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宝剣道中  作者: 紫神川悠
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第二章 万事喧騒 参

 彼の一言は男を怒りの絶頂へ導くに充分な効果があった。


「このガキ、ぶっ殺す!」


 胸倉を掴む手に一掃の力が込めらて咳きこむタイコウに向けて、男が拳を振り上げる。


 殴り飛ばされたタイコウが周囲の机を倒して乗っていた料理が舞う。続いて客達の間からどよめき、悲鳴。店内にいた者のほとんどがそれを予想し、その光景を見たくないと反射的に目を閉じ、顔をそむける。


 しかし、その惨事は起きなかった。


「なんだ? 離せよ。こいつの知り合いか?」


 胸倉を掴んでいる男の言葉を聞いて、タイコウは閉じていた目を恐る恐る開いてみる。


 絡んできた男の拳はタイコウの目の前で止められている。無論、男の意思で止めたわけでなく、第三者の手によって、だ。


「いーんや、全くの初対面なんだけどな」


 男の腕を掴んでいる青年は、威圧するように睨んでいる男に怯える事無く答えた。


 身なりは軽装の鎧とでも例えればよいのだろうか。背はタイコウよりやや高め。下ろせば肩ほどまであるであろう黒髪を、後ろ頭で無造作に束ねている。右目に傷を持つ隻眼の青年の顔からは、不遜とも呼べそうな自信が溢れていた。


「この兄さんもアンタの事睨んでたってわけじゃなし、不快にさせた事については謝ってもいるんだ。もし仮に睨んでたとしても、アンタだってさっきからこの兄さん散々睨みつけてんだからアイコだろ? それを殴ろうってのは、いただけないんじゃねぇの?」


