第壱話「呪石」
「い、命を救ってくださりありがとうございます。本当に、助かりました……!」
蜘蛛女に襲われていた男は、某達に感謝を伝えてきた。
「感謝はいい。それよりも、こいつらの仲間を見なかったか?」
「い、いえ。見ていません」
「なんや泉はん。折角のお礼を無下にしよって、照れとるんか?」
「真面目な話だ。茶々を入れるな」
へいへい、とタカは不真面目な態度で返答した。妖退治は遊びではないのだが。
「見ていないのならいい。ここで会ったことは早々に忘れろ」
「じゃあなおっちゃん! 夜道に気を付けて帰りなー!」
*
時は戻り、現世にたどり着いた直後のこと。気がつけば、硝子の箱からどこかの森の中に立っていた。辺りを見渡しても、ここが何処かは分からなかった。隣にいるタカは、空を見上げていた。
「おおぉ!!ひっさびさのお天道様や!なんか気分も上がるわぁ~!」
今は丁度昼だろうか。太陽が某達の真上に見える。
「そういえば、逃走した大蛇の居場所は分かるのか?」
「いいや。奴らは完全に気配を消しとる。人間に擬態しとるか、はたまたそういった力を持っとったか……」
「一からの捜索、か。やや面倒だな」
「ま、楽観的に考えるんやったら、現世の観光しながらゆっくり探せるっちゅうとこか。気楽に行こうや、泉はん」
タカは森から出ようと言って歩き始める。……だが、先ほどから何者かに見つめられている気がする。タカが茂みを超えようとすると――。
「――ん? おぅわぁ?!」
何者かがいきなりタカの足を掴んだ。それは茂みに身を隠して、機会を伺っていたのだ。気がつけば何体かの妖が某達を取り囲んでいた。
「邪魔やお前ぇ!!」
足を掴まれたタカは、妖を蹴り飛ばし手を振りほどいた。飛ばされた妖は木の幹に突き刺さって抜けなくなっていた。
「ったく。現世に着いたと思ったら、いきなり妖退治かいな」
「運が無かったと思え。――来るぞ!」
現れた妖――『天邪鬼』は、数は多いものの、大振りな動きから繰り出される攻撃は余裕を持って見切ることができた。
「「ケケケ、シネェ!!」」
声を揃えて襲い来る天邪鬼の拳を避ける。勢い余って躓いた隙を見逃さず、一体一体丁寧に仕留めていく。
「某を殺そうとするのならば、その不器用な腕を磨いてから襲ってくることだな!」
しかも、今は太陽が真上――真っ昼間だ。闇夜の中ならともかく、敵の姿や影がはっきりと見える状況では、計画を練ってわざわざ襲撃してきたようには思えない。知能が低いのか、はたまた別の計画に乗せられているのか。だが、奴らの言動から察するに、前者の可能性が高いだろう。
「へへ、烏合の衆共がワイらに挑むなんざ、何百年も早えわ!」
「ニ、ニンゲンハコロス! トツゲキィ!!」
「おんやぁ?ビビッてるんか?尻尾を巻いて逃げるんやったら今のうち――ま、逃がさんけどなぁ!」
襲撃してきた天邪鬼も徐々に減ってきている。今までは見えなかったが、茂みの奥に一体、他よりも大柄な天邪鬼が指示を出しているのが分かる。
「タカ! 敵の大将が見えたぞ!」
「おっし任しとけ! 活路を開く――《断絶結界》!!」
タカが手元にある札を操り、天邪鬼の大将がいる場所まで二列の結界を構築した。結界に触れた弱小な天邪鬼は火傷を負い倒れていく。某は結界で作られた一本道を疾走し、難なく大将の目の前までたどり着いた。
「クソッ、ココマデカ……!」
「ふっ、早く降参してはどうだ? 実力不足、知識不足。――貴様の負けは決まっている」
「……カハハ! バカメ! マンマトワナニハマリヤガッテ――」
「――罠? “背後から奇襲を仕掛ける”が罠だと?」
刀を構え、振り返り一閃。奇襲を仕掛けた天邪鬼の喉元を正確に搔っ切る。二体の天邪鬼が一撃で戦闘不能になったのを確認すると、再び大将の方へ向き直る。
「……ウ、ウソダァ……!」
「――戦は遊びではない。この程度、子供のごっこ遊びでもできる。」
「ヒィ……! ボ、牡丹サマァ……!」
