27 いつものこと
サロンに入ると、中々上手なピアノの演奏が聞こえた。少し音を外したが、まあ貴族令嬢はプロではないので仕方ないだろう。部屋に入った時、僅かに寒気がした。なんとなく嫌で、少し奥に進む。入口付近は温度差があったからか、中に入れば妙な感じはしなくなった。
もしレオンに演奏をせがまれたら、レベルは合わせたものにしよう。周りより下手でも上手くても浮いてしまう。
そんなことを考えていた時、レオンが遅れて入ってきた。
婚約者候補に対する牽制としてならば、こういう場で婚約者がいると示すのは有効な手段だ。頼まれれば否はないが、できればまだ内密にしたいと先に入った。
レオンは本当に結婚も考えていると言う。その言葉を信用していないわけではない。むしろ、これまでの経験上、わたしよりも似合いの相手が出て来るならば、過去に私のような婚約者がいたと公表しないほうがいいと思ったのだ。
レオンがサロンに入ってくると、すぐに一人の少女が挨拶に向かった。
公爵家の跡取りともなれば、ご令嬢達からすれば狙いたい獲物だろう。そもそも、あの年まで婚約者がいなかったというのは、ちょっと異常だ。何かやばい癖がないか、確認した方がいいかもしれない。そもそも、私と真剣に結婚を考えているならば、少し変なのは事実だろう。
そう思っていると、レオンがとろけるように表情を綻ばせた。
私はその表情を知っている。
運命の相手を見つけたと婚約破棄されたことが何度かある。元婚約者がお相手といるのを見たこともある。
私に対してとは違う、慈しみと愛情がこもった視線を向けていた。その時の表情とよく似た顔で、レオンは私ではない、目の前にいる少女を見ていた。
これまでにもあったことだ。
レオンはいい人だった。なら、私ではない正しい運命の相手を見つけられたのならばよかったではないか。いつもは、そう思えるのに、何故だろう、胸に違和感があるのは。
「っ!」
これで婚約破棄かと思っていたら、レオンの周りから、魔力が漏れる。反射的に、水魔法を使っていた。一番近い令嬢とレオンの間に水の壁を作り、延焼した場所をすぐさま消化する。幸い、その令嬢以外はレオンから少し離れた場にしか人はいなかった。
魔力の漏れは一瞬だった。それでも、威力は絶大だ。
運命の相手に出会ったことで、感情の制御ができなくなってしまったのか。
運命の相手ならば、レオンの魔力も効かないかもしれないが、間に張った水の壁は、もう少しで突破されるところだった。
運命の相手が水の壁を突き抜けてレオンに抱き着いた。それを見届けて、背を向けた。正面口は通りにくいので、ひとまず中庭へ退避する。
どうせ私のことは気にする余裕すらないだろう。だから、少ししてから公爵家に戻ろう。いっそ以前滞在していた宿に戻ってもいいかもしれない。
今までの婚約者から婚約破棄を言い渡されても、これからどうしようという気持ちが大きかった。今回は、それとは違う何かがある。
そんなに長く一緒にいたわけではない。少なくとも今回の婚約破棄のお金で小さな家は買えるだろう。クララは公爵家でそのまま引き取ってもらってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、空を見上げた。
もう日が暮れていた。街中なので見える星は少ない。その点だけは男爵領が勝っていた。
男爵領に帰るつもりはないが、公爵家との婚約がなくなったら、また攫いに来る可能性は高い。次は部屋にも魔法封じを施されるか、牢座敷に住むことになるかもしれない。
そうなる前にシーモア卿に泣き付くのが一番か。
「ら……リラ!」
幻聴が聞こえた。
「リラっ!」
乱暴に肩を掴まれ、振り返る。
真っ青な顔をしたレオンがいた。
「君は俺に何をしたっ」
叫ぶような質問の意味が分からない。
「俺が好きなのは、君だ。他の誰かじゃないっ」
さっきまで、私と正式に結婚することまで考えると言ってしまったからか、本当に似合いの相手と出会ったのに、過去の発言が本能を邪魔するのか。
「レオン様……一度戻りましょう。体調がすぐれないようです」
肩を掴む手が熱くなりだしている。魔力暴走までは行かずとも、ちゃんと制御ができていないのだ。
真っ青な顔で、えずき出す。屈ませると、盛大に嘔吐した。
魔力暴走は体に多大な負担がかかると言う。最悪の場合は死ぬこともある。熱くなった体から熱を逃がすため、体に添わせるように水魔法を施した。それらがすぐに熱くなる。
炎属性魔法については他属性なので多くは知らないが、多少熱に強いとはいえ体は私たちと同じだ。水の膜を新しいものに作り替え、できるだけ熱を取る。
「……私は……リラのことが」
体温がだいぶと落ち着いた時、レオンが倒れこんだ。
「レオン様ぁっ」
見計らったように、そこに運命の相手が駆け寄った。それを見届けて、場を離れた。
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