 その言葉で男の視線に殺気が増す。


 完全に男の注目が青年へと向けられ、ようやくタイコウは締め付けられていた手から開放された。いや、押しのけられたような形になり、そのままドサリと椅子に着く。


「あの、二人共、ここは穏便に……」


 なんとかこの場の収拾を計ろうとするタイコウではあったが、目の前の二人は全く聞いていない。


「見ず知らずの男を助けた後は説教か。随分と立派なお兄さんじゃねぇか」


「アンタと違って育ちがいいんでね」


 直接睨まれていないタイコウの方が逃げたくなるほどの殺気に満ちた男。彼を前にして、隻眼の青年は涼しい顔で軽く言い返す。


「育ちがいいだぁ? ハッ、喧嘩の売り方も教育係に躾られましたってか?」


「アンタは買い方も教えてもらえなかったのか? 可哀想な話だなぁ」


 明らかに挑発した口調、明らかに挑発するために作られた同情の表情。


 タイコウはまた面倒に巻き込まれると、深々と溜息をついた。


「ガキが! 喧嘩の代金だ。釣りはテメェにくれてやる!」


 そう言いきるより早く、男は青年に向かって拳を突き出していた。


 だが、男が殴りかかるのがわかっていたかのように、青年はその拳をヒョイとかわしつつ踏み込んだ男の足を軽く払う。


「なっ……! うおっ!」


 力任せに打ち出した拳。バランスを崩して上半身を支えきれなくなった足。


 男は勢い余って、近くのテーブルへと音を立てて突っ込んだ。


「そんなはした金で足りると思ってんのかねぇ」


 倒れる男に向かって高笑いしながら青年は尚も挑発する。


「このクソガキ!」


 そう叫んで立ち上がってきたのは男の仲間達。そして、これからこの店で起きるであろう大喧嘩の巻き添えを食いたくない一般客が、ワンテンポ遅れて立ち上がる。


「あれまあ、ボンクラ供が揃いも揃って……」


「ちょ、ちょっとお兄さん。そうやって挑発しないでよ!」


 男達に聞こえるような音量で独り言をいう青年。タイコウは慌てて立ち上がると彼を嗜める。


「助けてもらったことは感謝しています。感謝していますけど、これ以上状況を悪くしたら……」


「悪りぃね。もう充分状況悪くなってるから」


「あなたが悪くして……って、ウワワ!」


 隻眼の青年は、タイコウの肩を軽くトンと押した。


 軽い仕草にしては抗い難い力。タイコウが再び椅子に押し戻されるように座り込むと、男達の投げた酒瓶が彼の頭上を飛び越えた。


 殴りかかってきた男二人の拳を、青年は無造作に捌きつつ一人を蹴り飛ばす。もう一人の男が放った蹴りは片腕で抱えるように捕まえて、軸足を払って倒す。


「おまえさんも、巻き添え食う前に逃げておいたらどうだ?」


 男供のあしらいが一段落したところで、青年は逃げ惑う客がいる出入り口を指差してタイコウに言った。


 確かにその体捌きを見れば、彼一人で男達の攻勢をしのぎきれそうだが……。


「そうしたいのは山々ですけど、元はと言えば僕が起こした騒ぎです。あなた一人置いて逃げられるわけないでしょ!」


 青年の背後。男が両手に持った椅子を振り上げているのを見つけると、タイコウはその男に突進して腰元に組み付いた。


「ひゅー、勇敢だぁね」


 タイコウを感心したように眺める青年。目標をタイコウに変えて振り下ろされた椅子を青年は掴み、男の後頭部に鋭い蹴りを放つ。


 青年の蹴りで気絶した男がその場に崩れ落ちると、男の腰に掴まっていたタイコウも一緒になって倒されて、そのまま男の下敷きになった。


「このガキ供、もう殺す!」


 男達が自分の席に置いていた各々の武器を掴む。


「ちょいちょい。ただの喧嘩にそんな物騒な物を出してくるかよ」


 これには隻眼の青年も少し慌てたらしく抗議の声を上げる。


 だが、もちろんそんな抗議が聞き入れられはしない。男達は武器を振り上げて青年に襲い掛かってくる。


「チッ! しょうがねぇ。少し本気出すぜ!」


 突き出された槍を手刀で打ち払い振り下ろされる剣をかわすと、もう一人攻勢に出ようとした男の懐に飛び込み肘打を入れる。


 強い。


 気絶した男の下から這い出たタイコウは、青年の体捌きに少し見入ってしまった。


「……っと、こうしちゃいられない」


 いくらこの青年が強いと言っても一人で、しかも素手で武器を持った多人数というのは不利だろう。


 喧嘩は苦手だが、助けてもらっておいて見ているだけというわけにもいかない。


 タイコウは青年に加勢すべく謎の老人鉄冠子から受け取った錫杖、魯智を掴んだ。


「え?」


 魯智を掴んだ瞬間、タイコウは自分の体を襲う悪寒に思わず驚きの声を上げた。


 目の前で繰り広げられる光景。男達と青年の大乱闘の中に人ではない者の姿が映る。


 着ている衣装は、どこか隻眼の青年が着ている物に似た種類の鎧。その鎧を着ているのは虎。朱色の艶やかな毛並みを持つ人型の虎から、噴き出ている気配は……。


(妖気! 樹木子が出していたやつだ!)


 その虎が青年の背後で牙を剥き、爪を煌めかせている。


「危ない!」


 タイコウは叫び、青年に迫る虎の化け物めがけて魯智を突き出した。


「のわっ!」


 思わぬ人物からの攻撃に、青年は慌てて錫杖を払いのける。


「何すんだ! 俺はテメェまで敵に回した憶えはねぇぞ!」


「動かないで! 襲われたくなかったら!」


「だったらテメェが動くな! 襲うな!」


「動かないで静観していたら、あなたが殺されてしまう!」


「テメェがその杖振り回してるほうが、よっぽど危ねぇんだよ!」


 袈裟懸けに振り下ろされる魯智の一撃を、手甲で受け止めた青年。その隻眼でタイコウを睨みつけながら蹴りを放つと、タイコウは魯智の指示を受けて錫杖で蹴りを防ぐ。


「ガキ供が!」


「叩っ切ってやる!」


 タイコウと隻眼の青年。双方の背後に立って男達が武器を振り上げる。


「邪魔しないで!」


「すっこんでろ!」


 怒鳴り声と同時にタイコウを襲った男は錫杖で突き飛ばされ、青年を襲った男は殴り飛ばされた。


「わけわかんねぇが、そっちが売るってんなら、この喧嘩買ったろうじゃねぇか!」


「違うよ、そうじゃないんだって!」


 タイコウの呼ぶ声は青年には届かない。その青年の背後で、虎が吼えるように大きく口を開けた。


「伏せて!」


 タイコウは叫び、今にも青年に噛み付こうと口を開く虎に向かって、もう一度錫杖を突き出す。だが、青年はその警告を聞き入れず突き出された錫杖を弾いた。


「これのどこが……」


 青年は呟きつつ、タイコウが引くより早く錫杖を掴み取ると間合いを詰める。


「喧嘩売ってねぇってんだ!」


 怒声とともに繰り出された青年の拳はタイコウの胸を突き、勢い良く飛ばされたタイコウが椅子やテーブルを弾き飛ばす。


(聞いてくれない。飛び込めばあの人が邪魔をしてしまう)


 衝撃に咳き込みつつ青年と朱色の虎を見据える。


(……やるか)


 タイコウは、震える手で錫杖の先を真っ直ぐ虎に向けた。


「天を駆けるもの。地を巡るもの。そのもの何処より湧き出で。何処へと流れ行かん」


 隻眼の青年はタイコウの口上を聞き、少し困惑の表情を浮かべる。だが、その言葉が持つ力に感付くとタイコウを止めにかかった。


「させるか!」


「我が身、我が内流るるもの。集いてかの先に赴かん。我が意思はかの地を指さん……」


 後は最後の一言を言うだけ。


 そう思った瞬間、タイコウの横腹を鈍い痛みが走った。


「え?」


 横へ移動していく風景。その視界の中、青年もまたタイコウと同じように横へと動いている。唯一違うのは、青年はタイコウを見ておらず飛ぶ前にいた方を見て舌打ちしていることだ。


(僕のいた場所……?)


 横を見た瞬間、タイコウの視界に鉄製の何かが映る。


 その何かが警備隊の持つ刺股だと気が付いたのは、警備隊に押さえつけられた直後のことだった。



~次回予告、リクスウ語り~


ついてねぇ。全く、まーったくついてねぇ。

飯店での喧嘩の仲裁に入った俺はタイコウ共々役人に捕まって檻の中。

虎の相を持つ霊が見えるなんぞとぬかして、なんでアイツはコイツが見えるんだ?

お互いコウランへの旅の途中ってことで共に行こうと約束する俺達を妖魔が襲う。

次から次へと湧いて出る妖魔達に流石の俺も素手ではちょいとキツイな……。

何? タイコウ、俺が使えそうな武器があるって?



旅は道連れ世は情け。二人仲良く檻の中。

突如現る妖魔の群に、やる気は有るが武器は無し。

頼みの刀は今何処。


次回『第三章 隻眼道士』に乞うご期待!

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