第十五章 鬼岩結界 参
風に流れる雲が煌々と夜空に浮かぶ月に照らされ、地上に影を作っている。その中を一陣の風となって走るリクスウとレイザンの馬二頭。
リクスウは吹き付ける風に一気に酔いが冷めていくように感じながら、隣を走るレイザンの様子に口笛を吹いた。
「大した手綱捌きじゃねぇか、レイザン。道士様は多芸だな」
「以心伝心は道士の心得の一つなのでな。褒めるならこの馬の脚を褒めてやってくれ」
褒め言葉をサラリといなすレイザンに、リクスウは内心舌打ちする。
(気配の一つも見せない男が以心伝心とは、よく言う……)
そんなやりとりさえもその場に置いていくように速度を上げる二騎。元より目的地に近付きつつあった馬車から矢のように駆け出した二人の馬が、そこに辿り着くには大した時間は必要としなかった。
街道を外れて紫髭の沿岸を走る中、レイザンが目的地を指し示す。
「リクスウ。岩が立ち並ぶ一帯、洞窟が見えるか?」
そちらこそ、どうして見えもしない洞窟が指差せるのかなどとは聞かない。リクスウはレイザンに促されるままに視線を延ばし、レイザンの言う奇岩の密集する中から洞窟らしき穴を見つける。
「全く、まーったく、妖魔の一体も出てくるかと思っていたが、随分とあっけない御到着じゃねぇか」
「そういう台詞はせめて件の洞窟に入ってから言ってもらいたいものだな」
「わかってるって」
目前に迫る洞窟に向け、リクスウは勝気な笑みを浮かべて馬の脚を速めた。
レイザンとリクスウが馬車を離れてからしばらく、三狼士達は暇を持て余すように荷台に背を預けていた。
リクスウには酔い潰れていろと軽口を叩かれはしたが、三人はそれを真に受けるほど愚かではない。誰からともなく手にしていた杯を床に置き、周囲を警戒するように沈黙している。
そんな中、最初に沈黙を破ったのは三狼士長兄のチョウエンだった。
「……解せねぇな」
咥えていた煙管の先を揺ら揺らと虚空に彷徨わせながら呟くチョウエン。その低くこもった声に義弟二人が揃ってチョウエンを見た。
「おう、お前等。気付いてるか?」
リハンとライシンの注意が自分に向いたと知るや、チョウエンは二人に確かめるように尋ねる。その問いかけに二人の返した反応は対照的なものだった。
「エン兄。気付くったって、何がですかい?」
「用心しろ、ハン。この馬車、さっきから速度が落ちてる」
小首を傾げるリハンに、ライシンがそう言いながら愛用の湾刀を手にする。ライシンは襲撃に備えておけと言いたげに、リハンが傍らに置いている双棍を顎で示した。
ライシンの答えが正解だと頷いたチョウエンは、煙管を燻らせながら頭を掻く。
「まあ、足場の悪い道を走ってんだし、馬の足もちっとは鈍る事もあるってもんだが。それを抜きにしたって周りがちょいと静か過ぎらぁな」
そう言いながらチョウエンは手にした煙管をくるりと返し、荷台を形作るの木枠に打ち付けた。
チョウエンの言葉通り虫の音一つ聞こえない静寂の夜道に、彼の煙管の音が一際大きく木霊する。
メイケイ一行を乗せた馬車三台がそれを合図にしたかのように急停止し、大きく揺れる荷台に座していたチョウエンはその双眸を見開いた。
「シン! ハン! 来おったぞ!」
チョウエンの怒声に一番に応えたのはライシンでもリハンでもない。馬車の幌を突き破ってきた槍の穂先。
突き込まれた槍の柄を掴んだチョウエンは穂先を更に荷台へと引き入れ、交差するように振り抜いた掌打で槍の持ち主を張り飛ばす。
一連の攻防で馬車の幌布が大きく破れ、槍を突き出した当人の姿を露にする。その顔にライシンとリハンが驚きの表情を浮かべ、チョウエンが歯噛みした。
ライシンやリハンが驚くのもわかる。
チョウエンが突き飛ばした槍の持ち主然り、その周囲で武器を構える者も然り、彼等に襲い掛かってきたのは拝紫教の教徒。レイザン道士の号令の下、紫髭開放のため三狼士と共に馬車群に乗り込んだ者達だ。
