一章…023 【崩御】
「たった数日前の出来事だ。ジキルがこの国に現れたせいで、弔いもろくに出来ずにいた…」
クロニクルの王がすでに崩御していたのだとの告知を受ける。
エクスダッシュの王とは親しい間柄であるとルクは自負していただけに、フレリッドの差し出した言葉に納得がいかない。
「いま、なんと仰いましたか、フレリッドどの?」
ルクが自分の耳を疑いながら、フレリッドに問う。
フレリッドは同じセリフを低い声で復唱した。
重大な事柄を口にするのは気が引けるのか、フレリッドの口調は陽が影を落とすように暗かった。
「バカなこと言うもんじゃありません……なんで賢者さんがそんな重要なことを知っているんすか? 国家の一大事じゃないっすか」
まさしく国の一大事。
軽い口調ではないものの、城主不在と言わず。
それをこの場にて明かすのはなぜか。
「どういうことか、そろそろ聞かせてはもらえませんかの、フレリッドどの」
ルクが詰め寄った。
「良かろう。遅かれ早かれ周知されるだろう。私は──クロニクルの王であるプレリュド王の嫡男なのです」
「なんだってー! それじゃあ、王子ってことっすか!?」
「なんと!」
クロニクルの王子を名乗る。
王子なら王子だと手短に明かせただろうに、と。
バキは、そうとは知らずに軽口を叩いていたことを嘆いてみせた。
「そういうことは出会ったときに言ってくださいよぉぉお!」
フレリッドの足元に崩れるバキがすでにいる。
相手がそのように名乗っただけである。まだ決まったわけでもないのに。
ルクもその名を聞いただけではピンと来なかったことを漏らす。
「ルク…? 王子様だなんて…き、聞いてないよ!?」
「わしだっていま知った。ゆるせ、バキよ」
今しがたフレリッドに詰め寄ったルクだが。バキがなにか弱音を吐くのにルクの身体をグイグイと引き離した。こっちへ来いと言わんばかりだ。
「おい、一国の王族に例の能力を奮っちまったんだぞっ! 歴史にひずみが生じたりしないだろうな? 俺はこの若い身空で指を詰めたくはない……うわわああぁーーん。どうしてくれるんだよぉ、おっさんっ!!」
バキはルクの耳元に詰めて、グズグズ言い始めた。
なにやら慌てた様子のふたり。
彼が王子でなにか不都合が生じるのか。
「承諾を得てくれー! 不問に伏してくれ! 頼む、ルクの図々しい馬力で…」
「図々しいは余計じゃ」
「神々しい……と言おうとした…」
「わしはお前さんと違い、けったいな能力は持っておらんがな。まあ早くお家に帰りたい一心でチカラを借りてしまったがの」
「新婚ほやほやの新居におっさん一人で返してなるものか…ぐぬぬ…(おっさんの家庭も崩御しろぉ…ぶつぶつ)」
ルクのまとうローブを千切れんばかりに爪を立てて鷲掴みにして。
なにやら揉め始めた。
「たしかにチカラを使用できる範囲から王族を除外せよ、との王命ではあるが。相手が名乗らなかったのじゃし、緊急事態じゃからの。だいじょうぶじゃ……このお方にも礼を尽くせばな」
「お、俺たち緊急討伐剣士だもんな。今回だけはその権限に入れといてくれよな」
「なーに。バキもわしも間違ってはおらぬ、ここはわしに任せておけ」
なるほど。バキの能力は高貴な者に使用してはならない約束がなされていたのか。
それであの時、承諾の確認を尋ねていたのか。
人間に対して使用するのに神経を砕かねばならない能力のようだ。
それも王命であるなら臆しても仕方のないことだ。
厳罰が怖くてルクに言い寄っていたのだな。
結果、ふたりでフレリッド王子に礼を尽くすということになった。
少しの間、ふたりでゴソゴソとしたがフレリッドは暗い顔で落胆している様子だった。
どうやら人のことなどに興味を示せる心境ではないようだ。
バキの嘆きを押しのけてルクは再び、思いをこぼす。
「はて、王子はずいぶん昔に旅に出た切りだと聞いている。わしも詳細は知らぬが、一向にお戻りにならないため、【死】さえ語り継がれていたほどじゃ…」
王同士は懇意にしている間柄なのに、その名前すら耳に届いていない。
ルクは王の側近ということであったが。
驚きの表情は隠し切れない。
「でも、あの怪物の討伐のあとじゃし。あなた様がでたらめを言っているとは考えませんが。…にしても討伐隊ではなく、王子自ら剣を抜かれるとは…」
ルクは彼の文言を信じようというのだ。
「うん、うん。王族がどんなにお強くとも、国家の部隊には将軍がいるはずだし。戦はそちらに任せるのが筋道ですよ」
ルクの疑問符をバキがそっとなぞった。
フレリッドが口を開く。
「討伐隊は町に現れた奴の対処に追われ、多くは負傷してしまったのだ。近衛兵まで出兵しては城内を留守にしてしまう。腕に覚えがある私が行くと、即断せざるを得なかったのだ」
驚きはすれど、王子と判明しても、ルクは淡々と言葉を投げつづける。
「プレリュド王が崩御なされたなら、世継ぎはあなた様でしょう、フレリッドどの」
「おいおい、次の王様に対して『どの』呼ばわりはないんじゃないか、ルク! そして気持ちの切り替えが早いな。まるで、ひとごとかよ」
「安心せい。敬意は払っておるがな」
バキが柄にもなく態度を改めているのに、ルクがいつもの調子でいるから、バキがルクを叱責しようとしたのだ。
「世継ぎの話はしないでくれっ!」
フレリッドは世継ぎの件に拒絶反応を示した。
ルクはそっと励ました。
「弱きになってはいけませんぞ。父上様が逝かれたばかりで心中揺らぐ気持ちはわかりますが…」
「そうだとも! あの怪物はもう死んだわけだし。なにも心配することなんて、ないない。フレリッドさんは国を救った英雄ですよ。さあ、張り切ってお城へ戻りましょう。お供しますよ」
「うむ。そうじゃとも、英雄じゃ! 大手柄でしたな」
褒めたたえるバキとルクはもう普段通りのコンビに。
「やめてくれっ! なにが英雄なもんか! 私は…私には…到底……国王になる資格なんてないんだっ!」
謙遜や自信がないといった意味ではなさそうだ。
突然、大声を出してその功績や資格を大きく否定した。
「ここなのか」、という思いでルクは彼を横目にみた。
「ずっと腑に落ちない部分ではあった。あなた様は此度の一件の引き金を引いたのがご自身であるような物言いをされてきた…」
フレリッド。
ゲート・オブ・クロニクル国の王子。
そう告白した彼に。
ルクは彼がいう、世継ぎに相応しくない理由をこの場で迫るつもりだろう。
この場でなくて、城に返してからでは事情聴取はできなくなると踏んでいるからだ。
バキも自分も間違った選択をしていないと言った。
王族に奮ってはいけない禁も、打開してみせるという強気の瞳をキラリとみせた。




