29 もう一つの可能性
魔力の暴走は子供の時に一度あっただけだ。それは正当防衛として処分されなかったが、今回はサロンという公衆の場だ。そして何ら命の危機があるようには見えない状況だった。
だが、あの時、確かに危機があった。
あれは、明らかに正常ではなかったと今ならばわかる。
冷静になった今、二つの可能性が出ていた。
一つは、リラの祝福。祝福や呪いの例はかなり少ない。特殊な魔法に関しては色々と報告はある。だが、祝福や呪いと呼ばれるものは、かなり強力でなければ認定されない。
祝福は国家に利益となるほどの特殊魔法であり、呪いはその逆だ。明確な基準はなく、聖女の力も祝福に分類がされる。
リラの魔力量はかなりのものだ。だが、それだけでは祝福持ちとは断定ができない。だが魔力量が少ない例はほぼなかったはずだ。魔力量が少ないとされていたものも、常時魔力を垂れ流していた結果、魔力量が低く測定されていただけだった。
確証を得るためにも、リラと婚約破棄をした相手について、マリウス王太子へ情報の開示をしてもらえないかと懇願している。王宮が王太子の婚約者を調べていないわけがない。
最初、リラが何らかの魔法を使ったと思った。それが祝福であると。だが、もう一つの可能性も考えなければならない。
誰かが精神干渉する魔法をかけた可能性だ。
精神魔法はかなり特殊で、一般的な魔法ではない。儀式と表現したほうがいいだろう。
秘匿されているもので、詳しくは知らないが電気魔法が使えるものが必要だと聞いたことがある。
脳は微弱な電気で動くと近年の研究で判明している。自白させるときなど、脳が多少壊れてでも情報を聞き出したい時などに古くから使われていたものを改良して、精神疾患の治療をする試みがあるときいた。
申請された治療や研究以外で、精神に作用する魔法を使うことは死罪すらある重罪だ。私的な利益のためであった場合はかかわったものは処刑される。生かしておけば、二度目の可能性があるし、情報を売る可能性もある。情報の遮断を目的とした対処がなされる。俺が少しとはいえそれらについて知っているのは王太子の補佐を務めている関係上だ。普通の貴族でも知るものは多くない。
もちろん、リラがその魔法を使った可能性はあるが、彼女の魔法は水魔法だ。
祝福に関してはかなり例外で、七属性の一つは他と同じように使え、且つ、他の特殊魔法が使えるものもいる。特殊魔法によっては七属性に分類できるものもあり、それらは二重属性としてかなり珍しい。
リラが水魔法だけでなく電気魔法を使えないとは言えないが、可能性はかなり低いだろう。貯水池を貯めた規模の魔法を電気魔法でも使えたとなれば、国で管理する必要が出る。
「はあ……謹慎などになっていなければ」
魔力の暴走と判断されて、自宅謹慎が命じられた。正式なものなので今屋敷を出ると刑事罰に発展する。この程度で済んでいるのは、人的被害がなかったからだ、ドレスが少し焦げたことと、会場の床や備品が少し焦げたくらいだろう。
本来の俺の魔力量であれば、目の前にいた令嬢は焼死していた。被害を最小に見積もっても、後遺症の残る火傷を負っていたはずだ。そして周囲の火を瞬時に鎮火させた水魔法、あれがなければ、最悪自分は公爵家の跡取りですらいられなかっただろう。
「レオン様、お食事をお持ちしました」
リラの屋敷にいたクララが食事を持ってくる。
執事が話し相手として送り込んできているのだ。クララは、リラが実家での過ごし方を色々と教えてくれている。
「あ、それと、今日も門のところにアスフォディア様がお越しになられていました」
「……そうか」
あの日以来、ロエム伯爵家の娘、アスフォディア・ロエムが何度となく家に押しかけている。それ以外の時間は色々な茶会に出向いては俺とは運命の相手で、近く婚約を行うので今はお屋敷に入るための準備に忙しいと触れ回っているそうだ。
それだけではなく、あれの母親までがいつ頃婚約となるのかという連絡を寄こしている。
無論、正式な書類としてロエム家との婚約の予定はないと伝えている。
「その……リラお嬢様は、まだお戻りにはなられませんか?」
「ああ」
倒れた後、家に担ぎ込まれた。目が覚めた時にはアスフォディア伯爵令嬢がそばにいた。まるで、恋人のように振る舞う姿に寒気がした。演技であれば迫真で、執事やメイド長までもが恋人なのではないかと信じていたほどだ。すぐに追い出せと命じた時、使用人たちの青い顔は見ものだった。その後は、ロエム伯爵家の者は門の中に入れぬように命じている。
魔力暴走を起こした二日後、リラから手紙が届いた。婚約破棄の書類と、リラからの婚約破棄で支払う必要のある違約金が同封されていた。
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