そして、三狼士で唯一道士の心得があるチョウエンは、彼等の気配に人とは異質のものを感じ取っていた。
(この妖気、悪霊憑きの類か……)
頭に浮かんだ答えに、チョウエンは不可解だと眉根を寄せる。
憑き物というなら、悪霊達が教徒に取り憑くべく近寄ってきた時に気付くはずだ。或いは、それに気付かない程にチョウエンが落ちぶれたか。もしそうでないとすれば、この退治行に出るより以前、アンガンの町にいた時から彼らの中に巧妙に潜んでいたのか。そして、その答えがどちらであろうとも……。
「全員分の憑き物を祓うとなると、こりゃあ大仕事だなぁ、おい……」
チョウエンがそうぼやいた次の瞬間、彼は自分の考察が全くの無駄になった事を悟り、同時に自分が道士として大成できなかった勘の鈍さを再認識した。
何が悪霊憑きの類だ。もしそうならば取り憑いたものがどれほど邪悪だろうが、元は間違いなくただの人間。いくら悪霊が憑いたからといって、チョウエンが張り倒した程度で肌が割れるなどありえない。ましてや、卵の殻のように割れ落ちた体の内側に、獣にも似た姿を隠しているはずがない。
生憎と道士の道半ばで挫折したチョウエンに、眼前のものの種別はつかない。ただ、それらを大きく分別できる言葉なら道士の道を志す前から知っている。
「儂等以外は皆妖魔だってのか、くそったれが!」
悪態をつきながらチョウエンは荷台を蹴った。妖魔と化した教徒達の中へ躍り出た彼は、着地と同時に妖魔一体の懐に飛び込み拳打と蹴足をもってそれを弾き飛ばす。
リクスウと出会った時は隻眼の青年一人に遅れをとったチョウエンだが、彼の実力は決して侮れるものではない。三狼士としてアンガン一帯の厄介事を解決してきた実績は伊達ではないのだ。
そして、それは他の三狼士二人にも言える事。
荷台の右舷へと飛び降りたライシンは、その長身から振り下ろす湾刀の一閃で妖魔を両断する。
「んだらぁぁぁっ!」
対して左に飛んだリハンは地響きを立てて着地すると、持ち前の巨躯豪腕で双棍を振りかぶり妖魔二体を薙ぎ払う。
「おめぇら、この馬車を拠点に凌ぎきるぞ! シン、馬に化け物を寄り付かせんな!」
ライシンとリハンにそう指示を飛ばしながら自身も戦い続けるチョウエン。彼の内にある未完成なままに終わった道士の感覚が、妖魔という危険に直面する事で徐々に研ぎ澄まされていく。
それ故に、チョウエンは自分達以外の生存者に気付き、気配のする方へと振り返った。
チョウエンの視線の先、三台で編成された馬車群のうちの一つ。初老の道士崩れが感じた気配は間違っていないとばかりに、馬車から女の悲鳴が上がる。
「エン兄、今の声……!」
近くにいたリハンから声をかけられるが、それにいちいち答えるまでもない。悲鳴を発したのが誰なのか言いたかったのであろうリハンの言葉は、そのままチョウエンの思うところに合致している。
「ハン、ここは任せる!」
それだけ言って悲鳴が上がった馬車へとチョウエンは走る。
アンガンを出る際に見かけた者達の中で、同行した女性は一人。そして、問題の馬車に誰が乗っていたのかも知っている。何より、社にいた時に幾度と無く喚き散らしていた金切り声。チョウエンが違えるはずもない。
「雑魚みてぇな妖魔が湧いた程度で動じるとは、随分と肝っ玉の小せぇ教主様だな!」
馬車手前で軽く跳躍したチョウエンは、荷台に取り付いていた妖魔を蹴り飛ばした。
「だ、誰か、助けて……!」
「おう、その声は。まだ生きていやがったのかい、メイケイ様?」
荷台の幌の中から洩れる女の声に、チョウエンはアンガンの社で散々こき下ろされてきた仕返しとばかりに皮肉混じりに尋ねる。
ただ、怯えきった顔で恐る恐る荷台から顔を出したメイケイには、彼の言葉を皮肉と捉える余裕は無かった。襲い掛かる妖魔に抗ったのだろう。教主のみが着る事を許されるとされる装束が何箇所も破れている。
「チョウエン! これはいったいどういう事なのです?」
