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第肆話「暴食」

<……ホントにいいの? にいに>

 圭三(けいぞう)は廃屋の中で、ツルに話しかけていた。

「あの人達なら……あんなだけど、信用できる。それに、俺だけでも戦える」

 そう言って、圭三は小刀を取り出す。牢獄の見張りをしていた妖が、持っていた武器の一つだ。

「暴食の大蛇(オロチ)を倒したら、返してもらうつもりだし」

<……わかった。にいにがそういうなら、ツルも頑張る。オロチを倒して、絶対に戻ってくる!>

 ツルは意気込んで、銃の中へと戻っていった。

「ありがとう。頑張ってきて」


  *


 ――下総の城下町。人の声は聞こえず、張りつめた空気が街を覆っている。一行は街の門をくぐり抜けて、町内を歩いていた。

「この妖気――間違いありません。暴食の大蛇はここにいます」

「ちゅうことは、あの城が奴の住処(すみか)ってわけか。サッサとケリつけに行こか――」

 タカが城に向かおうとすると、どこからともなく、何者かが突然襲い掛かってくる。

「――そう簡単にはいかへんみたいやな。……待った、こいつら人間か?!」

 今、襲い掛かってきた妖だと思っていた奴らから妖気は感じない――よく見ると、赤い鱗をつけた“人間”だった。妖なら、切るなり焼くなりするところだが、人間であればそういったことは控えたい。だが、飢餓により正気を失った彼らは、目の前の獲物を逃すまいと、攻撃の手を緩めない。

「どうすれば……術を使ってしまえば、この人たちを殺しかねない……!」

「なあ牡丹はん! なんかこう……峰打ちとかできるか?!」

「ええっ?! や、やったことないですけど……えいっ!」

 牡丹は峰打ちをするつもりだったのか、正気を失った町人を刀の(さや)で思い切り殴った。一応は気絶できたのだが……まあこの際何でもいいだろう。


 そういえば、ついさっきまでいた泉の姿が見えない。続々と現れる町人に対処していて、周りが見えていなかったのか、いつの間にやら見失っていたようだ。町人はやがて退路と進路を塞ぐ程増えてきていて、泉を探すどころではなくなってきていた。

「あいつ……! くそっ、キリがない……」

「タカさん、これどうしましょうか……」

 そろそろ限界なのではないか、と危機感を覚える。攻撃を避ける隙間も無くなってきていて、四の五の言っている場合ではない、と術を使おうとする――と。

 ――突如、町人の後ろから腕が伸び、転んだかと思えば痙攣(けいれん)したかのように動かなくなっていた。

「い、泉はん?」

 泉は次々と町人に投げ技をかけ続け、遂には動かなくなった人たちを山積みにしていた。

「――取り敢えず、こんなものだろう」

「……まさかそれ全部、泉はんがやったんか?」

「“合気道”というものだ。見よう見まねだがな」

 聞いたことはあるが、何かが違う気がする。普通の合気道なら、まず()()()()()()()()()()()と思う。

「わぁ……! それが“アイキドー”なんですね! 私にもできるでしょうか……」

「ふっ、見ていればできるさ」

「できるかぁーっ!!!」


  *


「――結界かぁ……これじゃ入れんなぁ」

 (それがし)達が城に辿り着くと、眼前の城を覆うような結界が目に入る。

「こういうのって、解除できたりするのでしょうか……?」

「結界術に長けとる奴なら分かるが――このままじゃ無理やな。何処かに結界を構築する何かがあるはず、それを壊せば術も解ける……はず」

「確信はないのか?」

「こんなでっかい結界、張ったことないねん! 多分や、多分」

 城に張られた結界は三角錐の形をしている。――恐らくこの街の中に、この結界を維持する物があるはずだ。

「でしたら、早速探しに行きましょう。道中、大蛇の配下に囲まれないようにしなければいけませんね」

「遭遇しても、巻ければええんやろ? アレ、使えるんちゃうか?」

 そう言ってタカが指差したのは、放置された人力車だった。

「確かに、タカの《神速陣(シンソクジン)》なら、素早く移動できるが……誰が運転するんだ?」

「そりゃぁ、能力的に考えて泉はんやろ? んで、ワイは援護射撃、牡丹はんは幻影で活路を開く。どや?」

 ……最初から役割を決めた上での提案だったか。

「はぁ……異論はない」


 城下町の一角、結界を構成する呪石(じゅせき)を守っている上位の妖の耳に、ある情報が入ってきていた。

「……街の外からの侵入者だト?」

「ハイ……ドウヤラ、人力車デ駆け回ッテイルトノコト……」

 妖が“馬鹿馬鹿しい”と切り捨てようとした直前、こちらに向かってくる粉塵が目に入った。


<三件目先の大工を左! そこにある呪石が結界を作ってるみたい!>

 あの後、銃口から飛び出してきたツルの道案内で、一行は目的の呪石の場所まで向かっていた。ツル曰く、“呪石の場所がなんとなく分かる”らしい。理由は分からないが、今は結界を破る方が先。泉は人力車を全力で走らせていた。

