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宝剣道中  作者: 紫神川悠
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第三章 隻眼道士 壱

「まったく。驚いちまったよ、タイコウ」


 開口一番。行商人リブンの妻、リヨウの言葉はそれだった。


 ここはカリュウの町の警備隊詰め所。その一角に設けられた面会用の部屋だ。


「すみません。ごめんなさい、リヨウさん。ご迷惑をおかけしてしまって」


 対するタイコウは、慣れない周囲の雰囲気にすっかり萎縮している。面会に来たリヨウに対しても、ただひたすら平謝りする有り様。


 飯店で大喧嘩をしたタイコウと隻眼の青年は駆けつけた警備隊に取り押さえられ、二人ともこの詰め所の牢屋の中で一晩反省させられることになったのだった。ちなみに、途中まで彼等の喧嘩の相手をしていた男達は、見事なまでの被害者面をして警備隊に開放されている。


「その言葉は、私じゃなくリホウに言ってあげとくれよ。あの子も相当心配してたんだから。それと飯店にも謝んないとねぇ」


 それを聞いて、タイコウはさらに落ち込む。


 飯店での騒ぎで壊れた物の弁償。迷惑料。どうやって払ったものか……。


「それにしても、休憩から帰ってこないし、逃げたにしては大事な刀は置いたままだし、気になりだしたと思ったら飯店で騒ぎが起きたって言うじゃないか。私達はタイコウが巻き込まれたんじゃないかって心配してたんだよ。そしたら、騒ぎの当人がアンタだってんだから、そりゃあもう驚いたのなんの。あ、タイコウ。怪我とかはしてないかい?」


「それは大丈夫です。少し打ち身がありますけど、痛みもほとんど感じないし」


 タイコウの様子に「そりゃ何よりだ」と安堵の表情を見せるリヨウ。


 むしろ、タイコウ自身が心配なのは隻眼の青年の方だった。彼の背後にいた虎の化け物が只者ではないというのは、魯智も警告していた。


 だが、その破邪の錫杖魯智も飯店での乱闘騒ぎの時に警備隊に取り上げられ、あの化け物を追い払うどころか、その姿を見ることすら叶わない。


 今は只、青年の無事を祈るばかり。


「どうしたい、タイコウ。やっぱりどこか痛めたかい?」


 黙りこんでいたタイコウが声に顔を上げると、リヨウが心配そうにこちらを見ている。


(ここで悩んだところでどうにもならない。今は彼の無事を祈ろう)


 タイコウはそう割り切ると、リヨウに軽く微笑んで首を振って見せた。


「本当に大丈夫ですよ。問題ありません。でも、今夜一晩はここの牢で大人しくするように言われてしまって……。だから、今日はもう店の手伝いはできそうもないんです」


「ああ、それは気にしなくていいよ。タイコウの客引きが良かったおかげで、今日はかなり稼げたしね。明日は少し場所を変えて店を開こうかと思ってんだけど……明日には出てこれるんだろう?」


「え、ええ。何事も無ければ」


「知らない町だ。どこで店を開くか言ってもわからないだろうから、明日朝一番にタイコウを迎えに来てあげるよ。明日もアンタの名演技に期待してるからね」


 よほど儲けが良かったのか、リヨウはニシシと笑みをこぼしている。


 彼女の調子にタイコウはやや狼狽した。


 助けてもらった恩はあるものの、タイコウには師匠オウシュウの刀、雪割りを首都に運ぶという役目がある。のんびりもしていられない。何より、あの客引きは寿命が縮まるので、明日はもう勘弁してほしい。


「いや、あの、実は……」


 明日旅立つ旨を話そうと口を開くタイコウをよそに、リヨウは椅子から腰を上げる。


「悪いけど、もう行くね。明日のためにいろいろとやっておく事もあるから」


「え? あ、ちょっと」


「心配しなくてもあの刀……カチ割りだったかい? カチ割りはちゃーんと大事に置いてあるよ。盗まれるなんてヘマはしないから安心おし。それじゃ、また明日ね」


 彼女の勢いに押されて口をはさめないタイコウ。リヨウは言うだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。


「雪割りなんですけど……」


 唯一やっと出てきたその一言が、リヨウの出て行った部屋でポツリと洩れた。


(明日迎えに来てくれた時に話すか……)


「さあ、戻れ」


 溜息をつくタイコウ。監視役の兵士に連れられて再び牢屋へと歩きだした。




「だーかーら! あいつらも共犯だって言ってんだろうが! なんで俺とあいつだけ牢屋に放り込むんだよ!」


 牢屋は詰め所の奥にいくつか据え付けられている。その一室から放たれる若く気迫に満ちた青年の声が、牢屋の通路に響いてきた。


 歩みを緩めて声のした方に視線を向けると、そこにいるのは件の隻眼の青年。


「何を言うか。おまえらが暴れたせいで巻き添えを食っただけなんだろうが」


「なんであいつらの話を聞いて、俺の話を聞かねぇんだよ! 被害者面してたあの男が一番最初に喧嘩をふっかけたんだぞ!」


「わかったわかった。あとで聞いてやる」


「あ! その、おざなりな返事。アンタ絶対聞く気無いだろ! ヤだねぇ、何食わぬ顔して平気でウソをつけるヤツってのは」


「はいはい、文句はそれぐらいにしておくように。あまり騒々しいと大人しくなるまで出してやらんぞ」


 言って警備の兵士は彼のいる牢屋を離れる。


(良かった。まだ生きてる)


