33 5人分の報告
ひとまず、調べが終わった五人の婚約者で、恋に落ちたという理由は子爵と王太子だけだ。マリウス様は、恋愛感情以前に聖女が見つかれば婚約破棄だったが、二人の仲を考えるに、その分類に入れられる。
シダーアトラス公爵家と準男爵は色恋ではないが、厄災を免れ、明らかな幸運が訪れている。
リラが直接関与したとは言えないが、少なくとも、リラと婚約した期間のことだ。
シーモア・サイプレス伯爵だけが明確に大きな幸運とは言えないのかもしれない。役職も離れ隠居に近い生活に変わっている。だが、幸運は人によって変わる。少なくともシーモア卿が不幸であるようには見えない。
「現段階では、リラが運命の相手を作る、そういった祝福はないということか」
マリウス王太子に報告をすると、腕を組んで納得がいかない顔をされる。
「少なくとも、婚約者には何らかの幸運が訪れていたようです」
「ひとまず、その商家の準男爵家は再捜査をさせたほうがいいかな」
「リラが見つかり、危険がない状況になってからでしたら止めません」
「……危険があるのか?」
「おそらくですが、シーモア卿は、保護下に置くために婚約者となったのだと思われます。婚約すれば家に住まわせることも不思議はありません。何よりも、伯爵家であり捜査機関に関連のある相手、その婚約者には手を出しにくいでしょう」
これは想像でしかない。だが、リラの証言が決め手になったのならばリラを消せばいいと考える可能性はある。それに、ライラック男爵家へ連れ帰させないための手段だったのかもしれない。
王宮もマリウス様との婚約前に調べてはいたが、運命の相手に会ったのかという観点からは調査されていない。
この五人には何か人生を変える出会いはあったのかと質問もしている。無論、子爵家の息子ははにかみながら新しい婚約者を見つめてありましたと答えた。念のために自分が感じた感覚について問うたが、劇的ではなく、着実に想いを深めていった。婚約者がいたから手すら握らなかったが、精神的には浮気をしていたことに変わりないので、それを許してくれたリラには、申し訳なかったとしか言えないとのことだった。
他三人は女ができて婚約破棄したわけではないし、俺が感じた多幸感のような違和感を覚えたこともないという。
「ロエム伯爵令嬢が、いまだにお前の運命の相手だと宣っているのだろう。非公式だが王宮から精神魔法が掛かっていないか確認したいと申し出たみたのだが、拒否された。母親からは娘を精神病扱いかと随分な態度をとられたらしい。それに、なぜかリラが婚約破棄に応じないから娘と婚約できないのかと言っていたそうだ」
「リラ殿のことを自分は隠したくはありませんでしたが、リラ殿の希望で公表もしていません」
「ああ、だが家にいれてすぐに毒を盛るメイドがいたのだろう」
公爵家の中に、間者がいた可能性が高い。あのメイドだけがそうならばいいが。
「現在リラが我が家にいないことは知らないようなので」
ロエム伯爵令嬢はたびたび門まで来ていた。最近はリラを泥棒猫と叫ぶこともあった。一度など、敷地内に侵入していてひと騒動遭った。
ロエム伯爵へは正式に抗議を伝え、そちらで対処できない場合は被害届を出すと伝え、ようやく来るのが止まった。
社交界も、初めはその狂言が事実とされていたが、今では気が振れた伯爵令嬢が公爵の息子に言い寄っているという噂に変わっている。
「床には陣の類はなかったそうだ。何か他の方法で魔法を使った可能性はあるが……」
馴れ馴れしいと思ったことはあったがここまで異常行動に出られたことはない。
今では、リラの祝福ではなく、誰かの悪意だとわかる。どう考えても、ロエム伯爵家の令嬢を将来の公爵夫人とすることが幸運に繋がるとは思えない。そして、俺もそれを求めていない。ならば、あの事態にリラは関与していない、もし関与していたとしたら、俺を守ったことでだろう。
「リラの居場所はまだつかめませんか?」
「ああ……街を出ようとしたところからはわからない」
何度となくした会話だ。数カ月、リラの行方は分からない。無論男爵領にも人を行かせて何度となく確認をしていた。監禁されている可能性も考えて調べさせたが、どこにもいないとのことだった。
「……こう言っては何だが、十二人も婚約者がいたと聞いても、まだ関係を続けようと思っているのか? 保護だけならば、王族が責任を持ってもいいのだぞ」
リラからは、既に婚約破棄できるように書類が送られてきている。俺が署名すればいいだけだったが、そのつもりはない。何よりも、その場で燃やしたのでサインのしようがない。
「運命の相手がいるなら、自分はリラがいいのです」
リラは、俺も何かしらの幸運を得るために婚約したと思っているのだろう。もしくは、俺にも別に思う相手ができると。
ならば、俺が求めるものがリラ自身だった場合、幸運はどう訪れるのか。




