45 公爵家の姑問題
過去の婚約で、貴族家に嫁ぐということは、一般的に跡取りを期待されていると学んでいる。
まだ婚約回数も浅い時は、跡取りを希望されての婚約もしてきた。それなのにお手付きなしとなったのには色々と事情がある。
最初の婚約者の姑から、婚姻までは肌も見せるな。婚約期間中に妊娠などという外聞の悪い事は家門に傷をつける。婚約者から求められても絶対に拒否をしろときつく言われたのが最大の理由だ。いびりと言えるくらい厳しかったが、貴族教育をする母がいなかった私にとって、貴族令嬢の何たるかは彼女から受けた指導が基本となった。少し古風ではあるものの、一般常識としては間違ったものではなかったので、今ではとても感謝している。
「母たちが、また何か言ってくるようでしたら、私の方にも報告してください。こちらからも釘を刺しておきます」
今日は自分で夕食を作る日だったのだが、当たり前にレオンも同席している。
私が作る料理に対する評価は健康的でいいですねとのことだ。最近は多めに作るようになってしまった。どうせ材料費は公爵家が出している文句は言うまい。
「まあ、子供を見据えた話をされるのは、本当に結婚目的の婚約なのかなと思えるので」
後半の婚約では、まともな家では子供を産めとは言われなかった。婚約者なのだから体を差し出すのが当たり前だといういかれた相手もいた。ただでさえ重度の婚約破棄で事故物件扱いだから他に嫁ぎ先もないだろうから好きにしていいと考えるらしい。
婚約者はまだ子供を産む義務がないので、最初の姑の教育に習い、もちろん全てお断りしてきた。
レオンと個人的に契約書を作ったのも、婚約破棄した時のためだ。
「……その」
何故か少し顔を赤らめたレオンが咳払いをしてから続ける。
「母たちは、悪い人ではないです。家にいることも少ないですが、その期間に公爵夫人としての仕事はこなしています。あまり会う機会はないかもしれませんが、公爵夫人である以上、公爵家を第一に考えるので、厳しい事を言ってくるかもしれません」
「お二人の力関係を伺っておいてもいいですか? 一見では仲がよさそうでしたが」
第一夫人である正妻と第二夫人は表面上の付き合いはしても、一人の男を奪い合うことになる。おまけに寵愛は権力や分配されるお金にも関わる。なので裏では熾烈な戦いが繰り広げられているのだ。
特に、正妻に子がなく、第二夫人が懐妊した場合、正妻と離婚することだってある。生まれる前に殺そうとしたり、産まれた後第一夫人の子として育てるために奪ったりもある。
レオンが第二夫人の子ならば、壮絶な過去があっても不思議がない。
「ああ……えっと、ですね」
現に、困ったように口籠っている。
「言いにくい内容でしたら、無理にとはいいません」
家の恥を婚約破棄するかもしれない婚約者には話したくないのもわかる。
「その、差別的に見ないでいただきたいのですが……」
前置きをして、レオンが続ける。
「第一夫人のビオラ母上と、私の実母のラナンキュラスは………恋人関係でもあるのです」
「…………?」
食べようとしていた魚のフライが落ちて、皿に戻った。
「ビオラ母上は体が弱く、婚約時点で子供は難しいと言われていたため、ビオラ母上は輿入れには私の母が第二夫人となることを要求しました。前公爵夫人。私の祖母が存命の間は二人の関係は流石に隠していたようですが」
女性同士、男性同士の恋物語は一定層に人気のある書物だ。貴族ではメイドと恋人関係にある婦人もいたりする。下手に間男を取るよりも子が産まれる危険がないので許容されている文化ではある。女性だけ、男性だけの歌劇団も人気がある。
だが、第一夫人と第二夫人がそういう仲であると言う噂は、聞いたことがない。
「ソレイユ公爵は、それでいいのですか」
「父は……その」
歯切れが悪い。もう何を聞いても驚きはしない。
「ビオラ母様が好きではあるのですが……」
同時に第二夫人も好きだということだろうと頭の中で考えながら答え合わせのために続きを待つ。
「いえ、父も十分に納得されたうえで、趣味と実益を兼ねているので……それに、父は私の産みの母のことも大事にしてくれています」
どこか言葉を濁しているが、家族のことだからこそ言いにくいこともあるだろう。
「………」
内容を深くは聞かない方がいいのだろう。
「なので、父は正妻としてビオラ母上を公式の場では優遇し、基本的な家の管理の権限も任せているという形をとっています。ビオラ母上も、父を尊重しているように見せますが、母上にとっては母さんが一番大切な恋人で、次に子供の俺たち。最後に父の順です」
貴族の家長は傲慢なものもいるが、嫁の方が家格が高かったり、援助してもらっている場合は強く出られない者もいるが、どうもそうではないようだ。
「産みの母親の方も、ビオラ母上が最愛で、その生活のために公爵家が続く感じでしょうか……。二人の母は、喧嘩もしますが基本仲がよく。仕事の連携もよく取れています」
会うまであまり話そうとしなかった理由が分かった気がする。
「害はないので、生暖かい目で見ていただければ幸いです。それと、二人の関係は公然の秘密ですので、特に触れないでいただければ」
異常性は理解しているらしく、説明した後困ったように頭を下げられた。
「まあ、ドロドロの悲劇系統に比べれば、いいのではないですか? どの家にも秘密はありますが、とても可愛らしいものだと思います」
毒殺や暗殺者を送ったり、そういう関係を考えれば、よほど素晴らしい仲だ。
「そう言っていただけると……」
小麦粉を溶いたものを付けて揚げた魚のフライとエールを流し込んで少しばかりすっきりさせる。
フライの衣にはビールを少し加えているので、その時から少し飲んでいたが、食事と飲んだ方がおいしい。
「レオン様が、まっすぐな性格をされているのも納得がいきました」
どろどろした家庭環境で育つと、性格に何らかの障害を持つことが多い。
かく言う私自身、自己肯定感が低く、どうせ婚約破棄されるのだからと常に予防線を張っている自覚はある。婚約を重ねるごとに、ふてぶてしさが増しているが、それは歳を取ってずうずうしくなっただけとも言える。
「リラ殿の、私の気持ちを素直に受け入れられないところも、最近では愛しくなっています。婚約から一年が経ったら、正式な妻になっていただきますから、我が家の事情もお話ししました」
婚約破棄をするためならば、このような家の内情は話さない方がいい。
「そうですね。それまで何があるかわかりませんけど」
まだ半年ある。
レオンのことは、比較的好ましく思っている。シーモア卿までとはいかずとも、歴代の婚約者の中でも上位に来ていることは認める。
だからこそ、他に好きな女ができたり、何かの幸運に恵まれて結果婚約破棄になるなら早い方がいい。
三度目の正直とは言うが、二度あったことが十二度あったのだ。十三度目の正直を期待する方が難しい。




