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43 母帰宅


「こちらはリラ・ライラック準男爵。俺の結婚を前提とした婚約者です」


「お初にお目にかかります。リラ・ライラックです」


 肩を抱かれ抱き寄せられているのできっちりとお辞儀ができないが、頭を下げておく。


「そう、長旅で疲れたのよ。座って話しましょう」


 黒髪のご婦人が言うと席に着いた。金髪のご婦人はそのすぐ隣に座る。


 レオンにエスコートされて席に戻るころにはメイドがカートを押して入ってくる。


 ここで私たちが休憩していることを二人は知って入ってきたし、メイドたちもここで二人を持て成せるように準備を済ましていた。執事とメイド長は聞いていたが、二人の女性がレオンには伝えないように言っていたのだろう。代理を任されているとは言え、公爵夫人の方がこの家では尊重されているのだ。


 出されたお茶を飲む姿はどちらも優雅だ。


 レオンの実母は金髪の方だろう。いや、父親の妹の可能性もあるか。親戚が育ての母であることもある。


 ここでどちらが格上か見誤ると後が怖い。


 婚約先で最も気を付けるのは姑となる女性だ。無論、権力を持たずただ貞淑で気の弱い人もいるが、この二人の態度からするに、公爵邸でもかなり発言権はあるはずだ。


「リラ殿。こちらは私の母たちで、第一夫人のビオラ・ソレイユと、第二夫人で私の産みの親であるラナンキュラス・ソレイユです」


 やはり金髪は実母のようだ。


 第一夫人と第二夫人がいても不思議はないが、普通旅行に行くのはどちらか一人、基本は第一夫人が共にするはずだが、二人で帰ってきたようなので、関係性が余計わからない。


「確かに、次の誕生日までに婚約者を決められないなら、私たちで決めるとは言いましたけれど、だからといって準男爵と婚約するなんて、それがどのような事を意味するか、レオンさんは理解をできているのかしら」


 扇子を開いて、口元を隠すと、第一夫人が言う。


「準男爵ということは、魔力のある平民かしら?」


 にこにことした顔で、第二夫人も問う。


「いえ、正確にはライラック男爵家のご令嬢になりますが、今は家門を離れ、準男爵の爵位を陛下より賜りましたので」


「そう、それで、どちらで知り合ったのかしら。準男爵でも男爵でも、公爵家のあなたが知り合う機会はないでしょう」


 すっと目が細められる。


 どちらもタイプの違う美女だが、どちらも少し怖い。


「……お二人は外遊でおられませんでしたが、一時期リラ殿はマリウス殿下の婚約者をされておりました。聖女様が見つかりましたので、私が彼女に婚約を申し込んだのです。マリウス殿下との交流で、リラ殿の人となりはよく知っていましたので」


 私は何も知りませんでしたと心の中で付け加えるが、こういう場で婚約者がしゃしゃり出て口を開くのは悪手だ。


「まぁ、殿下が捨てられたので、世話係として拾ったということね」


 さらに目を細めて毒を吐かれた。まあ、王宮の機密保持のために、部下の嫁にさせたとも考えることができる。リリアン様と仲良しなので殺されることはなかったが、これでいびったりしていたら、断罪処刑コースもあったかもしれない。


「いえ、密かにリラ殿を慕っていたので私の意思です。確かに、公爵家に嫁ぐには、彼女の爵位では苦労することもあるでしょうが、それを乗り越えられる方です。無論、私も全力で守っていきます」


 耳障りのいい言葉だが、今のところ、レオンは有言実行している。


 私のところへ頻繁に押しかけるのは、使用人に向けて、円満な関係を誇示するためもあるだろう。仕事に関しても、適切な割り振りで任されている。決して丸投げではないが、公爵夫人になった時、役立たずとは呼ばれないように仕事をくれていた。


「そう、とても上手に息子を手懐けているようね」


 こちらに視線を向けて、明らかに私に話せと言っている。この場合、口を開くとあなたの意見は聞いていないわと返されるパターンもある。


「……レオン様には、とてもよくして頂いております」


 無難を絵に描いたような言葉を返しておく。


「リラさん」


 声をかけてきたのは第二夫人だった。


「まだお若いので余計な心配かもしれないのだけれど、もしも子供ができなかったり、産みたくない場合は、あなたが第二夫人の選定をするといいわ」


「母さん、まだそのような話は」


「男性が子供を産めるようになってからレオンさんの話は聞きますわね。リラさん、公爵家の跡取りはレオンさんしかいません。もしものことを考えれば、早くに跡取りがいたほうが家門の安定にもつながります。これは公爵家に入る上で最低限であり、絶対的な義務なのですから」


 確かに、レオンに男兄弟がいないなら、彼にもしものことがあれば現在の公爵の兄弟筋から跡取りを取ることになる。公爵になる教育ができていないものがその座に着くと、大変なことは別の公爵家で知っている。


「レオン様が別に娶る場合は、私が第二夫人に変わることになるでしょうから、選定はレオン様にお任せいたします」


 男爵令嬢ごときが公爵夫人よりは、最低でも伯爵令嬢がその座に着いた方がいい。


「母さん、これは夫婦になってから、子供ができない時に考えます。最悪、父にもう一人息子を頑張ってもらえばいいですし」


 二人も母親がいるのに、自分に子供ができなければ、父親がもう一人娶ればいいだろうと言い出した。


「どの貴族でもそうでしょうけど、跡取りに嫁ぐということは、一番つらい思いをするのが子供の有無です。ラナンはリラさんのことを考えてお話しただけよ」


 第一夫人が第二夫人をかばった。


「そうですね。二人ともまだ若いですものね。老婆心が過ぎたようですわ」


 第二夫人も引いた。


 権力は第一夫人が強く、第二夫人も弁えた関係ということだろうか。跡取りを産んでいるのが第二夫人なので、内心では違うのか……。


 その会話にレオンがため息をつく。


「はぁ、二人とも、すこしゆっくりされた方がいいのではないですか。若作りしていてももう若くないのですから」


「そうですね。レオンさん、後でゆっくりお話ししましょう」


「お土産もあるので、近くまたお話しをしましょうねリラさん」


 お茶一杯も飲まずに、席を立ち二人で出ていく。もっと色々苦言を言われるかと思ったが、将来跡目を継ぐ息子には弱いのか。


「あの……追い出すような形になってしまいましたがよろしいので?」


「ああ、大丈夫です。私の婚約者がどのような相手か興味を持ってしまったのでしょう。母上……第一夫人のビオラ母上は少し体が弱いので休息が必要なのは事実ですから」


「そうですか」


 本当に悪意ある嫌味は色々聞いてきた。それと比べてレオンの母二人の発言は厳しいものもあったが、事実だし、むしろこちらを気遣っているとも言えた。


 準男爵が公爵家に嫁げばあまりにも場違いで苦労する。それはレオンではなく私に圧し掛かるものだ。


 そして、子供も、レオンではなく私が責められる結果になる。もしもの時は私が第二夫人を選んでいいと言うのは、かなり優しい話だ。


 今までにないタイプの姑たちに、首を傾げる。



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