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子猫に餌をあげる時は……

 きい、きい……。

 夜の公園で、物悲し気な音を立てながら、ブランコが揺れていた。


 そこは、街の中にある小さな公園のひとつ。

 たった一本の街灯の灯りを頼りに、ひとりの少女がブランコをこいでいた。


「……」


 まるで小学生のように低い身長。

 長い金髪は腰まで伸びて、その華奢な身体は派手なジャンパーを纏っている。

 とても可愛らしい顔立ちをしているが、ところどころに怪我があり、頭や手を包帯巻かれている。

 着ている服も汚れていることから、どこかみすぼらしい印象を受けた。

 どこにも行く当てがない子猫が、途方に暮れているような姿だった。


 にゃあ。


「――」


 やがて、ブランコにこぐのにも飽きて、ただブランコに座り込んでいるだけになっていた少女。

 そんな少女の足下に、突然、一匹の猫が擦り寄ってきた。


 にゃあ。


「っ、な、なんだ、お前」


 どういうわけか、追っ払おうとしても、猫は擦り寄ってくる。

 よほど人に慣れているのかなんなのか。

 戸惑う少女のことなどお構いなしに。


「……お前も、ひとりなのか」


 ふと、シンパシーのようなものを覚えて、少女の表情が和らぐ。

 しだいに、猫の相手をし始めた。


「子猫……よりは大きいか。はは」


 可愛らしい猫に、すっかり骨抜きにされてしまう少女は、思わず微笑む。

 ――と、その時だった。


「――見つけた」


「――」


 聞き覚えのあるその声に、少女は振り向いて、そして、驚く。


「……お前は」

「……こんばんは」


 そこにいたのは、ひとりの少年。

 少女のように可愛らしい容姿をしたその少年は、紛れもなく、昨日の夜、雨の中で、自分をお姫様だっこした人物だった。

 今は私服姿で、その手にはビニール袋を提げていた。


 にゃあ。


「――」


 聞こえてきた猫の鳴き声に、ヒロは少女の足下を見る。

 そこには、一匹の猫がいて……。


「……」


 ふと、蘇るのは、あの雨の日に、助けることができなかった子猫。

 似ている……記憶があやふやで、同じ猫かどうかはわからないけれど……それでも。


「……なんだよ?」

「――」


 不機嫌そうな声に顔をあげると、そこには、少女の、やはり不機嫌そうな顔。

 ヒロは気を取り直して、少女に向き合う。


「探していたんですよ。急にいなくなるから」

「……だから、なんだよ。関係ないだろ」

「……」


 少女は完全に、ヒロのことを拒絶していた。

 けれど、少女の痛々しい姿を前にして、やはり放っておくことなんてできなかった。


「これ、食べますか?」


 そう言って、ビニール袋を差し出す。

 その中には、コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチが入っていた。


 放課後、少女を探したヒロは、けれど見つけられず。

 いったん家に戻り、夜になってから、診療所の女医に電話をしてみた。

 しかし、少女は見つかっていないと聞いたヒロは、再び、少女を探しに出かけた。

 少女はきっと、しばらく何も食べていないという女医の言葉を思い出して、途中、コンビニで食べ物を買って。


「いらねーよ」

「でも、お腹が空いてるんじゃないですか?」

「空いてねーよ!」


 きゅるるるる……。


「「……」」


 しかし、お約束のタイミングで、少女のお腹が可愛らしい音を奏でた。

 その音を聞いて、思わずヒロは笑ってしまう。


「……ぷ。身体は、正直なんですね」

「! るせーな! 今のはちげーよ! ぶっとばすぞ!」


 少女は顔を真っ赤にして叫んでくる。


「無理をしないで、ちゃんと食べてください」

「……だから、いらねーよ!」

「……ちゃんと食べないと、また倒れて動けなくなりますよ?」

「わたしは誰の世話にもならねー! 施しも情けもいらねえ!」

「……」


 どこまでも強情に、少女はヒロの好意を無下にする。

 しかしこの様子だと、少女はこれからも似たようなひどい生活をして、またどこかで倒れるかもしれない。


「……わかりました」

「おう、とっとと消えろ」

「じゃあ、これは捨てます」

「――は?」


 思いもしないヒロの言葉に、少女の声が裏返る。


「捨てるんですよ。もったいないけど、僕はいらないので」

「――お、おい」


 少女の目の前で、ヒロは、少女の座るブランコの隣、空いているもうひとつのブランコの上に、おにぎりとサンドイッチを置いた。


「それじゃあ」


 そうして、何のためらいもなく、その場を立ち去ろうとする。

 それを見て、慌てて、少女は立ち上がった。


「ふざけんな! 食べ物を粗末にすんな! 持ってけ!」


 ブランコの上に置き去りにされたおにぎりとサンドイッチを指さしながら叫ぶが、ヒロは無言で歩き続ける。


「……このっ」


 業を煮やした少女は、おにぎりとサンドイッチを掴む。

 そして、それをヒロに渡すために足を一歩踏み出すと、


 だっ!


