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35 最後の機会


 本妻でありながら、わたくしが産んだのは娘一人だけでした。


 貴族の妻と言うものは、社交と家内、そして出産と育児、全てを完ぺきにこなさなければなりません。


 その中で、唯一わたくしに足りなかったのは跡取りを産めなかった。それだけです。それだけだというのに、わたくしの大きな大きな汚点となりました。


 けれど、ひとつだけ挽回の方法があることを知っていました。


 できるだけ伯爵家よりも格上の家に娘を嫁がせるのです。


 計画が成功したことは、娘のアスフォディアを見れば明らかでした。ですが、公爵令息は魔力暴走の謹慎で娘と会う期間が絶たれてしまいました。その所為で、効果が正しく出ていないようです。


 そわそわとしながら、進みの遅い馬車の中で過ごします。


 つい、数刻前に知らせがあったのです。


 レオン様がサロンに姿を見せられると。なんでもレオン様が出資している仕立て屋が新作の披露目をしているそうです。上級貴族を集めた昼過ぎの会で、レオン様が挨拶に来られたと。


 それを知らせに来たのはアスフォディアの友人だと言うご令嬢でした。あの場に娘がいなかったので、余程体調が悪いのではと見舞いの花を持ってきてくれたのです。


 そして、聞けば会場はあの時の、あのサロンだと言うのです。


 これは最後の機会かもしれません。


 サロンに着くと、急いでいるようには見えないよう、落ち着いた足取りで中へ進みます、案内状などは特に確認されませんでした。


 伯爵夫人であるわたくしは本来上座に座るべきですが、既に披露目会が始まっておりました。案内されたのは下座でしたが、今日に限って言えば都合がいいでしょう。


 まだレオン様は到着していません。ほっと一息つくと、前を背の高い女性が颯爽と歩いていきます。


 膝までが露出するスリットの入ったロングドレスに思わず目が行きました。


 これまで服の披露目会に参加したことはございます。けれど、今回のこれは今まで見たものとは違います。


 よく見れば給仕や案内もほとんどが女性です。無論見に来られているのは女性ばかりでした。殿方とはあまり見に来たくはないと思ってしまいました。


 堂々と歩く女性たちは、背が高く痩せている者ばかりではありませんでした。けれど、全員が身に着けたドレスを見せつけるように自信ありげに歩いています。


 楚々として妻がよいと育てられて身としては、あまりにも我の強いそれに唖然としてしまいました。


 一様に顔はレースで隠されていましたが、妖艶とも可憐ともとれる方たちが、客の間に作られた長い道を歩いては戻っていきます。後ろ姿までがこうも美しいのです。それを妬ましいと、わたくしたちの時代では考えられないことだと否定したい気持ちが浮かびます。


 今はそんなことを考えている場合ではなかったと、視線を窓の外へ向けました。


 部屋の配置から、あの場所までは少しありますが、幸い端の席に座っているので退室は目立ちません。


 それほど待たず、馬車が止まるのが見えました。明らかに家格が高いものが使うそれを確認し、立ち上がり部屋を出ます。


 帰るような素振りでサロンの出入り口近くに向かいます。案内係の女性が軽く会釈をするだけで止められることはありませんでした。


 一度深く息を吐き、心を落ち着かせてから壁に手をつきます。足元を気にするような素振りをしながら当たりを見ます。鞄から、絵姿を取り出し、ゆっくりと息を吸います。


 正装姿のレオン様が外扉を抜け、入ってくるのが見えました。少し離れて別の殿方がいますが距離は十分です。


「レオン様っ!」


 内扉をくぐり少し過ぎた完璧な場所で、レオン様が立ち止まりこちらを見ました。左手で娘の姿写真を掲げ、右手は壁の所定の位置に置き、魔法を発動させます。


 これ以上ない出来です。そう思った時、小さな破裂音がしました。



 バチッという音がした方を見上げます。


 術式を描き、その上に壁紙を張っていました。見えないはずのそれが、いびつに浮き上がるようにありました。先ほどまで、天井は変わりがなかったと言うのに。


「え……」


 前回はなかったことに唖然としているとレオン様がこちらを見ておられました。


「れ、レオン様……お分かりになりますか?」


 娘を連れてくることはできなかったが、以前の影響が残っていれば姿写真だけでもなんとかなるでしょう。視線の先がわたくしであっても、後で帳尻を合わせればいいのです。


「………残念だよ。ロエム伯爵夫人」


 レオン様の目は、高揚でも幸福でもなく、冷めきったものでした。


 本来であれば、以前のように幸福に満ちた顔になるはずです。


 訳が分からないともう一度魔法を使おうとしましたが、次は音の代わりに行き場を失った電流が壁をわずかに焦がしました。


「精神魔法の不正使用の現行犯で逮捕します」


 レオン様の後ろにいた男が、魔法封じが施された手枷をかけます。抵抗することも考えられないまま、他の殿方に背を押され、外へ向かわされました。


 誰かが出てきて助けてくれるのではないかと披露目会の部屋へ目を向けましたが、そこへ通じる扉はいつの間にか閉ざされていました。


「なんで……どこで失敗したのですか」


 あの時、確かにレオン様は娘を愛するようになったはずです。


 なのになぜ。



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