見知ったチョウエンの顔を見て小さく安堵の息をついたのも束の間、メイケイは僅かに落ち着きを取り戻すと怒鳴りながら尋ねた。とはいえ、悲鳴を上げていたさっきの今で、彼女の窮地を救ったチョウエンにしてみればその剣幕は恐るるに足りない。
「どういう事も何も、こいつらは教主様が連れてきた奴らでしょうが」
深い溜息と共にチョウエンが告げると、メイケイは唇を戦慄かせた。
「無礼な! 私がこのような化け物を連れて歩くわけがないでしょう! 少しは状況をわきまえ――」
状況をわきまえろと言いたいのなら、メイケイも同じ。
チョウエンは喚きたてるメイケイの頭を無理矢理荷台に押し込むと、襲ってきた妖魔を殴りつける。
「説法なら後にしろってんだ。あんたも巫女として修行を積んだ徳の高い教主様なら、ちぃとは手を貸しちゃくれねぇかい?」
飛び掛る妖魔を蹴り倒すチョウエンの言葉に、再び顔を出したメイケイは身震いするように首を振った。
「わ、私は、その……」
メイケイが言い澱んだ時点でチョウエンは彼女に期待するのを早々と諦め、荷台に駆け上がるとメイケイへ手を伸ばす。
「え、え? 何を?!」
「何も出来ねぇってんなら邪魔もしねぇでくれよ、教主様!」
チョウエンはそう言って戸惑うメイケイの襟首を掴み、問答無用で馬車の外へと放り投げた。
またもや響くメイケイの耳障りな悲鳴を間近に聞き、鼓膜が壊れそうになるチョウエン。
全てはメイケイを襲わんと背後から迫っていた妖魔から彼女を守るために、やむを得ず行ったこと。投げ飛ばした先で妖魔にぶつけてしまったようだが、そこは御愛嬌としておこう。
「ハン! 教主様をそっちの荷台に匿ってやんな!」
チョウエンの声にリハンがすぐさま応じてメイケイの元へ走る。
「教主様、頭下げてくだせぇや!」
この騒乱の主導者がメイケイと三狼士のどちらかなど一目瞭然。メイケイには指示に抗うなどと考える余裕は微塵も無く、言われるがままに地に伏せた。
大地に口付けを交わす勢いで伏せたメイケイの頭上で、リハンの振り抜いた双棍が風を切って唸る。双棍の餌食となった妖魔は突風に吹き飛ばされるように宙を舞い、無人の馬車に激突した。
「おっしゃ! 次の獲物はどいつだ!」
気炎を吐きながら妖魔達を見渡すリハン。彼の裂帛の気に圧倒されて間を開ける妖魔達を、背後から飛び掛ったチョウエンが薙ぎ倒す。
「おう、エン兄。妖魔共も半分は片付きやしたかね」
リハンは合流したチョウエンの背を守るように立ち位置を変え、背後の長兄へチラリと目を向けて言う。そんな末弟の言葉へのチョウエンの返事は応という短い言葉と深い溜息だった。
「そいつに関しちゃあ、よくやったと褒めてやりてぇんだがよ……。リハン、儂が言った事を忘れてねぇか? この単細胞! 教主様はどうした! 荷台に突っ込んどけっつっただろうが!」
背中越しに怒鳴りつけるチョウエンの声に、リハンの気迫は霞と消える。リハンが足元を見やると、メイケイは未だに伏せたまま頭を抱えてガタガタと震えていた。
「す、すいやせん! 今すぐに!」
慌ててメイケイを担ぎ上げて荷台に走るリハン。それを補佐するべく妖魔達と退治したチョウエンの耳に、今度はライシンの声が飛ぶ。
「エン兄!」
「ったく、次から次へと……なんだってんだ!」
ライシンに怒鳴って返しながら振り返ったチョウエンは、視界に入ったそれらを見てライシンが声をかけてきた意味を知る。
先程リハンが妖魔を吹き飛ばして当てた馬車。当たり所が悪かったらしく、荷台を支えていた歯車が外れ荷台が傾いている。
いや、そんな事は大した事ではない。三狼士として荒事に赴けば、リハンが勢い余って何かを壊す事など茶飯事だ。
問題は傾いた荷台から零れ落ちた物。祭事のためと言って積んだ法具類の他に、用途などありはしないような金品も含まれていた。
そして、一際異様なのが崩れ落ちた木箱の中から転がり出た黒髪の娘。
「あん?」
その娘が何者なのか? なぜ全身鎖にくるまれているのか? そして、どうして娘からは全く気配が感じられないのか?