 少女の行動を見たヒロが、全力でダッシュした。


「――な」


 驚愕する少女の前で、ヒロはあっという間に姿を消した。


「ふざけんな! 待て!」


 慌てて追いかけるも、すぐにその背中を見失う。


「ぜえ、はあ……くそ、あんなに可愛い顔して足早すぎだろ。やっぱ、男かよ」


 ヒロは、いなくなってしまった。

 手に残ったのは、おにぎりとサンドイッチ。

 見るからに美味しそうなそれらを見つめて、少女の決意が揺らぐ。


「……っ」


 加えて、このおにぎりとサンドイッチの運命が自分の手に委ねられていることも最悪だった。

 自分の意思で食べないのは、いい。

 そのせいで空腹になってつらい思いをするのも、いい。

 だけど、食べ物がある状態で、その食べ物を粗末にすることには、この上ない罪悪感が生まれてきた。

 このままでは、このおにぎりもサンドイッチも無駄になってしまう。


「――くそ!」


 腹立たし気に悪態をついてから、少女はどしどしと大地を踏みしめながら、公園のブランコに戻る。

 そして、どかりと座ってから、包装を解いておにぎりにかぶりついた。


 中身は、エビマヨだった。

 海老のぷりぷり感とマヨネーズの甘さが広がってくる。

 つまり、美味しい。


「くそ! なんなんだ、あいつ! 本当に、なんなんだ!」


 腹を立てながらも、食べていく。

 ここ数日、ずっと何も食べていなかったから、身体が栄養を欲していた。


「……お前も、食べるか?」


 にゃあ。


 ふと、ずっと足下にいる猫のことが気にかかった。

 もしかしたら、この猫もお腹を空かせているかもしれない。

 少女は、猫にも分けてあげることにした。


「ほら」


 猫にお米とかパンとかあげていいのかわからない。

 だけど、お腹を空かせているよりはいいだろうと、ほんの少しだけあげて様子を見ることにする。


「……いや、待て。たしか、猫に海老は駄目なんじゃなかったか? あと、米も」


 しかし、何事かを思い出し、猫におにぎりをひとつまみあげようとしていた手がぴたりと止まる。


「……いや、炊いた米なら少しだけいいんだったか。……けど、パンは、駄目だったよな」


 基本的に、人間が食べるものは猫には与えない方がいいとされている。

 ただ、米も、パンも、エビも、猫的にはアレルギーが出る場合もあるとか。

 にゃあ、にゃあ。


「……」


 まるで、餌をねだるように鳴く猫に向けて、どうすることもできない。

 少女は、動きを止めた。


「くそ、なんだこの罪悪感。猫に餌をあげられないまま、自分だけ食べるなんて耐えられねー!」


 久しぶりの食事なのに、気持ちよく食べられない少女。

 憐れなのか滑稽なのかわからない光景だった。


「飲み物も、入りますか?」

「――ひっ、こほ、こほ!」

「あ、ご、ごめんなさい」


 罪悪感に苛まれていた時、突然、背後から声をかけられたものだから、少女はむせた。

 振り向くと、そこにいたのは、ペットボトルのジュースを持ったヒロだった。


「――お前、帰ったんじゃなかったのかよ!」

「飲み物を買いに行ってたんですよ。ちゃんと食べてくれてよかったです」

「――」


 まんまとハメられた。

 けれど、後悔しても遅い。

 食べてしまったものは、もう返せない。

 少女は憤りながら、おにぎりの残りにかぶりついた。


「はい、どうぞ」


 そして、ヒロが差し出したジュースも受け取る。

 こうなれば、もうヤケだった。

