21 聖女は糾弾しようと考えた
聖女が発見されてから、発表までの間は数カ月の期間があった。理由は表に出せる状況ではなかったからだ。
可愛いとは思うが、訛り切った口調、どこかおどおどとしている態度。とても貴族社会の真ん中で生きれる状態ではなかった。
どこかの貴族令嬢が聖女であればよかったが、聖女の死後、新たに生まれる聖女に法則性はないとされている。法則があるとすれば銀の髪と可愛い顔をしているという点だ。だから、その外見の幼子を養子にもらう貴族もいるが今回のくじでは誰もアタリを引かなかった。
当初、私は接触を禁止されていたが、メイドを撒いて庭園の隅で泣いているのを見つけてから仲良くなった。
「はぅうっ、おいじいぃぃ」
お土産に持ってきたブルストを頬張って、リリアン様が足をばたばたさせる。
令嬢とのお茶会という名の嫌味の応酬とは全く違う素の顔だ。
田舎育ちのリリアンにとって、王宮のご飯はおいしいが、食べなれないものだ。
「しっかりお食べ」
揚げたポテトを手で摘まむという貴族にあるまじき食べ方を横でする。
今はメイド兼警護の女性が室内に一人いるだけだ。彼女は王妃様の犬で、他に情報をまわすことはない。
「まあ、体に悪い食べ物って、悪魔的に美味しいのよ」
「毒ですか?」
ひとりごとに、ぴくりとメイドが反応した。
「毒ではないわ。ただ、高温で上げた芋は……太るのよ」
「……それは、毒ですね」
一瞬悲しそうな顔をした。好物だったのだろうか。
「普段健康な食事しかしていないので、たまにならいいんですっ」
たくさん泣いたので、目元が腫れているが、晴れ晴れとした表情だ。
どれだけ我慢して努力してきたのだろう。
貴族の作法だけでなく一般教養から歴史、地理学、貴族の顔や名前、派閥、覚えることは多い。そして、茶会の実地訓練は、それはもうストレスだったろう。何度か会っていたようだから、王妃様が厳選した嫌で且つ切ってもいい訓練相手だったのだろう。図に乗らなければ生き残れたかもしれないが、もう無理だろう。
相変わらず厳しい人だ。
「余分に買ってきているから、王妃様にも後で献上しておいてくれるかしら」
「かしこまりました」
何を食べたのか、実際に確認したいだろう。もう、怒られる覚悟はしているから素直に渡そう。
「ふぅ。リラ、リラは準男爵になれたから、もう自由に生きられるの? そうしたら、私の家庭教師ができると聞いています」
「ああ……色々とありまして……。今は準男爵でありながら、公爵家で婚約者として過ごしています」
暗黙の了解で、方言が漏れ出るときは私も平民言葉で話す。かといって、ずっとそれでは教育に良くないので、それ以外の時は聖女様に対して接するようにしている。
「……どちらの公爵家の方ですか?」
リリアン様が泣きはらした目を細め、微笑む。王妃様そっくりでちょっと引いた。
「ソレイユ公爵家のレオン様です」
黙っていても、すぐにわかることだ。
「そうですか」
いうと、テーブルに置かれていたベルを鳴らした。別のメイドが一人入ってくる。
「マリウス様に、リリアンがお会いしたいとお願いしていると伝えてください。もし、レオンがおられるならご一緒にとも言っておいてね」
「かしこまりました」
おうっと声が出かけたが、教育に良くないので飲み込んだ。その間にメイドは去っていった。呼びに行かせるためのメイドなので、室内のメイドではなく外に待機するものを呼んだのだ。人の動かし方もちゃんと勉強したのだろう。偉い。
「リリアン様は、レオン様をご存じなのですか?」
「マリウスの補佐を手伝っておられます。リラとのお茶会にマリウスが来られた時、後ろに控えておられました。リラのことをいやに見ていると思いましたら。まったく」
不服そうに口を尖らせている。
「リリアン様は、人の顔と名前を憶えられて素晴らしいですね。わたくし、興味ない人の顔が記憶に定着しないので、一度お会いしているのに初対面だと本気で思ってしまうことが多くって」