逃げようとした天邪鬼の背を切り裂く。赤い返り血が垂れ、天邪鬼の息が荒くなる。すると、持っていた刀――地獄から持ってきた『妖刀』が紫色に刀身を輝かせた。と同時に、左目が熱くなる。どく、どく。某の心音と左目、刀身が呼応しているような感覚。やがて、脳裏に知らない知識が浮かんできた。某は迷うことなく、奴の頭に刀を突き刺し――
「――絶命せよ、《紫電必殺》……!!」
直後、破裂音が森に響いた。驚いて刀を引き抜くと、突き刺した天邪鬼の頭から煙が立ち上っていた。まるで、鉄砲か何かで撃ち抜かれたように。気がつけば、刀身の光も左目の熱も消えていた。
「ナッ、タ、タイショウ! ミンナニゲロォ!」
残った天邪鬼は散り散りに逃げていく。
「大丈夫か泉はん! 凄い音が聞こえたんやけど――」
「ああ、大丈夫だ。だが……この力は一体……?」
某の様子を見にタカが近づいてくる。頭を撃たれたような天邪鬼の死体を見ると、タカは感動したように息を漏らした。
「お、おぉー! なんやこの術! いつの間に習得してたん!?」
「……某もよく分からない。妖刀が光って、左目が熱くなったと思ったら……何故か出来てしまった」
タカは腕を組んで、険しい表情で考えているようだった。
「妖刀が光ることは、何かしらの術を使っとったらよく見ることや。……なんやけど、泉はんの左目が反応したってなるとなぁ……」
――もしや、この『厭魅の瞳』には、まだ隠された何かがあるのかもしれない。運命を変えるだけではない、何かが。
「うぅ……分からん! この件は後回しや、兎に角森から出て、サッサと大蛇の尻尾を掴むで!」
*
そして現在。二人は江戸の平和を荒らす蜘蛛の妖を倒しながら、夜な夜な大蛇の情報を集めていた。といっても、ここまででそれらしき情報は見つかっていない。唯一の手掛かりは、あの天邪鬼が放った「牡丹様」という名前だけだった。
「この辺の妖が何か知っとったら、なんて、そんな簡単な訳ねぇよなぁ……」
「そればかりは仕方ない。このまま妖を追いかけていけば、それらしき情報は手に入るはずだ」
「ま、そう信じるしかないわな」
人通りのない江戸の夜。某達の足音と虫の音だけが聞こえてくる。昼間と打って変わって、涼しい風が戦いの汗を冷やす。
「――現世はもう夏になろうとしているのか」
一人呟いたその時、背後から殺気を感じた。咄嗟に振り返ると、そこにいたのは半透明の人型――霊体であった。白く艶やかな長髪に、整った着物を着た女のように見える。霊体は持っていた槍を構え、戦闘態勢をとった。
「……誰やアンタ。襲う前に名乗ったらどうや」
「…………」
しかし、霊体は一向に話そうとしない。すると、何処からか風に乗って赤い花びらが一帯を舞い始めた。霊体の持つ槍は赤く光り、途端に花びらが彼女の周りを回り始めた。
「……どうやら、その口から話す気はないようだな。後は刃で語るのみ――かかってこい」
睨み合う両者。先に足を踏み出したのは、霊体の方だった。
霊体は細い体に似合わない、素早い動きで一気に距離を詰めようと接近してくる。
「一騎討ちとはいかんで!」
タカは弓を出現させると、札を巻いた複数の矢を構え霊体に狙いを定める。
「こいつは避けられまい――《乱撃札》!!」
放った数本の矢は明滅するたびに増えていき、やがて数え切れない程の大量の矢が霊体を襲う。しかし、霊体は大きく息をつき、無数の矢から自身に当たる矢だけを、槍術を駆使し真っ二つにへし折っていく。その間にも足を止めることなく、気がつけば某の目の前まで来ようとしていた。
「なっ――?!」
振り下ろされた槍を、咄嗟に刀で受け止める。少しでも油断を許さない、刃同士の駆け引きが続く。
「くそっ、こいつでも喰らっとけ!」
割って入るように、タカが繰り出した人型を警戒したのか、霊体は大きく飛び上がり距離を取った。すると霊体の周りを回っていた花びらは形を変え、一本の薙刀を作り上げた。持っていた槍は解けていくように花びらに変わり、奴は薙刀を構える。
