第弐話「故郷」
「泉さんと一戦――ですか」
「ばっかお前! 病み上がり早々に、しかも女子に試合吹っ掛ける奴がおるか!」
しかし、泉は開き直ったように笑った。
「ふっ、少し体調が優れないだけで戦えないなど、弱音を吐いていては大蛇など倒せまい……どうだ、地獄に逃げ帰るなら今だぞ」
明らかな挑発――しかし、彼の瞳には不安が見えた。自身の腕に自信がないかとも考えたが、それは有り得ない。強制されていたとはいえ、実際に私の繰り出した分身に打ち勝ったのだ。だとすれば、何故不安そうな目をしているのだろうか。だが、ここで力を見せなければ、大蛇に一矢報いる機会を失ってしまうかもしれない。……私は覚悟を決めた。
「――分かりました。この盃牡丹、お相手いたしましょう」
泉の放つ威圧感からか、額に冷汗が垂れる。彼は「そうこなくては」と言って、刀に見立てた一本の竹を投げ渡してきた。力比べとはいえ模擬戦。ここで生傷を増やしてしまっては、勝敗に関わらず面倒なことになる。私達は焚き火から少し離れた、森の中の広場に場所を移す。
「先に降参した方が負けだ。術は禁止、己の腕だけが頼りだ。いいな?」
「……ええ。分かりました」
「言っておくが、一切手加減はしない。本気でかかってくることだな」
泉が竹の模擬刀を構える。ただそれだけだというのに、辺りが霧に包まれたような緊迫感が肌を伝う。
「い、泉はん……本気過ぎやせんか。女子相手なんやし、少しは手加減せえよ……」
戦いを見守るタカは、怯えた声で呟いた。私も竹を握りしめ、威圧を浴びて乱れてしまった呼吸を整える。
「――じゃ、始めっ!!」
開始早々、某は人間離れした速度で牡丹との間合いを詰める。牡丹は驚いたように、始めの攻撃を模擬刀で受け止める。刀を交えて分かったが、分身と手合わせした時に感じた駆け引きの強さが本人にも備わっている。少しでも行動を間違えれば反撃の隙を露わにしてしまう。このまま読み合いを続けていては、いつか彼女の戦い方に飲まれてしまうだろう。一度振りほどいた後、後方へ下がり再び態勢を整える。牡丹はやや息を荒くしていた。
「まだ本調子でないのに、始めの一撃を受け止めるとは。……中々じゃないか」
「……お褒め頂きありがとうございます。どうでしょう、続けますか?」
「言っただろう。――降参するまで、この戦いをやめる気はない!」
再び牡丹に接近し、今度は背後を取ろうと立ち回る。やはりというべきか、彼女は一切隙を見せない。後手に回った反撃を繰り返し、それが徐々に某の体力を奪う。極稀に隙を見つけそこを狙っても、素早い判断で確実に防いできた。だがこのままでは、彼女も某も決着がつかない。互いの体力が削れ、呼吸が乱れるまで睨み合いは続いた。
「はっ、はぁ……流石です、泉さん」
「っ……いい加減、そちらから攻めてきてはどうだ……!」
「……そ、その手には、乗りません。貴方が降参するまで、受け流してみせましょう……!!」
牡丹の目には、今だ強い覚悟が宿っていた。
「――私、は、この機会を失ってはいけないのです……! 一族を、大蛇の魔の手から、救うためっ……!」
この戦いを挑んだのは、力の差を見せつけ、彼女を戦いの一線から退けるためだ。一度助け、奴らに反省の機会を与えた現状では、次は助けられるか分からない。生気を奪われるより、もっと惨い方法を取る可能性だってある。ならば、彼女をこの戦いに巻き込んではいけないのだと思っていた。――しかし、牡丹は本気だった。なけなしの力で某と渡り合い、好機を逃すまいとする強い覚悟が伝わってきていた。
「……一つだけ問おう。貴様は、自らが再び危険な状況に陥った時、某達の力無しで窮地を抜け出せるか。――それとも、抜け出せないと決めつけ諦めるか?」