この一瞬だけは、チョウエンは妖魔との戦闘を忘れて首を傾げた。無論一瞬。周囲に妖魔を置いて隙を見せる程、彼は無能ではない。ましてや、仲間の窮地を目の当たりにすれば尚の事。
「シン! このアホンダラぁっ!」
思わずそう叫んだチョウエンの視界が捉えた姿。それは木箱から出てきた娘の元に走るライシンの姿であり、その彼の背後に迫る妖魔の姿だった。
ライシン自身に応戦させるには体勢が悪い。チョウエンは老いを感じさせない健脚で地を蹴る。だが、如何にチョウエンが歳不相応な俊足であったとしても、ライシンを狙う妖魔には間合いが遠い。
間に合わない。
そうチョウエンが諦めかけた次の瞬間、彼を奮い立たせるかのように大気が震えた。
「砕破!」
若く力強い声と共に真っ直ぐ伸びた一条の青白い光が槍となって妖魔を刺し貫く。三狼士と妖魔の線上に突如描かれた光の線に、チョウエンは思わず足を止め眩しそうに目を細めた。
(これは……道術か?)
数秒の後、妖魔を撃ち抜いた光が夜の闇に霧散すると、チョウエンは光の出所を探って視線を巡らせる。
「だ、大丈夫ですか?」
チョウエンの目がその青年を捉えると同時に、青年は不安そうな顔でチョウエンに尋ねてきた。
職人を思わせる作業服のような旅装束の青年は、手にした錫杖によりかかり疲弊しきった顔で肩を大きく上下させながら息を荒げている。大丈夫かと問う前に、自分の身体を心配した方が良いのではないかと問いたくなるほどだ。
「どこの誰かは知らねぇが助けてくれて感謝するよ、兄さん」
チョウエンがライシンの恩人に向けて礼を言うと、青年は汗まみれの顔で力無く笑い返す。だが、青年はチョウエンから僅かに視線をそらした途端に、その表情を凍りつかせる。
「オウメイ!」
青年の声にチョウエンが驚いて振り返り、ライシンと彼の抱き起こした娘とを見比べた。
「驚いたな。あの娘さんは兄さんの知り合いなのかよ。シン、娘さんの具合はどうだ?」
「大丈夫でさぁ。気を失ってるようだが、怪我はありませんや」
眠る娘オウメイに関する二人のやり取りを聞き、青年は安堵の息をつく。そして、改めて手にした錫杖を構えると、手近にいた妖魔を錫杖で叩き伏せた。
「これも何かの御縁。助太刀させてもらいます」
「全く奇縁だな。儂はチョウエン。兄さん、あんたの名は?」
迫る妖魔を殴り飛ばしながら尋ねるチョウエン。青年は残存する妖魔の数を改めつつチョウエンを見る。
「僕はタイコウといいます。仲間と旅をしていて……」
錫杖の青年タイコウの名乗りに、三狼士が攻勢の手を止めて一斉に彼を見た。
「ああ! あんたが恋泥棒の……」
「……どうやら、あなた達とは本当に奇縁らしいですね。まったく、リクスウったら。誤解だと言うのに」
三狼士が声を揃えて呼んだあだ名を聞き、タイコウは八つ当たり気味に妖魔を殴りつけた。
「ここは賊の根城か何かだったのか?」
奇岩が立ち並ぶ一帯に潜むように開いた洞窟。その中へ踏み入ってしばらくすると、リクスウはそう呟いた。
手にした松明で照らした洞窟の内部は、遥か昔に海に侵食されたものか、はたまた紫髭の波が抉ったのか。いずれにせよ、人が掘り起こして作ったものとは思えない。