「今度はこちらから行かせてもらおう!」
「援護するで泉はん、しっかり決めときや!」
霊体が仕掛けてくるよりも先に、今度はこちらが距離を詰める。一撃、振り下ろした刀はキンと鳴りはじかれてしまう。だが、これは想定通りだ。
「――《神速陣》!!」
タカは某の足元付近に、四本の苦無を飛ばし突き刺した。丁度四角形を描くように設置された苦無は光始め、一瞬だけ結界が現れ某を包み込んだ。視界に映るもの全てが、段々と遅く見えてくる。今なら、奴の行動がハッキリと見える――もう一撃、今度は防がれることなく、霊体の腕に傷を付けた。普通の刀であれば攻撃すらできないが、これは『妖刀』だ。妖だろうが幽霊だろうが、力量次第で断ち切れる。背後に回り、更に一撃。追撃に追撃を重ね、視界が元の速さを取り戻す頃には、奴は満身創痍で、立ち上がることすら辛そうに見えた。
「――ガッ……!ハッ……はぁ……っ!」
「何者か知らぬが――その体ではもう戦えぬだろうな」
「――助けて……!」
霊体は溶けるように、瞬く間に消えてしまう。漂っていた花びらは、地に落ちると光の粒子となって跡形も無くなってしまう。
「なんやったんや一体……アイツ、攻撃するだけして消えやがった。それに『助けて』なんて、命乞いにしちゃあおかしいし……」
「今は大蛇の情報を集めるのが先だ。今奴の正体を考えるよりも、その時間で一匹でも多くの妖を倒し、『牡丹様』とやらの根城に近づこう」
「……せやな。考えてても進まんし。――今の霊体が『牡丹様』だったりしてな」
気がつけば遠くの空が明るくなってきていた。夜通し戦ったからか、タカの腹の虫が鳴っている。
「腹減ったなぁ……なあ泉はん、現世の金って持っとるか?」
「……ない」
「……まずは、金稼ぎからやなぁ……」
こうして、二人は各々金を稼ぐことになった。タカは優秀な弓術の腕を買われ、猟師の手伝いをすることになった。
「おめぇ中々やるじゃないか。若造なのに、俺らでも仕留めきれない狐を一発で仕留めるとはなぁ」
「へへ、小さい獲物やったらこんなもんですわ。確かまだ、鳥肉を卸してないんよな?」
「そうだな、お前ら! 次行くぞ!」
泉は運動能力に長けていた為、飛脚の手伝いをしていた。
「次! 江戸町内の手紙だ! 泉、行けるか?」
「ああ、大丈夫だ」
「よし、じゃあ行って来い!」
そして、夜は妖を倒し情報を集めていた。分かったことは、暴食の大蛇はここにいないこと、『牡丹様』とは、タカの予想通り先日の霊体の主であることだ。昼は働き、夜は妖退治。こうした生活が三日程続き、二人はある程度食事にありつけるようになっていた。
*
「これだけありゃ、一日三食も目の前やな!」
パンパンに膨らんだ銭袋を眺め、ワイはすっかり上機嫌になっていた。
「なあ泉はん、あそこの団子屋行ってもええか!? 客が持ってた粒あんの串が気になってん!」
何を隠そう、ワイは粒あん派。あのキラキラした小豆の噛み応え――団子を食べるなら、絶対に選びたかった逸品だ。
「いいだろう。では、某はこし餡でも頼むとするか」
「……なんやて?」
まさかこいつ……いや、気の迷いかもしれん。すると泉はニヤリと笑い、こう言った。
「ふっ、タカには分からないだろうが……団子ならこし餡一択だ!」
「言いやがったな泉はん……こうなりゃ決着をつけるしかないなぁ――勝つのはこし餡か、粒あんか――!」
……というわけで、粒あんとこし餡の串を二本ずつ買った。武力行使などとんでもない。勝敗は“どちらが論破されるか”どうかで決まる。論争の末、美味しさを認めた方が負け――先に動いたのは泉だった。
「まず――粒あんとの決定的な違いを教えてやろう。それは“磨き抜かれた滑らかさ”。小豆の形を残さないことで、より強く甘さを感じるだろう。これは粒あん派には分からないだろうな」
「最初っから責めるなぁ、泉はん。その挑発――乗ってやろうやないか」
