるということもあった。
「母達がご迷惑をおかけしました」
一月ほど滞在した後、二人して父の許へ戻っていった。母上はあれで仕事はとてもできる人だ。父のサポートもしているためあまり離れられないのだ。そして母さんは誤解されやすい母上を助けているし、そもそも離れる気などない。
公爵家の仕事は丸投げしてくるが、あの人たちはあの人たちで外交やら交易やらの仕事をしている。他にも魔力研究所の運営までこなしているのだ。放浪は事実ではあるが、半分は仕事目的でもあるから文句も言えない。
「第一夫人と第二夫人の仲がいいと言うのが、なんとも新鮮でしたが、ああいった形でも、家内が平和であるならば喜ばしい事ですね」
何度となく婚約破棄をされたと言うことは、その数だけ多くの家に入ってきたと言うことだ。よほどひどい家も見てきたのだろう。少々特殊な母達を差別的に見ることもなかったようなのでほっとしている。
婚約者を奪う形になったリリアン様にまであれほど優しいリラならば問題はないだろうとは思っていたが、仲良く過ごせていたようなので嬉しい限りである。
「母が、第二夫人の話を始めにしたのは、リラ殿の事を思ってだと思います。他に妻を迎え入れるつもりはありませんが、最悪の場合は、リラ殿が気に入る方にしようと思っています」
母上は、生家ではあまり立場の良い人ではなかったようだ。魔力量は多いが、第三夫人の娘で、幼少期の患いで子供が見込めないと診断がなされていた。普通ならば、よくて仕事を手伝わせるための第三夫人だが、父が見初めて公爵夫人の座に着くことになった。
事実かはわからないが、正妻の嫌がらせで母上は子が成せなくなったと聞いたこともある。
どうしても、第二夫人を娶ることになるならば、リラと敵対するような相手は避けたい。
「気遣っていただいてありがたいのですが、準男爵、よくて男爵家の娘である私が第一夫人では、どの貴族令嬢を連れてきても第二夫人で納得はしないと思いますよ」
「そうでしょうか」
「お義母様たちのご関係は平穏で理想的ですが、理想というのはそうそう叶うものではありません。それに、もし……レオン様に良き方が現れたら、きっぱりと自由の身にしていただいた方がありがたいです」
「……」
リラは、俺が洗脳されかけたのを見て、あまりにもあっさりと身を引いたのを思い出す。
「リラ殿からの婚約破棄は、シーモア伯爵立ち合いで構いませんから、直接でなければ受け入れないと、ついでにお話ししておきましょう」
今はシーモア卿の事務所へ向かう途中だ。ついでに契約書に追加してもらおう。
「次は、ちゃんと引継ぎはしてからにしますよ」
「……」
全くわかっていない。
「母達からは、爵位の違いで苦労はするだろうが、覚悟があるならば婚約を認めると言葉を頂きました」
婚約者候補は十五を過ぎたころから定期的に紹介されてきた。どれも、微妙で首を横に振り続けた結果、誰でもいいから選べとなっていた。
本来、低くとも伯爵位の令嬢であるべきだが、リラは王太子と婚約したと言う経歴がある。婚約破棄の理由も聖女様発見のためということで、リラには何の瑕疵もないものだ。噂では、王太子が押し付けたとか、リラが婚約破棄の代わりに要求したというものも出ている。噂を打ち消すためにも社交界に連れていき、仲がいい事を見せつければいいのだが、リラはあまり表に出たがらないのでまだ避けている。
「公爵家内で認められているならば、精々同じ公爵家か王族くらいしか表立って非難はではないでしょう。お義母様達が許可してくださるとは……レオン様を余程可愛がられているのでしょう」
「妹は……可愛がられていましたが、自分は鍛錬や学問で忙しく、あまり可愛がられた記憶は……ああ、別に仲が悪いとかではありませんよ。私も妹は可愛がっていましたから」
誤解があってはいけないとつけ足しておく。
「信頼関係があることは、見ればわかります。公爵家の跡取りと、後を継げない妹君ではお立場も違いますから」
微笑んで返された言葉に違和感がした。
ふと、リラも兄妹だったと思い出す。
我が家の妹とは違い、とてもいい環境でなかった。それこそ、立場が違うと虐げられていた。
「……リラ殿、これからは公爵夫人になるものとして、好きなことをしていいですからね。あ……他に、男を作るのは、流石に、あれですが」
これからは、リラは十分な立場を得られる。そうなれば、これまでのように虐げられることはないのだ。
「栗が出始める頃なので買って帰りたいです。今したいのはそれくらいです。ああ、そろそろ着きますね」
リラは栗も好きだと頭にメモをしておく。今度おいしいモンブランを出す店を探しておこう。甘いものよりも、素朴な焼き栗の方が好みだろうか。
そんなことを考えていると、シーモア卿の事務所に到着した。
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