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宝剣道中  作者: 紫神川悠
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第二章 万事喧騒 弐

 カリュウに辿り着き、店を開く準備をするまでは良かった。そこまでは、大きな問題は無かったし、店の手伝いも結構できていたとタイコウは思った。


 そこまでは、だ。リホウの手伝いをするまでは。


「うひゃぁぁぁぁっ!」


 主要都市に比べれば幾分劣るとはいえ、なかなかに栄えているカリュウの町。その町の一角に、青年の間の抜けた情けない悲鳴が響き渡った。


「おひょぉぉぉぉっ!」


 少し間を空けてまた一声。


 声の主、タイコウは怯えきった顔で半泣きになっていた。


「あひぃぃぃぃぃっ!」


 またもや一声。


 タイコウも、何も好き好んでこんな悲鳴をあげているわけではない。あげずにいられるならあげたくはない。でも、悲鳴をあげずにはいられない。


「もうダメ。許して、リホウ」


 涙ながらに頼むタイコウだったが、そのリホウは……。


「ダーメ! まだ、あと二つ残ってるよぉ」


 聞いてくれない。少女は無邪気に微笑んだままタイコウを開放しない。


 ならばリホウの両親にと、懇願の表情を向けてみるが……。


「あーダメダメ、タイコウ。いきなり頭動かしちゃダメだよ」


「いい調子だ、タイコウ。いやー、おまえさんのおかげで客の集まりがいいぜ」


 当然、聞いてくれない。


 怖い目に合うというのなら逃げればよいではないかと言わないであげて欲しい。タイコウも逃げたいのだが、逃げられないのだ。


 両手両足、それに胴を縛る荒縄。タイコウは十字に組まれた柱に磔にされていた。


「お褒めにあずかり光栄です、リブンさん。これだけお客さんが集まったんだし、これで終わりってことには……」


 もう一度、ダメ元で聞いてみる。


「ならんよなぁ」


「ですよねぇ」


 イタズラっぽい笑みを浮かべて返すリブンに、タイコウは諦めたように弱い笑みを浮かべた。


「おニーちゃ。おしゃべりダメだよー。動くと刺さっちゃう」


 抗議の声をあげる顔にもどこか愛嬌のあるリホウ。その可愛さとはかけ離れた冷たく鋭利なモノが、少女の手には握られている。


 リホウの客寄せ方法。それは曲芸。特に得意なのが投擲。


 タイコウの両手両肩、頭に乗せられた果実のうち、すでに三個がリホウの投げた匕首によって落とされてタイコウの足元に転がっている。


「とりゃっ!」


「いひぃぃぃぃぃっ!」


 気合一閃。リホウの投げた匕首は、陽光に煌めきながら虚空を駆け抜け、タイコウの右肩に乗った果実を打ち落とした。それと同時に、周囲の見物客から拍手と歓声が上がる。


「絶好調だよ、リホウ。その調子で最後まで頑張って」


「あい!」


 母親リヨウに褒められて、満面の笑顔を浮かべるリホウ。


「よく我慢してるぞ、タイコウ。あと一個だから辛抱してくれ」


「はぁ……」


 父親リブンに励まされて、悲壮な顔で重い溜息をつくタイコウ。


(まあ、四つとも綺麗に命中させているわけだし、大丈夫だとは思うんだけど)


 ようやくリホウの投擲の腕前を信じかけてきた彼だったが、リホウが持ち出してきた桶を見て信用は不信に変わった。


「リホウ……それは?」


 尋ねるタイコウの目の前で、リホウは桶を抱え上げると頭にすっぽりとかぶる。


「目隠しだよ」


 そうタイコウに答えるリホウ。その顔がタイコウのいる方向から少しずれているあたりが、不信感を膨れ上がらせる。


「リブンさん、これは辞めておいたほうがいいんじゃないかなー、なんて」


「大丈夫だって。俺もよく的役はやるが、間違って当たっちまった事はほとんど無い」


「……ほとんど?」


「……あ」


「あ、じゃないですよ! リブンさんも刺された事あるんじゃないですか! 僕、痛いのとかは得意じゃないですよ!」


 抗議の声を上げるタイコウの目の前では、リブンの後ろ頭をはたくリヨウといういいかげん見慣れてきた光景が展開している。


「タイコウを怯えさせるんじゃないよ。あれはアンタがクシャミしたり、アクビしたりして的をずらしたからいけなかったんでしょうが! リホウはちゃーんと的に向けて投げていたんだからね」