「おい、早く歩け」


 知らず知らずのうちに、タイコウは足を止めてしまっていたらしい。監視役の兵士に背中を押されてタイコウは再び歩き出した。


(無事だったんだ……)


 そう安堵する反面、タイコウの頭には疑問も浮かび上がっていた。


 あの気迫に溢れた虎の化け物が得物を前に襲わないのはなぜろう? 目標を彼から別の人物に変えたのだろうか? そうだとしたら、警備隊になんらかの情報が入ってきても不思議ではない。


 今の状態で考えてみても何も結論は出ない。そう思いはしても疑問は留まらない。


「あの、僕の持っていた錫杖は……?」


 たまらず兵士に尋ねる。


「あれは一晩牢の中で大人しく反省したら、ちゃんと返してやる」


 いかにもな解答にタイコウは溜息をつき、魯智を取り上げられた時の話を思い出す。


 錫杖を取り上げた警備兵の数名。鍛冶屋見習のタイコウと錫杖の共通点を見出せず、錫杖が価値の有る物ではないかと話し込んでいた。


「本当に返してもらえるんですよね」


「くどいぞ。余計な心配するな」


 抑揚の無い兵士の言葉にタイコウの不安感はさらに増した。


 見る事の出来ない虎の化け物の行方、魯智の安否、騒ぎを起こした飯店の弁償。タイコウの不安要素は溢れつづけ、溜息と一緒にこぼれていく。


「あれ?」


 何度目かの溜息をついたタイコウが異変に気がついて立ち止まった。


「なんだ?」


 続いてタイコウについていた兵士も足を止める。


 リヨウとの面会前まで彼の入っていた牢屋の中に、別の者が入っているではないか。


(……相部屋ってこと?)


「こっちだ」


 首を傾げるタイコウの腕を引いて兵士は別の牢屋へと移動を始めた。


 そして行き着いた先は……。


「入れ」


 淡々と言われて入った新たな牢屋。牢屋そのものは先ほどまでいた所と大差無い。問題はその正面の牢。


 その牢に入っている男は、こちらを見てあからさまに嫌な顔をした。


 恐らく今、カリュウの町で一番タイコウを嫌っているであろう男。飯店で喧嘩をした隻眼の青年だ。


「あ、あの。この牢は……」


 正直言って、居心地の悪い視線だ。タイコウは兵士に救いを求めるように声をかけてみるが……。


「おまえは自分の要望が聞き入れられる状態だと思っているのか? どうせ何も無ければ一晩の事だ。下手に騒ぎを起こさず大人しくしていろ」


 そう釘を刺されると、タイコウのいた牢屋に別の罪人を入れた警備隊の失敗も問いただしにくい。


(苦行だ、これは……)


 なおも痛い視線を飛ばしている青年と、なるべく目を合わさないように座る。


 隻眼の青年はしばらくタイコウを見据えていたが、やがて溜息つきつつ寝転がる。


「あーあ、ついてねぇ。全く、まーったく、ついてねぇな」


 壁といわず格子といわずガンガンと蹴りながら愚痴る。


「その……ごめんなさい」


 しばらく黙っていたタイコウだが、彼の様子に耐えかねて口を開いた。


「謝って許してもらえるなら、こんなところに押し込まれねぇってんだ」


 青年はタイコウを見もせずぼやく。


「その……楽観的かもしれないけど、一晩大人しくしていれば出してもらえるわけだし。一晩だけ我慢しようよ」


 タイコウが青年を宥めるように言うと青年は彼を睨みつけた。


「ったく、呑気なもんだな。おまえが俺の事を襲ってきさえしなかったら、あいつらとの喧嘩のドサクサで食い逃げする計画も潰れずに済んだんだ」


 食い逃げはどうかと思うが絡まれたところを助けてもらい、目標こそ違えど青年に襲いかかった事は事実。タイコウは反論する事も無く「すみません」と頭を下げた。


「それにしても、無事で良かった」


 安心したように微笑んで、牢屋の格子越しに青年を見るタイコウ。その穏やかな表情に青年は毒気を抜かれた気分になり、深く溜息をつく。


「おまえなぁ。自分で襲いかかっといて無事で良かったは無いだろう」


「本当にすまないことをしたと思ってるよ。でも、キミを狙ったわけじゃないってことは信じてほしいんだ。キミの後ろに化け物がいたものだから、つい……」


「ハッ、何を言い出すかと思えば。首都のコウランじゃあるまいし、こんな町中に妖魔が出てくるわけないだろ? もし妖魔が出てきたら、あの店は俺達が暴れた以上に混乱してたさ。違うかい? だいたい、警備隊も妖魔を相手にしなくちゃならなくなる。俺達をこんなジメジメした所に放り込んでる暇だって当然無かっただろうよ」


 青年はもっともな解答でタイコウの心配を笑い飛ばす。


「それは、そうなんだけど……でも、本当にいたんだよ。キミが着ているような鎧を身に付けた朱の毛色をした虎の化け物が」


 タイコウを心底バカにした顔をしていた青年だったが、彼の言葉に表情を曇らせた。


「……誰から聞いた?」


「え? どういうこと?」


 先ほどの恨めしそうな視線とは異なる鋭い視線で、タイコウを睨みつける隻眼の青年。問いの意味がわからず、タイコウは問い返していた。



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