今まであまり食べてこなかった、こし餡の付いた団子を一口。――しかし、挑発に乗ったことを直ぐに後悔することになった。敬遠していた理由の一つ、くどい甘さが無く、豆の風味を感じ取れる。……普通に上手い。だが、こちらとて引くわけにはいかない。
「やるやんけ……せやけど、今度はこちらの番や! 粒あんには特有の“歯ごたえ”がある。柔らかく楽しめる食感――こし餡にはない個性っちゅうもんがあんねん!」
「ほう……? そこまで言うなら、粒あんの本気、試させてもらうぞ」
泉は迷いなく団子を口にする。すると、泉は流れるようにもう一口団子を頬張る。それを見ていたワイも、思わずこし餡を食べ進める。互いに二本の団子を食べきった時には、両者とも満たされた表情をしていた。
「……なんか、どうでもよくなってきたわ。久々にいいもん食ったし、もう満足や」
「……ああ。この店はどちらも美味であった」
優越感に浸っていると、今まで晴れていた空は曇り始めてきていた。黒い雲は江戸を覆い、いつ雨が降って来てもおかしくない空に変えていった。
「なんや、雨でも降るんか」
すると、大きな心音が江戸の町に響いた。太陽は陰り、いつの間にか赤い月が上っていた。……そして、いつか見た花びらが辺りを漂う。
「休憩は終わりのようだな。敵は――もう動き始めている」
「あぁ、わかっとる。久々に大物の登場やな!」
*
「牡丹様。出撃のご命令です」
大きな体躯の鬼が声を掛けてきた。自分の名前を呼ばれる度に、良からぬことが起こる――今回も、名前を呼ばれ驚いてしまう。
「……我らもこのようなことは避けたかったのですが――同族の命がかかっているのです……お許しください」
「……分かっているわ。全てが終わったら、私を見捨ててお逃げなさい。」
「牡丹様――ですから、その様なことは……!」
「これは命令よ。族長の娘たる、私の命令」
「……仰せの通りに」
ここに囚われて何カ月が過ぎただろう。奴の下僕が送り込まれる度、卑しい欲のままに犯されてきた。命令があれば血を抜かれ、精神も肉体を限界を迎えていた。その度に謝る同族を宥め、数少ない希望を持たせた。私が犠牲になれば、彼らが助かるというならば、一族の当主の娘として、責務を全うしなければならない――命に変えても、民を守るという責務を。
しかし、あの夢は何だったのだろう。見知らぬ二人と出会い、制御の効かない体が彼らを襲っていた。意識が目覚める直前、『助けて』と叫んだのは潜在的な危機感からだろうか。もしあの二人に会えたのならば――犠牲にならずとも、民を救えるというのに。
*
赤い月が照らし出す江戸の町。何処から湧いてきたのか、大勢の妖が我が物顔で闊歩していた。怯えた人々は奴らに見つからないように、祈りながら身を隠し息を潜めていた。タカは花びらと共に流れる妖気と悪意を感じ取っていた。この気配を追っていけば、妖の主――『牡丹様』とやらを見つけられるはずだ。
「――《貫通結界》!!」
タカの放った矢は妖の体を次々と撃ち抜いていく。某は攻撃を避け道に残った妖を、休む間も与えず妖刀で仕留めていく。しかし気配が強くなり、主に近づく程、妖の数は増えていく。とはいえ、どれも手馴れではなく、弱小の小鬼ばかり。頭数だけで主を守ろうとしているのか。
「ざっと百体は居るんじゃないか? ここまで多いと、相手するのも一苦労だ」
「しゃあない……泉はん、少し下がっとれ! ――《乱撃札》!!」
放たれた無数の矢は雨のように降り注ぎ、有象無象の妖に突き刺さる。霊体との戦いでは効果を発揮できなかったが、多数を相手取るこの状況でこの技は輝いていた。僅かに残った雑兵に留めを刺し、百を超える妖は捌け、大通りまでの道が露わになった。
「見えた――あれが敵の本拠地や!」
大通りの十字路には、大きく不気味に光る石が設置されていた。いつの間にこんなものが現れたのだろうか――いや、それよりも。近づいて分かったのだが、一人の少女が石に括り付けられている。その容姿はあの時襲ってきた霊体とよく似ていた。