 こく、こくと、小さな喉を鳴らして飲んでから。


「……お前さ」

「はい?」

「なんで、こんなことするんだよ」


 当然の疑問を口にする。

 すると、ヒロも、当然の答えを口にした。


「心配だからですよ」

「……なんで、心配なんだよ! 他人だろ! 関係ないだろ!」

「袖振り合うも他生の縁って言うじゃないですか。あんな姿を見て、それなりに事情も知ったら、放っておけませんよ」

「……お前は、倒れてれば、誰でもこんな風に助けるのかよ!」

「……というか、あんなふうに雨の中で倒れている人に出会ったのは初めてなので」

「……っ」


 痛いところを突かれ、少女は言葉を続けられなくなる。

 ごまかすように、サンドイッチに手を伸ばす。


「……わたしに関わってると、ろくな目に遭わないぞ?」

「……」

「見ればわかるだろ、わたしがどんな奴なのか……」


 たしかに、少女の見た目を見れば、少女がどんな存在なのかわかってしまう。

 実のところ、どうして自分がこの少女にこれだけかまうのか、ヒロ自身にもわかっていなかった。

 ……ただ、心配なのは、本当だった。


「ところで、今日はどこに泊まるんですか?」

「……どうして、そんなこと聞くんだよ?」

「まさか、この公園に泊まるつもりじゃありませんよね?」

「……」


 少女は、黙り込む。

 それが、少女の答えを明確に表していた。


「――仕方ないだろ! 他に行くところがないんだから!」

「……家には、帰れないんですか?」

「帰る場所なんてねーよ! あんな家、帰りたくもねーよ!」

「……友達のところに泊まるとかは?」

「――友達?」


 あ、地雷を踏んだ。

 その瞬間、少女の表情を見て、ヒロはそう思った。


「友達なんて、いねー。いらねー」

「……」


 本当に、少女に寄る辺はなく。頼る人もなく。

 このままでは本当に、この公園で夜を明かすことになる。

 たぶん、今までも、ずっとそうだったのだろう。


「あの、それなら、僕の家に来ませんか?」


 だから、ヒロはそう言った。

 もうそれ以外に、選択肢はないと思ったから。

 しかし、当然、少女は反論する。


「行くわけねーだろ! 見ず知らずの男の家にほいほいついていくわけねーだろ! お前、わたしの身体狙ってんかよ! ロリコンかよ!」


 自分の見た目の幼さを自覚している少女の悲しい反論。


「そういうわけじゃないです。でも、行くところがないなら、しょうがないじゃないですか」

「だから、わたしにかまうなよ! あっち行けよ!」

「……というか、何歳なんですか?」

「……十五だよ!」

「じゃあ、同い年ですね。高校はどこですか?」

「言わねーよ! ああ、もう……!」


 おにぎりもサンドイッチも食べ終え、ジュースも飲んで栄養補給をした少女は、ブランコから立ち上がった。


「どこに行くんですか?」


 思わず、ヒロは立ち上がり、少女の手を掴んだ。

 その手は、驚くほど、小さくて華奢な手だった。


「――放せよ」

「……家に帰るなら、離します」

「だから、帰らねーって言ってんだろ」


 少女に怒りが生まれていくことに、ヒロは気付いていた。

 けれど、このまま手を放すわけにはいかず、どうしようか途方に暮れていると……。


「あっれーーー! やっぱ、咲希じゃん!!」

「こんなとこで何してんだ、お前www?」


 突然、どこか耳障りな声が響いた。

 見れば、柄の悪い風体のふたりの少女が、公園の入り口から入ってくるのが見えた。