「おニーちゃ、大丈夫だよ。ここはアタシにどーんと任せて」


 胸元をドンと叩きつつ頼もしい事を言ってくれるリホウだが、明後日の方角を向いて言われてはそれも半減というものである。


「リブンさん、リヨウさん、なんとかしてくださいよ。命を助けてもらった恩義はありますけど、その助けられた相手に刺し殺されたなんてことになったら……」


 タイコウの泣き言は接客中の二人の耳には届かない。


「リホウ。やっぱりヤメにしない?」


「いっくよー、おニーちゃ」


 タイコウの言葉に耳を貸さず、匕首を投げる構えをとるリホウ。


「三人とも、僕の話を聞いてよ!」


 叫びも虚しく響くだけだった。リホウは先ほど投げた時よりも大きく振りかぶると、タイコウめがけて匕首を打ち出した。


「てやっ!」


「ひぃあぁぁぁぁっ!」


 今度の悲鳴が、先程までのそれより大きく町に響き渡る。


(ああ、そうだ。僕は首都のコウランまでオウシュウ先生の作った雪割りを持っていかなければいけなかったんだ。それが、なんで少女の投げる匕首の的になっているんだ? ひょっとしたら、或いは僕の旅はここで終わってしまうのか。ああ、僕の人生ってこんな呆気ない幕引きなのか。これでいいのか、僕?)


 反射的に目をつぶってしまっていたタイコウ。彼が目を閉じていろいろと考えているうちに、頭の上にあった重みが消えた。


 リホウの投げた匕首がタイコウの頭上の果実に命中し、勢い余って果実を跳ね飛ばしたのだ。


 タイコウがそれに気がついたのは、彼の背後に果実が転がり周囲の観客から拍手と歓声が沸き起こってからのことだった。


「大成功だよ、おニーちゃ!」


 桶を上げて満面の笑みを浮かべるリホウに対して、力無く笑って見せる。


「助……かったー……」


 置いた桶の上に乗って観客に手を振って答えている少女を見ながら、タイコウは深く安堵の息をついた。全身を脱力感が襲う。体を縛られていなかったら、そのまま地面にへたり込んでいるはずだ。


「よーし、上出来だぞ、タイコウ」


「僕は突っ立っていただけですよ」


 接客の合間を見計らってやってきたリブンにタイコウが答えると、リブンは大げさに首を横に振った。


「何言ってんだ。おまえさんの迫真の演技のおかげで、大いに盛り上がったじゃないか」


 リブンはそう言うと、青年の腕と柱を縛っていた荒縄を外しにかかった。


 迫真の演技? 悲鳴や泣き言のことを言っているのか?


(なにからなにまで本音だったんだけどなぁ)


 そう訂正する気力もなく溜息をつく。


「さて、もう一仕事。品出しの方を手伝……えそうにもないな」


 縛り上げた両腕を開放され、その場に腰を落とすタイコウの様子を見てリブンが苦笑いした。


「少し休憩していてくれ、タイコウ。少し早いが昼飯にするといい」


「そうさせてもらいます」


 リブンの提案に素直に返事を返すと、彼は店の方に戻っていった。


(こういう仕事は、もう少し内容を確かめてからやるようにしよう)


 反省しつつ立ち上がろうとしたタイコウだったが、異変に気がついてもう一度その場に座り込んだ。


 情けないことだが膝が笑っているし、腰も抜けている。


 リヨウたちのいる店先へノソノソと這うようにして進むと、店の端に置いていた魯智を掴む。


 先ほどまで的になっていた緊張のせいか、はたまたこのカリュウの町の乾いた空気のせいか、タイコウは喉が渇いていた。


(何か飲み物を……)