ここで“諦める”選択をするかどうか。それで決めようと、牡丹に問いかける。諦めるのであれば旅に同行することは許さない、自身で抜け出せると言い張るなら仲間として認めよう。だが、盃牡丹の返答は意外なものだった。
「――私は、そのような窮地には陥りません。貴方達と同行するのは、あくまで目的の一致――そして、少しでも勝利の確率を上げるため。もとより、助けて貰うつもりではありません。」
落ち着きを取り戻した彼女は、鋭い視線を向けてきた。そういえば、彼女は“助けて”と言ってこなかった。ただ“大蛇を倒せるように”と訴えてきていたのだ。……これは、とんだ勘違いをしていたようだ。竹を投げ捨て、両手を上げる。
「ははっ……参った参った、降参だ。」
*
ぱちぱちと焚き火から弾けるような音が聞こえる、静かな夜の森。あれから、お二人には旅の仲間として認めてもらい、一先ず夕食を共にすることになった。焚き火で熱された飯盒から、玄米の良い香りが漂ってくる。
「よし、こんなもんやろな。泉はん、夕飯できたでー」
少し離れた場所で刀を研いでいた泉は、タカの呼びかけがあると刀をしまい、こちらに歩いてきた。
用意された夕食は、玄米とそら豆、人参を一緒に炊き込んだ炊き込みご飯に、野草の味噌汁、釣ってきたであろう川魚の丸焼きだ。どれも湯気が立ち上り、久々のまともな食事に巡り会えたことでとても美味しそうに見えた。
「わぁ……! 美味しそうですね!」
「今回はちょっとだけ豪勢にしてみたんや。牡丹はんとの出会いを祝して、酒も取り寄せたことやし!」
「“取り寄せた”……ですか?」
「せやで、もうちょっとで届くはずやけど――噂をすれば、ってやつやな」
すると、一枚の紙がこちらに飛んできた。人型を模したそれは、陰陽師が持つ『式神』というものだろうか。式神はくるくると回り煙を出したかと思うと、そこには紙ではなく一人の女の子が立っていた。
「タカムラ様、この度は『地獄便』をご利用頂きありがとうございます! ご注文の麦酒と、タカムラ様宛の文書です!」
女の子は猫の耳と尻尾、大きな荷物を背負っていた。彼女は荷物を降ろすと、そこから酒の瓶と紙を取り出し、タカに渡す。
「ありがとな『猫又』。わざわざ現世までご苦労さん」
「いえ、これも仕事ですから! あ、お酒のお代はタカムラ様の口座から引かせて貰いますね。では!」
快活に商売をする『猫又』という少女は、一瞬にして元の式神に戻ると、何処かへ飛んで行ってしまった。タカは不思議そうな顔をしている私に気が付く。
「あー……今のは『地獄便』言ってな、地獄から物を運んでくれる飛脚みたいなもんや。ワイが貯めてきた地獄での金が使えることに気付いて、早速試してみたっちゅうことよ」
「……もう少し早く気付いて欲しかったものだがな」
「それについては……すまんかった」
……この人達、今までどうやって食費を払っていたのでしょうか。
「と、とりあえず、冷める前に頂きましょうか」
「そうだな。――いただきます」
手を合わせ、箸で玄米を掴む。久々の感覚――美味しいと感じる時間を噛み締め、次々と食事を口に運ぶ。
「ん~! ――美味しい!」
目を輝かせて食事をする私の姿に、二人はまだ一度も見せていなかった顔で笑っていた。今日の血塗られた残酷な出来事が薄れる程、この時間はゆったりと、幸せに包まれて流れていった。
*
「――“河童に似た何か”かぁ……」
朝霧が街道を包む早朝。某達は牡丹の話にあった、大蛇が狙っているであろう『下総』に向かっていた。江戸から離れて数日の旅の途中、タカはある事案を調査することになった。あの日タカ宛に届いた文書には、道中の渓流の傍に“河童に似た妖”が出現、人々を襲っている。その為、早急に退治、捕獲を命じると書いてあったそうだ。だが探すにしても、今ある曖昧な情報だけでは見当もつかなかった。