 染めた髪も、なんだかよくわからない化粧も、着ている派手な服装も、全てが相手を威嚇しているような雰囲気。

 同じ年頃の少女がふたりとわかるも、その様子は明らかに普通じゃない。

 ヤンキー。

 そんな言葉が、自然に浮かんでくる。


「……お前ら」


 少女……咲希の知り合いらしく、咲希は表情を険しくした。


「いちゃつく声が聞こえると思ったけどさあ、なに、女じゃん」

「友達? 咲希、お前、友達いたの?」


 嘲るような言葉が、続く。

 ヒロはさすがに怖くなって、咲希に聞いた。


「あの、この人達は?」

「……」


 しかし、咲希は何も答えない。

 ただ、目の前のふたりの少女を睨み続ける。


「なあ、咲希。戻って来いよ、チームにさ」

「秋山さんも待ってるぜ? それとも、なに? 卒業リンチの続きやる?」

「……リンチって」


 リンチという言葉に、ヒロは昨日の光景を思い出す。

 傷だらけで、雨に打たれていた咲希の姿を。

 そのことで、さらに恐怖を感じるヒロの隣で、けれど、咲希ははっきりとした声で告げた。


「秋山さんに伝えとけ。わたしはもうあのチームには戻らない。あのチームには、わたしの居場所はないって」


 咲希は、はっきりと、自分の気持ちを口にした。

 それを聞いて、ふたりの少女はむしろ嬉しそうな笑みを浮かべた。


「は! ならさあ!」

「ここで昨日の続きをしてやんよ!」


 突然、ふたりの少女は襲い掛かってくる。

 拳を握りしめ、なんのためらいもなく殴りかかってくる気持ちが窺えた。

 その光景に怯えるヒロの隣で、咲希が、姿を消した。


「おらあ!」

「くたばれや!」


 繰り出される不良少女達の拳と蹴り。

 間合いを詰めた咲希は、身を捻ってその攻撃を躱す。


「くそ!」

「相変わらず、すばしっこいな、お前は!」


 その小さな体と低い身長を活かし、咲希は紙一重で攻撃を躱し続ける。

 いらだった不良少女達が焦って攻撃を繰り出すも、一度も当たらない。


「……」


 そんな非日常的な光景に、ヒロは言葉を失う。

 怖い。

 今すぐ、ここを離れたい。

 咲希が危ない。

 助けたい。

 ……そんな色んな感情を抱きながら……同時に、目の前の光景にドキドキしている自分もいた。


 それは、本物の喧嘩。

 相手を傷つけて勝利を目指す行為。

 普通なら絶対にしない危ないこと。

 けれど、咲希は、そんな危険な状況に果敢に立ち向かっていた。

 それも、相手の攻撃を一度も喰らわないまま、相手を翻弄し続けている。

 喧嘩慣れしている――そのことが、一目で窺えた。

 そんな咲希の姿を見ながら、よくわからない興奮が、ヒロの胸の中を駆け巡っていた。


「ぐあっ」

「ごはっ」


 そして、終わりはあっけなく訪れた。

 相手の隙を見つけた咲希は、その小さな拳を不良少女達の顎に炸裂させる。

 一瞬で意識を刈り取られた不良少女達は、公園の地面に横たわった。


「――はあ、はあ」


 咲希の勝利。

 けれど、とても疲れたのか。

 息を乱していた。


「咲希さん、大丈夫ですか?」


 思わず、咲希の名前を呼びながら、駆け寄る。

 咲希の足下にいる不良少女達は、完全に伸びていた。


「……咲希さんて、強いんですね」

「……別に、こいつらが弱いだけ。やばいのは、他の連中」


 そこで、ちらりと、咲希はヒロを見た。

 身長が低いので、見上げたと言った方が正しいか。


「これで、わかったろ?」

「……」

「わたしと関わってると、こういう目に遭うんだ」