「一、二……よし、ここだな!」

 大工の家を左に曲がると、本当にあった呪石と、それを守る妖がこちらに気が付いた。

「ム、迎え撃テェ!!!」

「泉はん、そのまま突撃や! 妖共はワイらがなんとかする!」

「くそっ、その言葉信じておるからな!!」

 泉は足を止めることなく、《神速陣》の勢いに任せ、妖の群れに突っ込んでいった。ツルが銃口に戻ったことを確認し、タカは銃を構え引き金を引くと、牡丹は幻影を作り出し指示を与えた。

「――《血華幻影(ケッカゲンエイ)》!! 立ちふさがる妖を仕留めなさい!!」

「見よう見まねやけど――なんとかなれぇ!!《静霊遠弾(セイレイエンダン)》っ!!」

 牡丹の幻影が刀を振り下ろすと、妖は花弁(はなびら)のような血を吹き出し、真っ二つに裂け倒れていく。前後からの攻撃には、刃を手で鷲掴みにして止めた。普通の人間であれば傷を負ってしまうが、幻影には傷一つ付かなかった。掴んだ刀ごと妖を放り投げると、再び刀を握り活路を切り開いていった。

<いっくよー! 全員(まと)めて、ちゃんと殺さないとね!!>

「ここにおるのは妖だけ――遠慮することないで!!」

 タカが万華鏡を覗き、ツルは的を射るように次々と妖の頭を貫いた。やがて妖の数も減っていき、それを見たタカは呪石に狙いを定めた。銃から弓に持ち替え、矢を構える――。

「――《弾丸結界(ダンガンケッカイ)》!!」

 直後、呪石はパリンと砕け散り、その中から飛び出した妖気が、タカの腕に吸い取られるように消えていった。その時、タカは(わず)かに眩暈(めまい)を覚えた。

「っ――! ……泉はんがゆっとったのはこれかぁ……」

 呪石を破壊した人物に生じる現象――それは、泉が《胎動熱刃(タイドウネッパ)》を修得したのと同じで、対象に人間離れした力を与える出来事――「戦技の習得」と名付けようか。それが今、タカの身にも起こっていたのだ。

「タカさん、大丈夫ですか?!」

「なんとか、やな。こんくらいやったら、次の呪石が見えるまでには治っとるはずや」

<次の呪石は、ここから橋を渡って直進、遠くに見えるはずだよ>

「ああ。引き続き案内を頼む」


 次の呪石は、直ぐに見つかった。戦乱の世から残っている侍の訓練所、そこにある見張り台の屋根の上に置かれていた。

「タカ、眩暈は治っているか?」

「……まあな、泉はんが言ってた通り、覚えた術のイメージも出来る。――丁度ええ、騒がれずにあの石まで近づくで」

 タカは弓を構える――しかし、術で作られた弓の形はいつもと違っていた。大きく半月のような形で、前に飛び出た部分からは、円を通して狙えるようになっている。そして、弓に空いた穴に羽のない矢を通し軽々引き絞ると、呪石に向かって矢を放った。矢は石に突き刺さるが、砕けることはなかった。

「泉はん行くで、捕まっといてな! ――《跳点飛翔(チョウテンヒショウ)》!!」

 タカが泉の腕をがっしりと掴むと、二人の足元に小さな印が現れる。すると、矢が突き刺さった呪石の目の前まで、瞬時に移動していた。泉が呪石を真っ二つに切り裂くと、再び眩暈が襲う。

「ナッ?! ジュ、呪石ガ?!」

「悪いが、ワイらはアンタらに構ってる暇なんかないんでな。戦うんやったら――後ろに気ぃつけな!!」

 その時、妖の集団の背後で赤い花弁の渦が立ち上った。渦の中心、そこには紅き槍を手に持った牡丹が立っていた。

「――《彼岸葬送(ヒガンソウソウ)》、誰一人として逃すつもりはありませんよ」

 牡丹は押し寄せる妖を、仕留め損ねることなく全て薙ぎ払っていく。赤い花弁が舞う度に、妖の鮮血が飛び散っては屍となり積みあがる。牡丹が作った幻影は刀を振り回し、あらゆる方向から襲ってくる敵を難なく蹴散らしていった。