「……なんやあの石。悪趣味にも程がある。それにあの嬢ちゃん……石と関係があるんやろな」
「今は眠っているのか……早く助けた方が良さそうだ」
「ケケケ……! やっと来ましたネェ、キリナミノイズミ。」
すると、上空から一体の妖が舞い降りた。鳥の翼に赤く鼻の長い顔をした妖は、某のことを知っている様子だった。
「……誰だ。貴様の様な知人、某にはいない」
「イエ、ワタクシと貴方は初対面でございまス。こちらは大蛇サマから聞いただけに過ぎませン」
「差し詰め、大蛇の命令で江戸を襲った実行役、と言ったところか。貴様をここで屠り、野望を阻止させてもらおう!」
「ソウ簡単にはいかせませんヨ……『盃 牡丹』、攻撃準備ヲ」
妖は石に括られた少女――『盃 牡丹』に命令をした。ゆっくりと目を覚ました少女は嫌がる素振りを見せるも、妖が指を鳴らすと途端に苦しみ出し、ついには妖の命令に頷いてしまう。すると石の周りに、複数の彼女の霊体が現れた。
「準備は整いましタ。――さあ、その“目”を頂きますよ、キリナミノイズミ!!」
「アンタらの目的が何だとしても、これ以上の暴挙は許さへんで!」
「ああ――霧波泉、参る!」
最初に飛び込んできたのは、四体の霊体だった。長物による攻撃を一度は避けるも、他の霊体が間髪入れずに刃を振り降ろす。攻撃を加えようにも、その隙を見つけることができない。
「――《神速じ》――っておわっ?!」
「貴方の相手はワタクシですヨ、ケケケケッ!!」
《神速陣》で動きを見切るはずが、後衛のタカ目掛けて妖が攻撃を仕掛ける。弓を使うタカにとって接近戦は分が悪い。しかし、対抗策を持っていないわけではなかった。
「そこや! ――《爆陣》!!」
「んなニィ?!」
妖が踏み込んだ場所には、タカが仕込んだ爆破の陣が設置されていた。妖は大きく吹き飛び、再びタカとの距離が開く。
「次は油断せえへんで……泉はん、耐えられっか!?」
「……っ、何とかして見せる!」
「頼んだで! 此奴はワイが相手する!」
妖を相手に善戦するタカ。一方で、某は苦戦を強いられていた。四体の手馴れ、止まない攻撃、反撃の隙を与えない連携。避けるので精一杯の状況を打開するにはどうすればいいのか、必死に考える。もし、この連携を崩すことが出来れば……?
一つ、思いつく。真面目に戦うだけでは出来ない、揃った連携を混乱させる一手。刀を引き抜き反撃する隙がないのなら――。
「――“相手の攻撃を利用するまで”!!」
霊体の攻撃をギリギリまで引き付け、当たる直前で回避する。すると、某の後ろにいた霊体に攻撃が命中し、同士討ちを成功させることができた。薙刀で切られた霊体は粒子となり消え、人数が減った分、僅かだが反撃を許すことになる。直ぐに妖刀を引き抜き、霊体の足元を切りつける。両足が宙を舞い、二体目の霊体が消えていく。残り二体、今まで回避に徹していた分、今度はこちらが仕掛ける番だ。
「ケケケケケケッ!!距離など直ぐに詰められるのですヨ!!」
泉が戦況を打開している時、ワイは妖――『烏天狗』との一騎打ちに挑んでいた。距離を離しても、持ち前の速度でまた接近される。徐々に消耗する体力、疲れを見せない敵――だが、ここまで何もしなかったということはない。アイツに効くかは分からないが、試してみる価値はある。
奴との距離を取ろうと飛び上がる。しかし、自由の効かない空中で隙を見せてしまい、空を飛べる奴にとって都合の良い戦況に変わる。
「ケケ、攻撃が隙だらけですヨォ!!」
奴の抜いた刀を避けようと身をよじるが、僅かに反応が遅れ頬に切り傷がついてしまう。動揺で着地に失敗、痛手を負うことになった。地上に降りた奴はじりじりと近づき、留めを刺そうとする。
「おんや、こんなものなんですネェ、タカムラ公。もう傷だらけではありませんカ」
「……へっ、アンタ、勘違いしてへんか?」
「戯言ヲ。何を間違えるというのでス?」
ゆっくりと立ち上がり、腕を広げる。そう――奴の両脇、その向こうには、予め仕掛けておいた“二枚の結界”がある――!
