16 脚フェチを自覚する
美しい人だとは思っていたが、生成りの布を纏っていても目を見張る。
「変わったデザインですが、美しいですね」
「はい、令嬢というにはそろそろ苦しい年齢ですし、可愛らしいデザインは私のように背が高いとむしろ滑稽になりますから。ああいうのも見る分にはとても好きなのですけれど」
リラのために、ご令嬢から人気の仕立て屋を呼ぶように指示していた。男爵夫人が始めたドレスの店らしい。いつも使う公爵家の仕立て屋を呼んでもよかったが、言動の全てが母に報告されそうだったので新しい店にさせた。
女性の衣類はよくわからないが、とても腕がいいのだろう。リラに似合っている。だが、問題がある。
「ただ、少し……その、足を見せるというのは」
たまたま時間があるからと仮縫いの試着に同席させてもらった。本当は事前に自分が同席できる日に変えさせていた。
夫や婚約者が同席することは多くないが、ないわけではない。
そして、リラ殿が試着室から出ると、とても似合っているが深いスリットから生足が見えてしまっている。
「実際のものはもう少し手を加えるので、透けて見える程度に留めますわよ」
くるりと鏡に向き直り、細かい部分の確認を始めてしまう。
王宮で着ていた服は王妃から下賜されたものや、一般的な貴族のドレスだった。似合っていなかったわけではないし、その姿でも美しいと思っていたが、この姿は何というか。あまり公の場に出したくはない。みっともないのではなく、他の男の目に晒したくない。
こんなに嫉妬深いと、知らなかった。
「お披露目の場はいつになるでしょうか? それに間に合うように完成させなければなりませんわ」
モリンガ男爵夫人が言う。それにリラは首を横に振った。
「私が公の場に出ることはありませんわ」
「なぜですか?」
思わず質問をしてしまっていた。
何も本当に他人の目に出さないというわけではない。
「なぜって……婚約の段階ではそういう場に連れて行かないこともよくあることでは? これまで、基本的にそういう場は避けていましたし、公にしない方が互いに都合がいいのではないですか」
マリウス王太子との婚約時は、婚約破棄の場を除いて、リラが公の場に出されることは確かになかった。名目は教育期間とされていた。
「近く結婚するのですから、公にしてもよいのではないですか?」
「え?」
酒場で会った時のように一瞬だがはっきりと嫌悪ととれる表情を返された。
「まあ……そのうちわかります。一年……最低でも半年はそういう場でエスコートしていただくつもりはありません。後で恥をかくのは私なのですからその程度はご許容ください」
丁寧だがひやりとしたものを感じる。
「ま、まあ。ご婚約中のご令嬢は少しナイーブになるものですわ。特に、家格が上の家に嫁ぐ場合、覚えるべき礼儀作法なども多く、領地管理の補佐の仕事も覚えたりもございますから。それよりもっ、いかがでしょうか。これに合わせた宝石の類などの用意もご必要では」
間に割って入り、モリンガ男爵夫人が話題を変える。公的な場では下位貴族は話しかけられるまでは口を開かないものだが、今はとても助かっている。
「ソレイユ公爵家でしたらイエローダイアモンドなどがよろしいかもしれませんね。他に、リラ様にはアメジストもお似合いになるかと」
「そうだな。衣装に合わせて宝石商も呼ばなければな」
リラには、どれだけ価値があるか理解してもらうためにもいいものをプレゼントしたい。
「それにしても、本当に美しいな」
実際の布を切る前に、安い布を使っている。くすんだ薄茶の色で布目も少し荒いが、それですらデザイン性か美しく見える。
「はい、予想以上にいいデザインに仕上げてくれています。ただ、やはり目新しいデザインですから、すぐに受け入れられるのは………モリンガ夫人、貴族相手にお披露目会をしてみません? 今季は無理でも来年の流行を作るのにはいいと思うのですけれど」
「……お披露目会ですか?」
「ええ」
試着もそっちのけで、二人で何やら込み入った話をしだす。
メイド長からは、今回の服はリラが色々と要望を出していると聞いていた。今回同席したのは少し心配だったのもある。どれだけ品のある所作をしても、生まれが男爵家なので公爵家とはかけ離れていた。だが、洗練されたデザインばかりだ。少々、過激ではあるが。
「必要であれば、公爵家が持つサロンを使ってもらっても構わない」
場所についての話し合いになりだしたので言う。公の場には出ないと言っていたが、女性だけの集まりならばいいのではないかと考えた。
「まあ、それはとても良いご提案です」
「いえ、それならばいっそ王妃様とリリアン様にお話しを持っていきましょう。王宮のお茶会の催しの一つとして行えば、これ以上ない宣伝になります。どうせ数カ月は準備期間がかかるでしょうからそれまでに話は通しておきましょう。近く王宮に行く必要もありましたし」
リラがさらりと王宮を出す。それにモリンガ男爵夫人の顔が引き攣ったまま固まった。
「お、王妃様と、お知り合いで?」
「ええ。色々ありまして」
一時はリラの義母になる可能性もあった。王太子との婚約の間、王太子と会うより、王妃と会っていた回数の方がよほど多いのは知っていた。つらい思いをしているだろうと考えていたが、思いのほか良好な関係だったのか。
「ご提案は、とてもうれしいのですが、リラ様、申し訳ありませんが、わたくしにはとても王宮でそのような催しをする能力はございません。どうか、公爵家のサロンか、もしくはこちらで場を用意させてくださいませ」
成功すればいいが、失敗すれば男爵家は終わる。それに、成功しても同業からは浮く。
「……そうですか? 残念です」
「ご提案はうれしいのです。ですが、わたくしの店では、対応できず申し訳ありません」
一先ず、披露目会なるものの話が落ち着いて、別の試着に移った。
また、目のやり場に困る。
「ズボンは……その」
尻や脚の形があまりにもくっきりとわかるものに、思わず顔をそむけた。
そういえば、酒場でもリラはズボンを穿いていた。流石にここまでぴったりとしたものではなかった。あの時は足の長さに感心しただけだが、今はそのフォルムの美しさを盗み見てしまっている。
「斬新で、リラ様の美しい脚が強調するデザインではありますが、やはり、少し性的すぎますわ」
「そうですねぇ。これでさっきのスリットの服と合わせるのはいいにしても、逆に窮屈ですし。いっそこれに丈の短いスカートと合わせてみるのもかわいいかもしれませんね」
リラはどこかずれている。同席して正解だった。
「リラ殿、申し訳ないがそれで外出は流石に控えていただきたい」
「……レオン様は案外初心ですね。別に尻を出しているわけでもないというのに」
言いながら、別の服に着替えに行ってしまう。
モリガン男爵夫人が、こちらを見て小さく会釈した。
心中お察しいたしますと語りかけられている。
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