第伍話「休息」
――『妖と思しき二人組、武蔵の国近辺で盗みを働く。生死問わず、捜索すべし』そう書かれただけの手配書は、面相すら載っていないお粗末なものだった。
あれから下総を離れ数週間が経過した。未だ次の大蛇は見つからず、この手配書にある『武蔵の国』を目的地とし、旅を続けてきた。
「こんなんで探せって言う方が無茶やって……ま、やるしかないんやけどな」
タカは肩をがっくりと落とし、面倒くさそうにため息をついた。
「気持ちは分かるな。余りにも情報が少ない上、顔も分からない……遭遇したら、幸運としか言いようがないだろうな」
「この先の街で情報が集まるといいですね……」
すると、タカの懐にある「倍加の十字」が、不思議な光を放ち始めた。
「……そういや、河童の爺さんは何でこれを持ってたんやろなぁ。鴉ちゃうんやし、光物なんか集めへんよな?」
「なんか、光ってますね……」
*
――同時刻。武蔵の街に近い森の中。
「……むむっ!? 近くに“秘宝”の反応があったぞ! ……それに、こっちに向かってきとる!」
狐の耳と尻尾を生やし、陰陽師の制服を着た少女は、連れていた僧に嬉々として話しかけた。
「おお……! まさに七転八倒。諦めず探した結果だな!」
「今頃川に流されどんぶらこ――よし、取りに行くのじゃ!」
二人は森から飛び出し、街道を進む。
「いや~、無くしたまま帰ったら、師範に怒られるとこじゃったわい。さてとこの辺りで光って――お?」
目の前には、目的の秘宝を手に持った旅人一行がこちらを見つめていた。
*
「おお、それはまさしくワシのものじゃ! 旅人よ、感謝するぞ!」
「誰やアンタら。人間……じゃあないな。」
狐の少女は「おっといけない」といい、自己紹介を始めた。
「ワシは晴明師範の一番弟子にして、『外道組』の大将『響狐』なのじゃ!」
「うむ、俺は『源蔵』なり。『外道組』の一味であり――」
「兄者?!」「盃ぃ?!」
と、『源蔵』という僧の自己紹介を遮るように、牡丹とタカが思いついたように叫んだ。
「兄者、現世でいったい何をしていたのですか?!」
「あ、兄者……?」
「おい盃! いつこっちに来とったんや! 説明せんか!」
『盃』……そういえば、以前牡丹が話していた。確か、地獄に住まう鬼の一族であり、牡丹はそこの生まれ……と言っていたような。しかし、当の本人は首をかしげるばかりで、何を言っているのか分からないと繰り返すだけだった。
「……ちょいまち、『窃盗を働く、妖と思しき二人組』……まさか、アンタらのことちゃうよな?」
タカは響狐に疑いの眼差しを向けた。幾ら情報が少ないからといえど、『二人組』『妖に見える』という条件は揃っている――。
「はぁ?! ワシらが盗みをしておるように見えるのか!!」
「……どちらかといえば“恐喝”であろうか。そもそも、タカの持っている道具は河童から貰ったものだ。」
「ぬぬぬ……事態がややこしくなっておる……兎に角、それは元々ワシのもんじゃ! 返してもらおう!」
「盗人猛々い、ここいらで絞めたろうか!」
言い争う二人は距離を取り、戦闘態勢に入る。それを見た某と源蔵も武器を構え、牡丹は渋々刀を抜いた。いつ戦いが始まってもおかしくない――まさに一触即発。
「どういうことかわからぬが――勝負ならば受けて立つ!」
「兄者……こうして戦うことになるとは思いませんでした。私も何が何だか分かりませんが……手合わせなら負けません!」
「外道組に喧嘩を売ったこと、後悔するがよい――行くぞ!!」