既に、茶会にいた貴族令嬢の顔が分からない。カンペに書かれた爵位と名前、配置は覚えている。他の記憶力はそこまで悪くないと言うのに。
「私のことは一回で覚えてくれましたわよね」
「可愛い女の子は、忘れられませんわ」
今のように泣き腫らしていた顔で、迷子の子犬のようだった。流石に聖女様の顔は物陰から確認して暗記していたが、最初は同一人物だと思わなかったとは言うまい。
「ソレイユ家は公爵家でも名家で資産もあります。無知な私でも準男爵を跡取りの正妻にするとは思えません。もちろん、リラが素晴らしい女性で、爵位に関係なく囲いたいということは理解できますが、貴族社会は愛で決められるものではありません」
何か裏がある。また婚約破棄が決まったうえでの婚約で、利用されているのではないかと問いかけている。
「少なくとも、良くはしていただいています。万が一にも私から婚約破棄をしても多くの損害がない契約ですから、今は様子を見ているところですわ」
「公爵家なんて……リラが苦労をするのは目に見えています。何でしたら、伯爵くらいでしたら爵位を授けることができますわ」
貴族階級でも公爵と侯爵を増やすことは王族でも難しい。できなくはないが、かなり色々な問題が出る。
次いで伯爵は増やすことは可能だ。ただ既に子爵の爵位を持つ人間が国を救うような成果を出す必要がある。
「はは……ありがたいお話ですが、ご遠慮しておきます」
聖女の横暴は王族よりもたちが悪い。今聖女を断罪できる貴族はいない。
そんな話をしていると、マリウス王太子が部屋にやってきた。後ろにはレオン・ソレイユもいる。
「っ! どうしたのだ、誰かに泣かされたのか」
リリアン様を見た途端、駆け寄ってマリウス王太子がおろおろと心配しだす。
「マリウス。これは嬉し泣きをしただけですわ。わたくしだって、たまには感情を発散させなくてはいけませんの。おかげで今はともて晴れ晴れとした気持ちになれましたの」
王太子の手が頬に添えられその上からリリアン様がご自身の手を添える。
何度も見たことのある元婚約者が運命の相手を見つけて仲睦ましくしている姿だ。
流石に一回目の婚約でそれをされたときは、衝撃だった。こっちは愛するとまで行かずとも尊重し合った関係になれればと努力してきたのに、運命の女性と出会ったと言われたのだ。
今回は、はなから結婚予定がない、それも年下の少年なので、微笑ましく思える。何よりも、リリアン様も王太子に対して恋をしているならばよかった。これで王太子がクズだったら、申し訳なさでこちらの良心が死ぬところだ。
「リラ殿、茶会は大丈夫でしたか?」
「ええ、リリアン様の成果をしっかりと堪能させていただきました」
問われて、軽く頷く。
「はぁ……あの中にはレオンの婚約者候補がいたのだ。今回はまだ知らなかったのだろうが、王宮以外の茶会は気を付けたほうがいい」
答えを耳にした王太子が忠告する。
「ああ、マリウスに来ていただいたのはそのお話ですわ」
リリアン様の言葉にマリウス王太子の目がわずかに泳いだ。
「わたくしの、大切なお友達のことですもの。マリウス様のご友人とのご婚約、お祝いしなくてはと思ったのですよ」
そんな大事な話を知らなかったんだけど、どういうことだという。
「それについては、あれだ、婚姻関係になるまでは公表しない家も多いだろう。私が勝手に口にするものではないと思ったのだ。それに、友人だからこそ本人の口から伝えるべきことだろう」
お上手に正論で逃げた。
「では、どうしてリラに婚約を申し込んだのか、教えていただいてもよろしいかしら。レオン・ソレイユ」
「……王太子の婚約者として王宮にこられてから、リラ殿について知るうちに好意を抱くようになっておりました。無論、マリウス様とご結婚されるのであれば、私のような若輩者の出る幕はございませんが、ご存じのように正式に婚約破棄となりましたので、好機を逃さぬように婚約を申し込みました」
取り方によっては聖女様を非難しているが、リリアン様はまあと口元に手をやっていた。