「もう直ぐ件の渓流だ。そこにいる妖を退治すればいいのだろう?」
「……簡単に言うけどなぁ。奴らとは今和平交渉が進んでんのや。仮に本物の河童を殺してみぃ、その瞬間交渉は白紙やぞ、は・く・し」
「でも、少ない目撃情報で“似た何か”と判別できるのなら、多分見分けがつくと思うんですけれど……」
そうこう言っている間に、件の渓流に到着した。霧も少しずつ晴れてきていて、朝日が水面を輝かせていた。……そして、川辺に集まって魚を狙う河童達の姿も見えた。
「……牡丹はんの言う通りやったわ。あいつら、立派に龍のうろこなんざつけてやがる。こりゃ目立つわ」
タカの言う通り、確かに体は伝承に伝わる河童そのものだったが、腕と尾、それから額にも体の色とは違う、まるで龍のような赤い鱗と角が生えていた。
「数は十体程度か。強さは分からないが、なんとかなるだろうな」
妖刀を構え、隠れていた岩から身を乗り出そうとする。すると牡丹が服の裾を引っ張り、某を制止する。
「泉さん、ここは私に任せてください」
「……作戦は?」
「勿論、用意しております。――《血華幻影》」
牡丹は指で刀の先をつつく。血が滴る指で隣の大岩の影を指さすと、赤い人型が現れ、それは以前戦った分身へと姿を変えた。
「本当はこういう術なのですが……あの時は敵を欺く為、手加減をしていました。では、行きましょうか」
「……ふっ。あれが手加減か……」
龍の姿を真似た河童――『龍童』と名付けたその妖は、こちらが岩の影から身を乗り出したと同時に、一斉に振り向いて襲ってくる。彼らは言葉を使わず、犬のような姿勢で走りこちらに向かってくる。
「まずは捕獲やな!――《投網結界》!!」
タカが札を円状に配置する。投網のように格子状となった結界は、二体の龍童を捕らえると丸く縮んだ。タカは球体になった結界を引き寄せ鷲掴みにする。
「おっし、後は退治するだけや! やったれ二人共!!」
「任せてください!」
「ああ!」
牡丹は分身と共に、龍童から繰り出される鋭い爪の乱撃を避けながら、的確に反撃を狙って立ち回る。分身が攻撃、敢えて隙を晒し、その瞬間を狙う龍童に一撃。確実に数は減ってきていた。
一方某は、妖刀の新たな術を試すことにした。江戸の呪石が割れた瞬間、僅かだが刀の妖気が高まったように感じた。もしかしたら、あの時呪石の力を吸い取っていたのではないか、とも思うが。なんにせよ、強くなった妖刀の力を試したくてしょうがなかった。目の前の妖は三体。妖刀の刃全体に意識を集中させる。すると刃は熱を与えたように赤く光始めた。
「なるほど、では――《胎動熱刃》!!」
刀を振り下ろすと、そこから真空波のような一撃が真っ直ぐ飛んでいく。龍童の一体は身体が真っ二つに裂け、断面は熱され焦げていた。感覚を忘れないうちに、一発、もう一発と攻撃を繰り出す。気がつけば奴らは全員退治されていた。
「この術、使いどころに気を付けなくてはな。下手したら火事になりかねない……」
*
「今ので最後みたいですね」
「捕まえといた奴らは地獄に送るとして……取り敢えずお疲れさん」
自分たちしかいない川辺。すると下流の方から、水飛沫がこちらに向かってくるのが見える。
「――残党か?」
「ちゃうな。こっちが正真正銘の――本物の“河童”や」
近づいてきた河童たちは、続々と河原に上がってくる。その中から立派な髭を蓄えた、長らしき河童が話しかけてきた。
「キミたち……彼らを倒したのは、キミたちで合っているかっ?」
「そうだ。地獄からの指示とはいえ、同族を手にかけてしまってすまない」
“地獄”という言葉を聞くと、長は深く息をついた。