最初に動いたのは響狐だった。小刀を取り出し、タカに向かって突撃してくる。タカはその攻撃をひらりと飛んで避けると、街道沿いの木の上に降り立つ。そこから弓を構え狙い撃とうと矢を引き絞る。放たれた無数の矢が響狐を襲うも、今度は響狐が人型から作った分身を操り、矢が当たる寸前で分身と入れ替わり続け矢の雨を乗り切った。
「流石、逃げ足だけは速いみたいやな。――せやけど、もうちょい遊ばせてもらうで」
「随分と舐め腐りおって……上等、覚悟せい!!」
響狐が取り出したのは、小さなコマのような道具。それを回転させながら宙に投げると一瞬にして大きくなり、途端に回転を止める。
「――《式神召喚》。出番じゃ、『白虎』!!」
するとコマの中心には、そこだけ切り抜いたような星空が映る。そこから落ちてきたのは、雷を蓄え牙を剥いた『白虎』だった。白虎は、タカ目掛けて飛びかかり、突然の出来事にタカはバランスを崩して木から落ちてしまった。着地する直前、結界を足元に展開し衝撃を和らげる。
「――っ、たぁー!! アンタ、式神なんか連れとるんか?!」
「修行の成果というやつじゃな、お主、この程度で終わりか?」
前方には響狐、背後には白虎がタカを睨んでいた。立ち上がったタカは辺りを見渡すと、再び弓を構える。
「その攻撃はもう見切っておる――仕舞じゃ!!」
響狐には、タカが近距離から矢を放つと思っていたのだろう。白虎との挟み撃ちで攻撃しようとする――。
「――《跳点飛翔》」
だが、タカは斜め上を狙って矢を射ると、あっという間に別の木の上まで転移した。
「――なっ?! さっきまでここに……!!」
「うろたえてとるとこ失礼――《弾丸結界》!!」
――響狐とタカが戦っている間に、某と牡丹、源蔵も刃を交えていた。源蔵は手に持った杖を構え、二人の攻撃を受け流し続けている。
「両者とも、ただの人間ではない――術を持っているのは明白なり。さあ、本気でかかってくるがいい!!」
「記憶が混濁していようが、兄者の戦い好きはそのままのようですね。――では、遠慮なく行かせて頂きます!!」
牡丹は擦り傷に手を当て、指に血をつけ天に突き出した。牡丹の指先から花弁が吹き出し、花弁は四つの塊となり、宙に四輪の彼岸花を咲かせた。牡丹は手を正面にかざし――。
「泉さん、少し離れていてください。まだ扱いに慣れておりませんので」
「……分かった」
「行きます――《華弾乱舞》!!」
直後、浮遊する彼岸花から光の弾が何発も打ち出された。源蔵は傷を負いながらも、牡丹に接近しようと全力疾走する。牡丹はよろめくこともなく近づいてくる源蔵に驚くも、弾幕を展開しつづける。しかし、源蔵はついに牡丹の目の前まで来て、牡丹は弾の発射をやめてしまうが、振り下ろされる杖をかわし、引き抜いた刀を源蔵の喉元寸前で止める。
「……兄者は昔からこうでしたね。私の動きを真正面で受け止めるばかりで、変則的な動きには弱かった。さて、どうしますか?」
*
兄者――『盃源蔵』と『響狐』という狐。降参した二人を問い詰めてみると、どうやら本当に、窃盗事件には関わっていない様子だった。
「ワシはただ……その倍加の秘宝を返して欲しかっただけなのじゃー!」
「そうだ。だからその――縄をほどいてはもらえないか」
「……勘違いについては謝る。せやけど、まだ容疑が晴れたわけやない。暫く大人しくしとってな」
「――無理じゃよ?」
次の瞬間、煙幕と共に二人は姿を消し、声だけが聞こえてきた。
「なっ――?!」
「かっかっか、次こそ秘宝を取り戻す! 外道組は不滅なのじゃ!!」
「……逃げられちゃいましたね」
「くっそぉー!! 顔、覚えたからなーっ!!」
そう叫んで、悔しそうに地団駄を踏むタカ。……しかし、あの二人が事件に関係ないのであれば、『手配書の妖』とは誰のことでしょうか……?