 訓練所にいた妖を牡丹が倒しきるころには、泉の眩暈も消えていた。

「タカ、さっきの術は何だったんだ」

「あー……説明がムズイなぁ……えっーと、“矢を飛ばした場所に転移できる”っつった方がええか。ホントはもっと複雑なんやけどな」

 どうやら、術を想像することはできているものの、理由を説明することは困難な様子だった。

「ともかく、ツルが見つけた呪石はあとひとつ。人力車に戻って、サッサと壊しにいこか」

「――それ、なんですけど……人力車、車輪が取れていまして……」

「……マジで?」


  *


「……結界が弱まっているな」

 ――下総の城、城主の間。暴食の大蛇は箸を止めずに、混乱に陥った街を眺めていた。

「やはり、奴らがこの街に来ている。……ハハッ、意外と楽な使命だったなぁ」

 大蛇は配下の前で話す時よりも砕けた口調で、誰かに話しかける。

「なあ……『文音(あやね)』は、目を取り返したら何がしたい? 美味しい料理を見て、きっと笑ってくれるよな?」

<…………>

 後ろに佇む少女は、微笑みを浮かべていた。


  *


「うおぉぉぉぉおおおおおっ!!!」

 車輪がガタガタと異音を響かせる。無理矢理付けたせいなのか、すぐにでも外れそうだ。

<次の角を右! 最後の呪石はその先だよ!>

「わーってる! つうか、泉はんこの速度で走り回っとったんか?!」

「意外と心地いいぞ? もしや、この程度で根を上げるのか?」

「きぃーー!! 負けてたまるかぁ!!」

 泉の体調を心配し、代わりに人力車を動かす、なんて言わなければよかった。正直、足が千切れそうになるくらい痛む。……そもそも《神速陣》は短時間用だというのに。

「見えてきました! あれが最後ですね!」

牡丹が指差す方向に、最後の呪石が地面に突き刺さっているのが見えた。今までの呪石同様、雑兵(ぞうひょう)の妖がたむろしている。

「どけどけぇ!! 地獄の人力車にひかれたくなけりゃ、道を開けろぉ!!」

 そう言って、はいどうぞと道を譲ってくれる敵なんていないだろう。(ふだ)を宙に三枚、真正面に浮かせ――結界を展開した。結界の存在に気づいた妖が逃げようとするが、今足の速さはこちらの方が上だ。結界に追いつかれ、妖があちこちに吹き飛んでいく。呪石はもう目の前だ。

「お二人さん、どちらが呪石を叩き割りますかい?」

「では――私が!」

 牡丹は座席から立ち上がり、そのまま高く呪石目掛けて飛んだ。空中で刀を引き抜き、掛け声と共に呪石を両断して見せた。牡丹が着地、刀を収めると同時に、呪石はずり落ちて砕け散った。

 その後、牡丹を再び人力車に乗せると、彼女は頭を押さえていた。恐らく習得が始まったのだろう。

「――うっ。こ、これが眩暈……」

「あー、まあちょいキツイかもなぁ。収まるまで無理せんといて」

 その時、大きな地鳴りが下総の国を襲った。硝子が砕けるような音がして後ろを振り返ると、今まさに城の結界が割れていくところだった。

「……いよいよだな。タカ、もう一走り頼めるか?」

「言われんでもそのつもりや。そもそも言いだしっぺやし」


 自分達が城の前まで来ると、先程まで開いていた城門がきっちりと閉じられていた。結界が解けて、大蛇が侵入者を警戒したのだろうか。

「……おし、ワイが門を開いてくるわ。牡丹はん、銃を貸してくれんか?」

 牡丹は頷き、タカにツルの入った銃を手渡した。

「ツル、今動けるか?」

<……大丈夫だと思う。今から大蛇を倒しに行くんでしょ? ……だったら、“疲れた”とか言ってられない>

「その意気や――全力で叩き潰すで!!」

 長弓を構え、狙いを定める。標的は城の屋根の上。引き絞った矢を放つと、狙い通り屋根上に突き刺さった。

「――《跳点飛翔(チョウテンヒショウ)》!!」

 術を使うと、自分の身体が瞬時に城の瓦の上へと転移する。手には渡された猟銃。まさか屋根の上に敵がいるとも知らず、城門の守りを固めようとする妖共を、この銃で全滅させる――万華鏡を覗き込み、引き金を引いた。

