25 ロエム伯爵家の令嬢
音楽サロンへソレイユ公爵家のレオン様が急に参加することになった。その報告を聞いてアスフォディア・ロエム伯爵令嬢は急遽衣装を変えた。
レオン様が婚約準備をしている。そんな噂が社交界にまことしやかに広がっています。わたくしも候補の中の一人であること、そして、このタイミングに私がピアノを披露するサロンに参加されるということは、婚約の打診に違いないと結論付けました。そんな日に見合った格好をするのは当然です。
「アスフォディア様は、いつにもましてお美しいですね」
碌に弾けもしない値段ばかりが高いバイオリンを持った子爵がそうわたくしに声を掛けます。
「ええ、今日は特別な日になりますから」
今日はお母様も同席しています。子供扱いは嫌ですが、お母様から今日のレオン様への挨拶は練習までさせられました。それはつまり、家同士では婚約の話がついているということです。
おかげで今朝は早くから起こされ、一度このサロンで予行練習に駆り出されて少々寝不足です。
きっとどこかで音楽隊が控えているのか、なんらかのサプライズを決行するために位置取りが大事なのでしょう。サロンの入り口のこの位置にレオン様が来たら、わたくしはここで挨拶をするようにと、使用人をレオン様に見立てて何度も練習をさせられました。
見ると、わたくしの家の侍従などが給仕係として入っています。皆わたくしが求婚される姿を一目見たいと懇願でもしたのでしょう。
「いいこと、レオン様が到着されたらあの場所で挨拶をして、しっかりと視線を向けていただくのよ」
お母様が近づいてくると、扇子で口元を隠して神経質な声で言います。何度も言われなくてもわかっています。
「ご安心ください。心の準備はできていますわ」
そうはいっても、伯爵家から公爵家、それも跡取りであるレオン様の許へ嫁ぐのです。緊張と高揚はあります。
心を落ち着けるために、空いていた白いピアノで一曲だけ披露することにしました。
令嬢の嗜みにしては随分とうまい方だと自負しています。
皆様が聞き惚れて、次の曲を強請られてはお母様に叱られてしまうのでは心配した時、ひとりの女性がサロンに入ってこられました。
思わず、音を外してしまいましたが、些細なミスです。気づけるような方などいないでしょう。
その女性は聖女様を前に恥をかかせた方です。このような場にはふさわしくありません。最近は聖女様とのお茶会に呼ばれることがなくなってしまっています。準男爵が聖女様にいらぬことを吹き込んだのでしょう。
摘まみだすように命じようかと考えた後、わたくしが公爵夫人になれば堂々と苦言を呈することができると思い直します。むしろ、格の違いを見せつけるいい機会でしょう。
そんなことを考えていると、お母様と視線が合いました。伯爵家の者としてしてはいけないような形相を向けられ慌てて演奏を中断してそちらへ向かいます。
レオン様が入られるのが見えて、慌てて駆け寄ります。何とか、レオン様と私は指示された位置に立つことができました。
「レオン様」
声をかけると誰かを探していたように顔が綻びます。
「レオン様っ!」
声を大きくしたとき、レオン様がこちらを見ました。その時、確かにわたくしは背筋に電流が走るような運命を感じました。
これまでお会いしたことはありましたが、今まさに、彼がわたくしの運命の相手であると、確信したのです。
ただ見つめ合っただけで、全身を包む多幸感。脳が麻痺するような感覚がしました。