「主の婚約者に恋をしてしまったのですかっ」
「無論、ご婚約をなされている間に不義を働いてはおりません。リラ殿の名誉のためにも、言葉を交わすこともほとんどありませんでした」
だから、顔と名前を憶えていなかったのだろう。多分挨拶くらいはしたのだろうが、その程度の相手を覚えられる能力は持っていない。
「まあっ、リラ、リラはどうなのですか!? 婚約者の友人に想いを寄せてしまったりはなかったのですか?」
少女向けの小説でも読んでいるかのように、リリアン様が楽しそうだ。その楽しみを続けてもいいのだが、現実を教えることも大事だと思っている。
「残念ながら、王太子との婚約破棄後に会いに来られた時、なんとなく見覚えがあるけど誰だったか覚えていませんでした。王太子殿下が来た時に視界の端に入っていたのでしょうが、特に記憶に残るようなこともありませんでしたので」
現実に戻ったように、リリアン様が残念そうな顔をした。横のマリウス王太子も残念な生き物でも見るようにこちらをみた。
「私ですら、そなたには三度はじめましてと言われたからな」
貴族的な嫌味を二度も言われたのは王太子としては衝撃だったのだろう。
「子供の成長は早いので、特に見分けがつかなくなるのです」
そもそも、三度も初対面の挨拶をした覚えがない。
「お話を戻しましょう。レオンは、リラのことを大切に思っているということですね」
「もちろんです」
恥ずかしがるでもなく、はっきりと返すのを見上げる。
「リラ。リラは他に想い人などはいないのですか? 彼でいいのですか?」
「そうですねぇ。最近気づいたのですが、リリアン様のような可愛い女の子の方が、どちらかというと好ましく思います」
クララも認識してからは、かわいいと思う。もちろん、美少女のリリアン様もかわいい。
まあ、と頬を染めるリリアン様とは対照的に男二人は微妙な顔をしている。
「そなた相手では分が悪い。友達で留めておいてくれ」
「承知しました」
リリアン様は聖女と発覚した時点で命の危険が常に付き纏う。王族に保護されている方がいいのだ。
「……リラ殿。女性同士の婚姻は、できませんので」
「もちろん承知しています」
「私との婚約に納得されていないのはわかっていましたが……そこまで嫌ですか?」
嫌かどうか。歴代婚約者を並べる。大半は顔と名前が浮かんだが、一部出てこない。それだけ存在が薄かったのだろう。その中でも、良くしてくれている。
「レオン様も、早く素敵な令嬢と出会えればいいですねと思う程度には好意を持っておりますよ」
半年か一年か……一年以上婚約状態が続いた相手はいただろうか。少なくとも、二年に達したことはなかった。
「私は、あなたとの結婚のために婚約しているのですが?」
「……」
何人目まではそうだったろうか。
「レオン。わたくしあなたを応援してもいいと思えてきましたわ」
リリアン様が大きく頷いた。
さっきまでは婚約相手にお怒り気味だったのに。
「ただし、定期的にリラを私のもとへ連れてくることを条件としますわ」
「仰せのままに。公爵家としましても、妻となる女性が聖女様から覚えがめでたいのはうれしい限りにございますので」
目の前で私の取引がされている。まあ、外出制限をかけて家に縛られるよりはいいか。
「まあ、定期的には会いに来ます。リリアン様の教育係兼話し相手にというお話も進めても問題なさそうですので、また手続きをお願いします」
メイドの方に視線を向けてお願いしておく。この会話も王妃に筒抜けになるだろうが、婚約者も了承しているので登城手続きも早いだろう。
婚約者として家に入ったら、婚約者かその両親の許可なく家を出ることすら難しいことがある。外で働くとなれば、婚約者の許可は必須だ。無論、無視してもいいが、面倒くさいことは避けたい。
そんな感じで、恙なくリリアン様との面会は終わった。
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