「目標はアイツら全員。人間はおらんし、派手にやってくれよな」

<わかった! お母さんの苦しみ、何千倍にして返してあげる!!>

「目標設定完了――《静霊遠弾(セイレイエンダン)》!!」

 ばん、と破裂音と共に、一体の妖の体躯(たいく)が転がる。すぐさま弓に持ち替え、ツルを援護するように射撃を始める。騒ぎを聞きつけ、こちらに気が付いた妖が上ってこようとするが、下方向へ結界を落とし、妖を城壁からこそぎ落としていく。やがてツルが銃口へと戻ってくる頃には、城門の前にいる敵は全員片付いていた。城の中から攻撃しようとする妖を背に、屋根から飛び降り結界に着地する。城門の前まで結界を動かし、すぐに扉を塞ぐ木の板を外す。

「二人共、待たせたな! ようやっと出番やで!!」

 門を開け放つと、せき止められた水が飛び出すように泉と牡丹が城内に侵入してきた。後から集まってきた妖を、勢いのまま切り伏せていく。……負けてられんな。

「タカ、牡丹、そしてツル! 今こそ、暴食の大蛇との決戦の時だ!!」


  *


 ――下総の城、城内。次々と集まってくる妖に対して、頭を割り、腕を切り落とし、腹に刃を突き刺して、確実に数を減らしていく。幸い、ここは嘗て某の持っていた城。構造や仕掛け、敵が隠れやすい場所はありありと思い出せる。

「少し構造は変わっておるようだが――大部分は変わっておらん。この調子であれば、暴食の大蛇のところまでは多少、体力を温存できるだろうな」

「……なあ泉はん、ちょっとええか?」

「ん? 何か気になることがあるのか?」

「あー……そろそろ結界を張るための札が無くなりそうやねん。牡丹はんとかは兎も角、ワイが息切れしそうなんや」

 そういえば、村に到着してから休み無しで戦ってきていた。札を補充する暇もなく、このままではタカの攻撃手段が限られてしまい、全力を出せないだろう。すると、ツルが銃口から体を乗り出し、タカの懐から金属の小物を取り出した。

「それは……河童から貰ったままやったな。これがどうかしたんか?」

<真ん中の穴、特別な力が宿ってるみたい。ここに札を入れてみて>

「ん? おお、分かった」

 タカは札を一枚、筒状に丸めて十字の中央に空いた穴に通す。すると、札は淡い光を放ち、一枚だった札は二枚に増えていた。

「ははぁ、なるほどな。こいつは『倍加(ばいか)の術』が使われとる道具みたいやな。――ちゅうことは、二つ通せば――」

 タカはそのまま、二枚の札を十字の穴に入れた。すると今度は、二枚の札が四枚に増える。

「……『倍加の術』とはなんだ?」

「地獄にいた時、聞いたことがあります。物体、力、耐える力を()()()()()ことができる術――この『倍加の十字』には、その術が仕込まれているのではないでしょうか」

 ……なるほど。便利ではあるが、この十字では使い所が限られそうだな。

「……おっし、一先(ひとま)ず補充完了。先いこか!」

 心なしか、タカは意気揚々と歩いているように見える。


 城主の部屋の前には、侵入者を迎え撃つ広間が存在する。一度泥棒が盗みに入ったが、見通しの良い広間で容易に見つかり、捕らえられたという逸話があった。

「――なるほど、それがこの広間なのですね」

 鳥の声だろうか。ひょーひょーと鳴き声が広間に響く。

「ただでさえ見つかりやすい場所だ。戦うつもりで行くぞ」

「……警戒せんでも、向こうから来てくれたみたいやね」

 すると、今まで姿を見せなかった妖が、術を解き正体を現した。黒煙を纏い、先ほどから聞こえていた鳥の声の主――赤い鱗を付けた『(ヌエ)』がこちらを威嚇する。

「貴様ラガ侵入者カ……八ツ裂キニシテクレル!」

「八つ裂きにされるのは其方の方だ――行くぞ!」

 某は刀を構えると、静かに息を吸って神経を集中させた。目を閉じ、襲い掛かる鵺の元へ動線を描くように――やがて某の周りに紫の雷が迸る。

「――《雷走一閃(ライソウイッセン)》」

 目を見開くと、身体が途轍もなく軽くなったのが分かる。床を蹴り、まるで雷のような速度のまま鵺に突進し、一閃。次の瞬間、鵺の身体から血が吹き出す。深手を負ったはずだが、奴はまだ立っていた。