「……地獄の命なのでしたら、ワシは何も言いませぬ。現に我らも手を焼いていた所。彼らもようやっと眠れたかっと……」
長は河童特有の語尾を付けて、こちらに感謝とは少し違う感情を伝えてきた。後ろにいた河童も頭を下げる。
「頭なんか下げんでええ。こちらの判断で河童を殺めたのは事実やし。――兎に角、こうなった心当たりかなんか、聞かせてくれんか?」
河童の長――『リョウメイ』はゆっくりと語りだした。
「あれは今から五日程前のことです。この森に流れる川の上流から、突如として水が流れなくなったのです。我々河童にとって、水が無くなることは死活問題故、調査隊を組み、上流へと向かわせたのです。ここからは、今は亡き彼らから聞いた話ですがっ……上流には、『暴食の大蛇』の手下と思われる輩が住み着いており、岩で源流を塞ぎ、川の魚を根こそぎ喰らっておったと。直ぐに立ち向かうものの、戦力は圧倒的。しかも倒れた仲間の肉を、すかさず食いちぎっていた。残った隊長は、空からやって来た大蛇に命乞いをし、僅かに残った仲間を逃がそうとした、が。大蛇は自身の術で、その場で生きていた全ての同胞に赤き鱗を生やし、隊長は底知れぬ飢餓に襲われたといいます。途切れそうになる意識の中で、このことを我らに伝えて、隊長は何処かへ去っていったのですじゃ……」
今の話が本当なら、暴食の大蛇は源流を止めることで、下流の河童を誘い出し“鱗を付けて暴走させた”ことになる。暴走の原因は『止まらぬ飢餓』。つまり、大蛇には『飢餓を操る力』があるのかもしれない。奴を倒さない限り、いつどの妖が――ましてや、人間ですら飢餓に苦しむかも分からない。……なるべく早く、下総に向かわなくちゃいけんな。
「……事情は分かったで。やけど――調査隊の話の中には“源流を解放した”ことは無かった。一体誰が、塞いでた岩を取り除いたんや?」
「それが、分からないのです。調査隊が居なくなった翌日、いきなり川が復活したのです。誰かは存じますせぬが、大蛇の手下を倒してくれたのかっと……」
自分たち以外にも、妖を倒す術を持った奴らがいる……? 正体は分からないが、少なくとも大蛇とは敵対している。……悪い奴らではないんかな。
「情報ありがとな。ワイらはそろそろ旅に戻る。一刻も早く下総に行かなくちゃならんしな」
水筒に水を汲んでもらっていた牡丹に声を掛け旅路に戻ろうとすると、リョウメイはあるものを手渡してきた。
「タカムラ様、こちらをお持ちください」
渡されたのは、中心に穴の開いた小さな鉄の十字。手に乗せた時、微かに妖力を帯びているのが分かった。
「上流から流れてきた物です。我らは妖力が弱い故、貴方様なら何かに使えるかと」
穴に指を通そうとすると、小さな壁のようなものにはじかれる。これは恐らく結界だろう。今のところ、何に使うのかは分からなかった。
*
河童のいる川を辿って数日。下総に入ると、直ぐに廃村へと辿り着いた。ここを抜ければ、下総の国へ行くことができるのだが……泉には、ここでやることがあった。
「廃村、ですか。自然に人が居なくなった……とは考えられませんね」
「用事があるっつってたな、泉はん。」
「……ああ。タカには話したが、牡丹にはまだ言ってなかったか。――ここは、某の故郷だ」
生前の泉は、傍若無人な武将となる前、この村で育ったらしい。病弱だった泉に寄り添ってくれた母親と父親は、ある悲劇に遭い命を落とした。この村を流れる小さな川で、白蛇と出会い“瞳”を手に入れ、今こうして大蛇討伐の旅に出ているのも、元を辿ればこの村が全ての始まりだったのだ。現在、村の中は雑草で覆われ、家屋は今にも崩れそうになっている。
「……随分、荒れ果てていますね」