 錫杖にもたれるようにして立ち上がると、ヨタヨタと飲食店が立つ方向へ歩き出す。


 飲食店はリブン達が店を開いている広場から、大通りに入って三軒目。大した距離では無いが、タイコウの重い足取りには随分遠く感じられた。


(リヨウさんに水飴でも貰っておけば、少しは喉の渇きもマシだったか)


 店の前まで来てからふとそんな事も考えたが、ここまで来ておいて今更水飴を貰いにリブン達の元に戻るのはバカな考えだろう。


 戸を開けて中に入る。昼食にはまだ早い時間だったおかげか、店内の客はまばらだ。タイコウは適当な席について昼食を注文した。


(リブンさん達には悪いけど、明日にでもカリュウを発とう。コウランまではまだまだ遠いし、先を急いだ方がいい)


 出された水を飲み干して一息つくと、中空を見据えて思った。


 見据えた方角に、コウランがあったのかどうかという細かい詮索はよそう。すぐにそれどころではなくなる。少なくとも、見据えた先にガラの悪いお兄さん方が座っていたことだけ告げておく。


「何睨んでんだ、このガキゃあ!」


 そう、彼がその一人だ。


(カリュウ。ちょっと南に移動しちゃったけど、コウランへの道にはすぐに戻れる)


「無視か、コラッ!」


 全く無反応のタイコウをさらに怒鳴りつける。


(思い切って馬車かなんか使うか。……いやいや、どう考えても旅費が持たない)


「このガキ……!」


 何の反応もないタイコウの様子に顔を引きつらせる男。その様子を眺めていた仲間内から下卑た笑いが響くと「うるせぇっ!」と一喝し、男は椅子を蹴って立ち上がる。


(そもそも、コウランまでは歩きでもかなり厳しいんだよなぁ)


 財布の中を思い出して溜息をついて俯いたタイコウ。その視線の先にあるシミだらけの机に、バンッと手が叩きつけられた。


 驚いて顔を上げれば、叩きつけた手の持ち主である男が彼を睨みつけている。


「あ、あの……」


 怒りの形相で黙って睨む男に恐る恐る声をかける。


「何か御用で?」


 問いかけたタイコウの胸倉が掴まれ、彼はそのまま引っぱり上げられるようにして席を立たされた。


「な、な……」


「何か御用だぁ? そりゃあ、こっちのセリフだ。人のこと延々睨みやがって」


 当然ながらタイコウは自分の視線の先に誰がいたかなど気にしていないし、睨んでいるつもりもなかった。


「え? ……あー、そうか。すみません。少し考え事をしていただけで、別にあなたの事を見ていたわけでは……」


 なんとなく検討がつき謝ってみるが、男は掴んだタイコウの胸倉を引き寄せて、なおもすごむ。


「考え事だぁ? それで、こっちは延々睨まれて不快な気分を味わってんだ。ただ謝れば許してもらえるとでも思うか? やっぱ、出すもの出すのがスジじゃねぇか!」


「そんな無茶苦茶な」


 誰かに助けを求めるように周囲に視線を漂わせる。


 しかし、視線の先には黙って俯く客達、薄ら笑いを浮かべて眺めている男の仲間、両手に料理を持ったまま怯えた表情で立ち尽くす店員。誰も力になってくれそうにない。


「キョロキョロしてんじゃねぇよ。俺の面がそんなに見たくねぇってか?」


「あ、いや、決してそんなわけでは」


 慌てて視線を男へと戻す。


(困った。こんな怖そうな人と喧嘩したって勝てっこないよ。きっとボコボコにされて路地裏のゴミ箱とかに放り込まれたりするんだろうなぁ。顔も殴られて腫れ上がって……)


「とても見られた顔じゃない……」


 タイコウの思考は、一番問題なところで溜息と共に口から漏れた。



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