「今や――!!《結界圧殺》!!」
掌を勢いよく合わせる。結界はあっという間に奴の傍まで近づき、そのまま押しつぶした。一撃。油断した烏天狗の体は肉の塊となり、二度と動くことはなかった。それと同時に、指揮を失った妖が一斉に押し寄せてくる。
「ええか泉はん。大物は仕留めた、後はあの石をぶっ壊すだけや――一気に行くで!!」
「ああ、突撃するぞ!!」
某達は弾がはじかれたように、素早く雑兵の妖を倒していく。前へ前へと、徐々に距離を詰めていき、通った道には妖の屍が転がっていた。十字路が目の前まで迫ると、某は妖の頭を足場として踏みつけ、石の真正面まで一気に飛びかかった。
「はぁぁああああっ!!!」
石に妖刀を突き刺し、刀の先へ意識を集中させる。やがて、刀身が紫色に輝き出す。
「――《紫電必殺》!!!!」
直後、石は硝子が割れるようにひび割れ、大きな音を立てて崩れていった。
*
――次に目を覚ましたのは、何処かの森の中。カラスが鳴き、夕暮れ時を知らせていた。
「――目を覚ましたか。気分はどうだ?」
……まだ身体が重いが、動けない程ではない。私はゆっくりと起き上がり、辺りを見渡した。傍には夢で出会い、意識を失う直前に見えた二人がいた。
「大丈夫、です。少し休めばこれくらい――」
「あんま無茶せん方がええ。あれだけの生気を吸われとった後なんやし、暫く横になっとき」
「……ありがとう、ございます」
言われた通り、再び横になる。
「……あの、お二人は何者なのですか?」
「そうだな……某は『霧波泉』、こっちが『タカ』だ。妖退治の旅の途中――と言ったところか」
妖退治、と聞いて少し身構えてしまう。それを察したのか、タカという人が話しかけてきた。
「ちょいまち、確かに妖退治はしとるんやけど……嬢ちゃんのこと、聞いたことがあってな。正体も何となくわかっとる。……ワイも地獄出身やし、身構えんでもええよ」
「そう、ですか。――あ、私が名乗っていませんでしたね」
少し体を起こし、二人に向かって名乗る。
「……私は『盃 牡丹』。鬼でありその一族、“盃”の娘です」
*
それから、牡丹が知っていることを話して貰った。彼女は地獄で名のある鬼の一族、“盃一族”当主の娘だという。タカが彼女の正体に気づいたのは、タカ自身が当主と知り合いだったからだ。本来であれば地獄にいるはずの牡丹は、某達が現世に来るよりも早く現世に来ていた。なんでも、窮屈な地獄の生活から抜け出す為修練という艇で逃げてきたという。しかし、当主の娘が一人でいることを大蛇に感づかれ、襲撃の末囚われの身となった。一族特有の“強い生命力”をいいように使われ、呪いを振りまく石『呪石』の力の源にされていて、彼女は濁すがそれ以外でも酷い仕打ちを受けていたらしい。逃げなかったのは、口先とは言え現世にいる一族に危害を加えると脅されていたからだそう。
主犯格である『暴食の大蛇』は、江戸と下総の国を支配しようと動いている。妖を配下とし、狂気的なまでの野生的な本能を植え付けて統率しているそうだ。その中には盃一族も居て、このままでは彼らに何が起こるか分からない。一刻も早く、下総に向かわないと、と牡丹は焦っていた。
「――事情は分かった。丁度、某達も大蛇を追っていてな。居場所が分かればすぐにでも向かうつもりだった。――暴食の大蛇とやら、某達に任せてもらえないだろうか」
「なぁに、心配するこたぁない。それなりに腕は立つし、こうして嬢ちゃんを助けられたんやし。明日の朝、早速下総へ出発や!」
「ま、待ってください!」
「どうした?何か問題でもあるのか」
「……私も、私も同行させてください!一人では大蛇を倒せなくても……貴方達と一緒であれば、きっと――!」
「待て待てって、そないなこと言われたってなぁ……」
牡丹の目は本気だった。しかし、足手纏いになっても困る。彼女が同行するに相応しいか、判断するには――。
「――ならこうしよう。“某と一戦交えてみないか”?」