 言い終えて、咲希はジャンパーに両手を突っ込んでその場を立ち去ろうとする。

 だから、ヒロは、今度は咲希の腕を掴んだ。


「待ってください」

「――」


 その行動は、意外だったのか。

 咲希は、驚いたようにヒロを見つめた。


「それなら、なおのこと、放っておけません。今夜は、僕の家に来てください」

「……あのさ」

「駄目です。もう、決まりです」

「っ、おい!」


 何か言いたげな咲希の言葉を遮り。

 強引に咲希の手をジャンパーのポケットから出して、握る。

 そうして、そのままヒロは歩き出した。


「……お前、本当になんなんだ」


 咲希の手を引きながら、ヒロはブランコのところまで戻る。

 そこには、さきほどの猫がまだいた。


「……よいしょ」


 まだ小さいその猫を、ヒロは空いている方の手で抱え上げる。


「――そいつも連れて行くのか?」

「はい」

「どうしてだよ?」

「飼うんですよ」

「――飼う?」

「はい」

「本気で言ってるのかよ? そんなに簡単に決めていいのかよ」

「実は、ずっと前から飼ってみたかったんです。猫」

「……猫を飼うのは大変なんだぞ」

「はい。だから、これからいろいろ勉強します」

「猫の治療代って高いんだぞ。ちゃんと払えるのかよ?」

「それは……」

「どうせ、親に甘えるんだろ?」

「……はい、そうですね」


 まだ学生であるヒロは、咲希の言葉が事実であることを認めるしかない。……それでも。


「だから、こういうことも含めて、将来、親孝行出来たらな、て思います」

「……屁理屈やろー」

「さあ、行きましょうか」


 ヒロは、片手に猫を、片手に少女の手を握って、歩き出す。


「……本当にわたしを家に連れて行く気かよ」

「はい。もちろんです。逃げないでくださいね? その場合、僕は一晩中、あなたを探す羽目になりますから」

「……はあ」


 とうとう、咲希は観念してしまったようだった。

 目の前の少年が何を言っても聞かないことは、ここまでの出来事でわかってしまっている。


「あ、そうだ。その前に」

「?」


 いったん、ヒロは咲希から手を放して、ポケットから取り出したスマホを操作した。

 そして、どこかへ電話をかけ始めた。


「……誰に電話してるんだよ?」

「警察です。この人達をこのままにはできないですから」

「! いや、こんな奴ら放っておけばいいだろ! その内、目を覚ますよ!」

「そういうわけには、いかないです。こんな夜の公園で倒れていて、何かあったら大変じゃないですか」

「……どこまでお人好しなんだよ、お前」


 そうして、警察に不良少女ふたりを保護してもらった後、ヒロは猫と咲希の手を引いて、家へ帰った。


 咲希は、大人しくヒロの後ろをついて歩いた。

 もう手を離したもいいかなと思ったけれど、離した瞬間、逃げられる気もしたので、ヒロは、ずっと咲希の手を握ったままでいた。

 少なくとも、咲希がいやがるまでは、手を繋いだままでいようと思った。


「……なあ、お前さ」


 歩いている途中、ぽつりと咲希が口を開いた。


「……なんですか?」

「どうして、ずっと敬語のままなんだよ。タメだろ?」

「子供の頃からずっとこの口調なんです、僕」

「……やっぱ、変な奴」


 ふたりと猫は、夜の世界を歩き続ける。


 ――空には、綺麗な月が浮かんでいた。

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