「クソッ、道連レニシテクレルッ!!」

 鵺は牡丹に狙いを定め、残った力で襲い掛かる。

「道連れですか……自惚れないでください。――私を殺すことは、貴方にはできません」

 牡丹が刀を抜くと、刃は花弁に包まれ赤く光る。立ち向かってくる鵺の爪を回避し、大きく飛び上がると急降下、鵺の背に刀を突き刺した。

「死になさい――《紅光必殺(コウコウヒッサツ)》!!」

 それは、某の術の一つ《紫電必殺(シデンヒッサツ)》によく似た術だった。突き刺した刃先から真っ直ぐ光が伸び、鵺の身体を貫いた。既に重症を負っていた鵺は、とうとう力尽き倒れていく。

「驚きました? 泉さんの術を真似してみたのですが……上手く再現できてましたか?」

「……ああ、驚いた。まさか本当に、見ただけで習得するとは」

「ふふっ、この調子で合気道も習得したいですね」

「……あかん。ほんまにやりかねん。ワイがおかしいんか……?」

<大丈夫、出来ないのが普通だと思うよ>

 あまりにも一瞬の出来事で、戦いに参加できていなかったタカは……常識を疑い始めていた。


「さてと……この先に暴食の大蛇がおるんやな。準備はできとるか?」

「勿論です、行きましょう!」

 襖を開くと、部屋の奥には暴食の大蛇が鎮座していた。姿こそ人間に近いが、鹿のような角に、不気味な程膨らんだ龍の尾が生えている。

「……なんだ、お前たちか。てっきり食事が運ばれてきたのかと思った」

 大蛇は残念そうにため息をつく。……言い方から察するに、某達が来るのを分かっていたのだろうか。

<観念しなさい、暴食の大蛇。今まで人間に与えてきた苦しみを味わせてやる!>

「ほう? 随分と生きの良い霊体だな。苦しみなぞ、あたしが食べる分には美味でしかない」

「そっちこそ、えらい威勢のいい態度やないか。人の命を娯楽にしといて、地獄がそれを見逃すと思うか?」

 すると、大蛇はゆっくりと立ち上がりこちらに近寄ってくる。

「ああ、人間を家畜にするのは楽しかったさ。――なあ、お前たちも腹が減ったら命を食べるだろ? それと同じさ。ただ腹が減ったから、人間を飼いならし食べる。――残酷なのはどっちなんだろうなぁ?」

 大蛇は膨らんだ尻尾を引き裂いた――いや、元々引き裂かれた、まるで口のような尻尾を開いたのだ。中には舌と、牙が生えそろっていて、人一人飲み込める程の大きさだった。

「あたしの狙いはただ一つ、『キリナミノイズミ』、貴様の“瞳”を奪うこと――ここまで乗り込んできてご苦労様だった。褒美に、生きたまま食らってやろう――!!」


「……やっぱり、泉はんの瞳が狙いか。ええか、絶対に奴を討ち倒すで!!」

「ああ、そのために此処までやってきた――喰らえ、《胎動熱刃(タイドウネッパ)》!!」

 刀を宙で振り下ろし、熱を帯びた真空波が大蛇目掛けて飛んでいく。続けて牡丹も攻撃を仕掛け、タカも弓を構え援護する。

「甘いな――全て噛み砕いてやる!!」

 真空波は大蛇が伸ばした爪で切り裂かれ、勢いを失い消えいく。タカの放った矢も尾の口でへし折られ、牡丹の一撃は爪で受け止められてしまう。だが、牡丹相手に読み合いを仕掛けたのは間違いだった。徐々に動かす刃が大蛇の爪を剥がしていき、痛みに耐えきれなかったのか、大蛇は後方へと下がる。