「二人共、気持ちを切り替えていくぞ。武蔵の国はまだ遠いぞ」
「はぁ……分かった分かった。逃した獲物は大きいぞーっと」
……やはり、悔しさが残る。響狐の言った“次”があるのなら、いずれ再び相まみえるのかもしれない……。
*
外道組との戦いから半日が過ぎた。空は赤く染まり、残暑で擦り減ってしまった体力を回復する為、一行は宿場町へと立ち寄った。町の至る所から香る温泉の香りが、風に乗って伝わってくる。
「やっと着いたなぁ……もう夜やし、今日はここで泊まっときたいなぁ……なあ泉はん」
「……手元がないわけではない。一泊だけだからな」
「ぃよっしゃあ!! ほなさっそく、宿屋探してくるわ!」
ここ最近は野宿が多かったからか、タカはやけに気合が入った様子で町に繰り出していった。
「……あの、泉さん」
「どうした?」
「その、暫く体を洗えていないので……風呂屋にも行きたいのですが……」
……銭袋を眺め、少し考える。
「……分かった」
「あ、ありがとうございます!」
そうして、この街での過ごし方も決まり、まずは牡丹が見つけた風呂屋で汗を流すことにした。一時でも戦いを忘れ、緊張の糸をほぐすことができればいいのだが――。
「おー……結構立派なとこやなぁ……地獄よりええとこや」
『観音温泉』と看板がかけられた風呂屋は室内が綺麗に整っていて、豪華というより清楚な雰囲気を感じる。宿泊場所もあるようで、疲れを癒すには持って来いの場所だ。
「わざわざ移動すんのも面倒やし、ここで泊まんのもアリっちゃアリやな。異論ないんやったら、部屋取っとくわ」
「……そういえば、お二人の路銀はどうやって工面しているのですか? タカさんは地獄での給与もありそうですが……」
「地獄の金は両替できへんのや。現世の金は全うに働いて稼ぐ! ……しか、道はないなぁ……」
「今日泊まる費用だけで既に赤字だ。明日から働き口を探さないとな」
風呂上がりでもないが、タカは大きくため息をついた。
「……まあ、今日は某も一息つくとしよう」
「おっし! 泉はんもこっちきてや」
某が受付に向かう背後で、牡丹は俯き何やら考え事をしていた。
日もすっかり落ちた夜。男湯には年寄りから若造まで、様々な人が汗を流しに訪れている。そんな中、二人は露天風呂に浸かり談笑していた。
「ふぅ……ほんま、何日ぶりの風呂やろなぁ……」
「思えば、風呂に浸かるのは江戸が最後だったな。そこからは野宿で――」
「……うぅ……ちゃんと洗えとるかなぁ……不安になってきた」
「――アンタ、きれい好きじゃのぅ」
すると、隣で座っていた老人がこちらに話しかけてきた。
「ん? ま、まあそれなりに?」
「ほっほっほ。兄ちゃんはまだ若いから、結婚の好機を逃すんじゃないぞ? ワシが若かりし頃はのぉ――」
そう言って老人は、嬉々として自身の人生を語り始めた。止まる気配のない一方的な会話を切ろうと、タカが声をかけようとする。
「爺さん、その辺に――」
「……おっとすまんかった。最後にこれだけ――」
「『わたの原 八十島かけてこぎいでぬと 人にはつげよ あまのつり舟』。遥か昔、流刑に処された時に詠まれた孤独な一句じゃ。人生、後悔することがないように生きるんじゃぞ……」
その話を聞くと、タカはふっと笑いこう言った。
「……ああ、当然」
*
男湯の隣、竹の塀の向こうの女湯では、牡丹が欠伸をしながら緩やかな時間を過ごしていた。……そういえば、二人は現世で働くことで路銀を稼いでいると言っていた。共に旅をしているのに、あまり役に立っていないようにも感じる――もし代わりに、私が働けたのなら……。そう考えていた時、女湯に悲鳴が響く。客の視線の先には、大きな猿が二体、こちらを睨んでいた。
「あれは――『狒狒』?!」
二体の狒狒は女湯で暴れ始める。客は裸で逃げ出し、運悪く捕まった者は狒狒に抱えられ身動きが取れなくなる。私は狒狒の攻撃から客を庇うように、拳を術ではじき返す。敵は二体――客を逃がしながら戦うには、人手が足りない。そうこうしているうちに、狒狒は踵を返し、客を抱えたまま塀を超え逃げ出してしまう。
「――牡丹はん! 大丈夫か?!」
タカさんの声が聞こえる。振り返ると、女湯の入口からこちらを見ていて――?!