「当然だ。某が最後に訪れてから、もう何十年も経っているだろうからな」
そう言う泉の声が少し上ずっていた。村を守れなかった未熟さを恨んでいるのか、あの惨状が脳裏によぎってしまったのか。けれど泉は涙を堪え、頬を濡らすことは無かった。
「泉さん……すみません。この様な話をしてしまって……」
「……いや、気にすることはない。用事が済んだら、下総に向かおう」
泉の目は、いつか地獄で見た様な――だがそれに、悲しみの混じった目をしていた。
*
某は一軒の廃屋の前までやって来た。あの悲劇から時間は経っているが、目の前にある“嘗て暮らしていた家”の場所は覚えていた。傍にはあの時、自ら穴を掘り埋葬した両親の墓が残っている。墓石などという立派なものはなく、名前の刻まれた木の墓標が刺さっている。
「タカ、酒を借りてもいいか。出来るなら杯ごと供えておきたいのだが――」
「あのなぁ、こちとら地獄で暮らしとるんですわ。酒だけじゃなく、線香だって持っとる。……ほれ、ちゃんと親に挨拶せんとな」
そう言ってタカは、酒や線香だけでなく献花まで渡してくれた。様々なものが供えられた墓を見て、ふと両親の笑った顔が頭に浮かんできた。
「……父上、母上。今まで挨拶もなしにすまない。全てが終わったら、すぐに後を追おう。……待っていてくれ」
「……泉さん、ご両親に会えるといいですね。まだあの世に居ればいいのですが……」
「ま、いつか巡り会えるかもな――」
すると、突然殺気を感じた。それとほぼ同時に、破裂音が響き渡る。目の前を掠めたのは――一発の銃弾。直ぐに撃たれた方向を確認すると、隣家から覗いた銃口の先に、一人の少年がいた。
「ゆ、幽霊め……! 妖の手下め!」
少年は殺意のこもって眼差しでこちらを凝視する。二発目の引き金を引かれる前に、某は猟銃を弾き飛ばした。
「――危ないぞ少年。その様な大柄の銃、握るには少し幼いのではないか?」
「じ、爺ちゃんが言ってたんだ! “霧波泉はもう死んだ”って!」
……生前の某を知っているのか? どうやら、ただの少年ではないらしい。
「幽霊なのは半分正解。だが妖の手下であれば、猟銃をお前の腕ごと切り落としているはずだが?」
「……っ、それも、そうだな……」
少年は俯き、何も言い返せないでいた。
少年は嘗て、某の部下として仕えていた『長助』という男の孫の『圭三』だという。生前の某を知っていたのも、長助から聞いたのだそう。
「――にしたって、こんなちんちくりんが猟銃持って、何処に行こうとしとったんや?」
「ふん、ちんちくりんに言われたくないね」
「んだと小僧!」
「はぁ……二人共落ち着け」
牡丹がまあまあと、二人を諌めてくれていた。
「で、何故この廃村に来ていたんだ」
「……この辺りに、“母ちゃんを連れ去った妖”がいるんだ。俺はそいつを倒すために、ここまで来たんだ」
「人を連れ去る妖……見逃すわけにはいきませんね」
「ああ。そいつは――『暴食の大蛇』って名乗ってた」
「――なんやと?」
*
――前菜。血肉を煮込んだ、赤い汁。……主菜。幼児の腕を丸焼きに。……食後には、脳味噌をそのまま。
「……今日も良い味わいだな。しかし、まだ食べたりない」
童がそう言うと、部下は生きた赤子を運んできてくれた。鳴き声が耳障りなのが残念だが――それさえ気にならなければ、とても美味である。四肢をもいで、耳を剥ぎ取り。頭を削り、内蔵を引きずり出す。どの部位も、新鮮で濃厚な舌触りだ。
「そうじゃ、童が仕入れた家畜はどうなっている?」
「はっ。何事も無く、子を産んでおります」
その報告を聞いて、またこの味を食べられるのかと少し感動した。
「待っておるぞ『キリナミノイズミ』。その“目”を手に入れ、一片の肉も残さず食らってやろうぞ」