しかし、リクスウとレイザンの歩く足元だけは違っている。先人がいったい何者かは知れないが、以前から人の通った痕跡が見られた。そして、それは最近まで続いていたようにも見える。
「或いは、この洞窟も過去にはそんな時代があったやもしれぬな」
リクスウの前を行くレイザンが頷き答える。
確かに、一見して見落としそうなところにある洞窟だ。誰かが隠れ住むには向いている。ホウ大国成立以前の戦ばかりの時代には、軍事拠点となった都市アンガンに近いこの地は戦渦から逃げ延びた者達の隠れ家となっていたかもしれない。
「それにしてもよ、レイザン。本当にここなのかい?」
「ここ、とは?」
不審そうに尋ねるリクスウに、レイザンは足を止めて問い返した。
「だから、紫髭が荒れる原因。紫龍が怒ってるわけじゃなく、ここに何か要因があるからって俺達はやってきたんだろ? その割には全く、まーったく、何も感じねぇんだよ」
周囲を見回して言うリクスウ。
この洞窟に入ってからというもの、リクスウはずっと違和感を持っていた。
荒事になるかもしれないと雇われ、そうなると覚悟して赴いた割には、肝心の洞窟に入っても妖魔が放つ瘴気どころか人や獣の気配さえ感じ取れない。目の前のレイザンの事も含めて、リクスウは自分と自分に取り憑いた虎霊トウコウしかこの洞窟にはいないような錯覚さえ覚えている。
リクスウは、道士の真似事をしているに過ぎない自分が気付いた事なら有能な道士であるレイザンもわかっている事だろうと、彼にその見解を求めた。
「確かに、奇妙なまでに静かだな。もっとも、何事も無く片が付くならそのほうがありがたいのだが」
洞窟内の状態をレイザンも不可解と認めるものの、再び歩き出した彼の口からはそれ以上の答えは出てこなかった。
「やれやれ、何も起きないと知ってりゃあ、俺も馬車に残って酒でも煽ってたんだが……うん?」
そうぼやいていたリクスウの視界からレイザンが消える。
気配が読めず目で追うしかなかった道士の姿を見失い、一瞬戸惑うリクスウ。だが、先行していたレイザンが開けた地に出た拍子に脇にそれただけだとすぐに気付き、リクスウもまた彼を追ってその地に踏み込んだ。
そして、リクスウは天然の洞窟には不似合いな光景に隻眼を細めた。
二人の前にあったのは祭壇。
ただ、リクスウがアンガンの社で目にした祭壇とは随分と違う。
祭壇の大きさや置かれている祭器の類の作りを問えば、アンガンの社が遥かに勝る。しかし、それは瑣末な事。問題は、それらから感じ取れる雰囲気がアンガンの社とは真逆だという事だ。アンガンの社で見た神々しい祭壇には無い異様な禍々しさが、眼前の祭壇からは伝わってくる。
「全く、まーったく、らしくなってきたじゃねぇか」
立ち尽くすレイザンの隣で立ち止まったリクスウは、不敵な笑みを浮かべる。
「それにしても、いったい何を崇め奉ったらこんな祭壇が出来上がるんだか……」
奇怪な祭壇を探るべく一歩踏み出すリクスウ。その背後でレイザンが小さく口を開いた。
「時にリクスウ。貴公には随分と面白い霊が取り憑いているようだな」
冷たく乾いた声でそう告げた道士の手元で、ざらりと鎖の揺れる音がした。