「――っ!!」
「えっ……あ、その――そんなつもりやなくて――」
その後、“悲鳴を上げながら暴れた”という事実だけは覚えていたが、その時の情景は記憶に残っていなかった。
「……だから某は静止したんだ。忠告も聞かずに飛び出すのが悪い」
冷静さを取り戻し、取り敢えず服を着た。騒がしい風呂屋の広間で、頬が腫れ上がったタカを、泉は呆れたように叱っていた。
「うぅ、わかってますって。それより、牡丹はんが戻ったら妖を追いかけんと。――と、来たみたいやな」
「お待たせしました。先程の妖――二体の『狒狒』の妖力は西の街道の方へと延びています。行きましょう」
私が冷静な判断をすると、それが珍しいかのようにタカはきょとんとした顔をしていた。
「……どうしましたか?」
「いやなんでもない。さ、いこか」
*
妖力を辿り、街道を進む。すっかり夜も更け足元が見えない状態だが、妖力は濃く残っていて、それは林の中へと続いていた。
「……今更だが、二人共妖力とやらが感じ取れるのだろう? 某にもその様な力があれば、何かと便利なのだろうな」
「えっ、泉さんには分からないのですか?」
「ああ、人間だからな」
……おたく、もう死んでるんやけどな。
自分と泉は、同じく“元・人間”だ。しかし決定的に違うのが、『地獄で暮らしてきた年数』だ。自分は閻魔大王に仕え始めてから、もう千年近く経っている。普通の人間ではとっくに死んでいる年数を生きているのだ。それに対して、地獄に辿り着いてから僅かな時間しか過ごしていない泉は、“まだ”人間を逸脱していない範疇だ。陰陽師や修行僧であるのなら話は別だが、幾ら人外な能力を持っていても、“適応”していないのであれば妖力なぞ分からないのだ。
「……ま、泉はんは、あんなんでも一応人間の内。牡丹はんには当たり前なことも、泉はんにとっては有り得ない話っちゅうわけやな」
そんなことを話していると、突然女性の声が林をざわつかせた。
「――あっちやな、行くで二人共!!」
林の広間にたどり着くと、そこには連れ去られた女性を貪る狒狒が二体。あの様子では、女性は助からない。悔やまれることもあるが――何より、狒狒の住処であろうこの場所に、大量の銭が散乱している。窃盗を繰り返す『妖の二人組』は、ほぼ間違いなく奴らだろう。
「――既に食われていたか」
「残念やけど、そんなこと言っとる状況やない――来るで!!」
狒狒はこちらを目視すると、死体を置いて襲い掛かってきた。
片方の狒狒は泉の方へ飛びかかってきた。泉は突進してきた狒狒の体に飛び乗り、もう一体の狒狒へと狙いを定める。刀を真っ直ぐ構え、背中を蹴り飛ばし、そのまま片方の狒狒の胸元に刃を突き立てる。
「ガァァァアアアア!!!」
蹴り飛ばされた狒狒はすぐさま目標を切り替え、牡丹に向かって走り出す。
「二人共! どっちでもいい、攻撃を引きつけといてくれ!」
「――何か作戦があるのか?」
「『狒狒は遠くからの攻撃に弱い』――遠くから狙いを定め、二体纏めて貫いたる!!」
「なるほど――では、一列に並べてみましょうか――《華弾乱舞》!!」
牡丹の両脇には弾を放つ彼岸花が現れ、そこから二列の弾幕が乱射される。狒狒は弾幕を避けようと、牡丹の眼前――一列に固まる。
「今です!!」
「ああ、準備はできとるで!!」
自分は木の上から狙いを定める。丁度一直線に並ぶ瞬間を狙って――。
「行くで――《貫通結界》!!」
――放つ。二体の狒狒は串に刺さった団子のように貫かれ、身動きが取れなくなる。
「いっけぇ泉はん!!」
「これで終わりだ――《紫電必殺》!!!」