「――逃がしません!!」

 すかさず牡丹が間合いを詰める。しかし次の一撃ははじき返され、牡丹の体はよろめき転倒してしまう。

「好機だ――《飢餓毒牙(キガドクガ)》!!」

 大蛇は牡丹に噛みつこうと、尻尾の口を大きく開いた。牡丹が立ち上がって逃げようとするも、僅かに遅く足首に傷がついてしまった。

「――っ、痛い――!!」

「大丈夫か牡丹はん!!」

「このくらい……なんともっ……!」

「無茶しないで死ねばいいのに。もう毒は回ってきてるはずなのになぁ?」

 ――《飢餓毒牙(キガドクガ)》。牙で傷ついた相手に毒を回す術なのだろうか。そうなると、牡丹の身体が動くたびに毒が体を蝕むことになる。

「……牡丹はん、暫くワイの後ろに下がっててくれんか。今攻撃すんのは危険や」

「……すみません」

 タカは結界で牡丹を包み、再び弓を引き絞った。

「《貫通結界(カンツウケッカイ)》っ!!」

 今度は矢を折られないように、結界を纏った一撃を食らわせる。大蛇は再び噛み砕くつもりで口を開けるが、結界を破ることはできずに尻尾を突き抜ける。

「まだまだぁ!! 《貫通結界(カンツウケッカイ)》!!」

 次々と飛んでくる矢を受けきれず、体に突き刺さり痛手を負う大蛇。頬、肩、腹に腕。あらゆる部位に一撃を受け、大蛇の額に汗が伝う。

「これは……少々お前たちを舐めていたようだ。いいぜ――本気で相手してやる――!!!《暴食奥義(ボウショクオウギ)》!!!」

 すると、大蛇の身体が龍の姿へと変わっていく。赤い鱗を身にまとい、太い四つ足で立ち、角は長く伸び、裂けた尻尾を振り回す。耳をつんざく咆哮と共に、暴食の大蛇は全力で襲い掛かってきた。


「――くっ、刃は弾かれるか……!」

 某が振り下ろした刃は、赤い鱗に阻まれ傷ひとつつけることができない。城は崩壊寸前で、奴が動く度に壁が崩れ、今にも床が抜けそうになっていた。

「泉ぃ! 一旦下がれ!!」

 タカに言われた通り、一度後方へと下がる。

「どうした、何か策があるのか?」

「当然――相手を瀕死に追い込む大技を用意した。泉はん、トドメは任せたで!!」

 タカは大弓を構える。すると、射線上に巨大化した『倍加の十字』が二つ、宙に固定された。

<準備できたよ! さあ――撃って!!!>

 ツルが銃口からタカの矢へと乗り移り、矢は眩しいくらいの光を放つ。そして――。


「吹き飛ばせ――《弾丸結界(ダンガンケッカイ)・改》!!!」


 放たれた矢は倍加の十字をくぐり抜け、加速しやがて、一筋の旋風となる。それは城の床を剥ぎ、全てを薙ぎ払って大蛇の身体ごと貫いてみせた。

「アアアアァァァアアアアアッ!!!!」

 床が崩れ、大蛇と共に落下する。某は大蛇の頭に降り立つと、刀を突き刺し――最後の一撃を叩き込んだ。

「終わりだ――《紫電必殺(シデンヒッサツ)》!!!!」

 破裂音が辺りに響く。大蛇は力を失い、溶けるように人間の姿へと変わっていた。


  *


 ――翌日、廃村にやってきた一行は、猟銃を持ち主――圭三の元へと返しに来ていた。

<それでね、大蛇は地獄に送られて、鱗が付いた街の人も元に戻ったんだ!>

「……凄いね。まさか本当に大蛇を倒すなんて。今でも少し信じられないや」

「へへ、まあワイのお陰やな!」

「う……否定できない」

 ……やっぱり素直じゃないんやな。

「ま、そういう訳で……ツルとは一旦お別れやな」

「うん、そういう約束だったし」

<ねね、他にも大蛇がいるんでしょ? 平和になったら、またにいにとわたしの所に来てよ! 色んなお話、聞きたいな……!>

「分かった、必ず戻ってこよう」

<やったー!!>


 こうして、自分達は下総を後にした。大蛇を倒した夜、次の目的地が決まったからだ。地獄から届いた伝令――そこには、『人間ではないならず者』の手配書が同封されていた。


  *


「ない、ない、ないのじゃぁ~!!」

「不覚……秘宝が川に流されるとは……」

「む~……『源蔵(げんぞう)』、お前のせいだからの!」

「何故?!」

 何かを探している二人組の後ろから、天邪鬼が襲い掛かる。狐の耳と尻尾を持った少女は、冷静に短刀を投げ天邪鬼の一体を仕留める。

「仕方ない……源蔵、今日も仕事の時間じゃ」

「了解、我ら『外道組』、神に頼らず妖を狩るものなり」


「――例え大蛇だろうが、我々が退治するのじゃ!!」

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