泉は狒狒の心臓を狙い、術を放った。紫色の電撃は、破裂音と共に狒狒の息の根を止めてみせた。
*
「――騒動が起きたにも拘わらず、まさか泊まることができるとはな」
「今日は流石に宿泊できないだろう」と思っていた一行だったが、温泉宿の女将は思ったよりも商魂たくましく、何食わぬ顔で部屋を貸してくれた。
「お陰で助かったわー! あの女将さんやなかったら、また野宿せんといけんかったしな」
戦いの後で疲れたのか、牡丹はぐっすり眠っていた。タカも欠伸をしながら布団に入る。
「明日から大蛇の手掛かり探し、ついでに働き口も探さんとな。泉はんも早めに寝とき」
「……そうだな」
そうは言うが、地獄に辿り着いてからというもの、これといった眠気を感じなくなっていた。独房にいた時でさえ、退屈しのぎに格子の外を眺めるだけ。野営の時も横にはなるが、幾ら瞼を閉じても眠ることは出来なかったのだ。仕方がないので、夜の間は辺りを警戒しながら、日が昇るまでの時間を瞑想に費やしていた。夏の終わりを感じさせる鈴虫の声と、窓越しに聞こえる風の音に神経を集中させる。……しかしどういう訳か、この日だけは意識を手放し、久方ぶりの夢を見た。
それは自分ではない、誰かが見た情景。視界の主である女は、旅の中で出会った人間の少女と話していた。焚き火を囲み、金属の板で肉を焼いて、それを少女の皿に取り分けた。
「……美味しい! やっぱり『文音』がお肉を焼くと、どんなお肉でも美味しくなるねっ!」
大したことはしていないと、視界の主――『文音』と呼ばれたその人は謙遜した。
「そんなことないよ! 今まで食べたもので一番美味しい!」
笑顔を振りまく少女を見て、気持ちが揺らぐ感覚が伝わってくる。少女は心配そうに顔を覗き込んできた。
「……大丈夫。文音は心配しなくていいの。あたし、頑張るから。居なくなったみんなも、文音が大好きだから“いいよ”って言ったんだもん」
暫くの沈黙。焚き火の炎はパチリと弾けた。
「――あたしも、文音が大好きだから」
すると、徐々に視界が白んでくる。少女は何かを話していたが、耳が遠くなったように聞き取ることは出来なかった。
――気がつけば、外は朝霧に包まれていた。夢の内容も、目が覚めると同時に思い出せなくなった。起き上がり、ふと辺りを見回す。タカはいびきをかいて寝ていたが、牡丹の姿がない。服を着替え、何となく食堂へ行ってみると。朝食を仕込んでいるのか、食欲をそそるかぐわしい香りが、部屋を包んでいた。そして厨房からは女将の声と、何故か牡丹の声が聞こえてくる。
「――あ、泉さん。おはようございます」
「……厨房の手伝いをしているのか?」
「はい。……お二人にはお世話になっているので、少しでもお金を稼げたら、と」
牡丹は会話をしている最中にも、手を休めずに働いていた。
「……礼を言う。無茶はするなよ」
「任せてください! 料理は得意なんです!」
自信満々の牡丹は、出会った時より生き生きしているように見えた。
*
「お、俺が何をしたって言うんだ! 妻も……子供だって!」
「黙レ! 生キテイルコトハ罪ニ値スル!」
――余りにも理不尽、身勝手。叫ぶ男は自身の無力を恨み、妻と子供の後を追った。
「――終わったみたいだね」
「ハイ、只今」
一家を殺した妖の背後から、火の玉が話しかける。
「……“暴食”が失敗した。弓使いにやられたらしいから、探しといて」
「仰セノママニ……」
「さて、簡単に見つかると楽なんだけどなーっと」
――洞窟に鎮座する『憂鬱の大蛇』は、大きくため息をついた。