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宝剣道中  作者: 紫神川悠
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第十三章 神龍教主 弐

 タイコウは馬車の幌から顔を出すと、間近に迫るアンガンを眺めて目を丸くした。


「はぁ、さすがに国内屈指の町だけあらぁ。人がウジャウジャいやがる」


 タイコウが驚嘆の声を上げるより早く。彼の頭を肘掛よろしくのしかかったリクスウが声を上げ、タイコウが悲鳴を上げる。リクスウもまたその隻眼でアンガンの様子を捉えていた。


 幌から出した頭を縦に並べた青年二人。その視線の先にある交易都市アンガンは、山村レイホウで長らく暮らしていたタイコウには栄えて見えた。


 古代史大国記の遥か昔よりアンガンは流通の要とされていた為、その繁栄の時は長い。


 ただ、流れていったものは物品だけとは限らない。ホウ大国統一以前の戦乱の最中ともなれば交易の要所から軍需物資の輸送拠点という立場に変わり、それゆえに周辺国による奪い合いも繰り返されてきた。


 この町を囲う分厚く高い外壁は、古より繰り返された戦乱の名残。また、外壁の外へと溢れるように広がる市街地は、ホウ王を旗印とした軍師コウタツ達による大国統一後の平穏と発展の現われ。


「あれまぁ、こいつは祭りでもあるのかねぇ」


 タイコウ達を乗せる馬車群、旅芸人一座の長デンシュクもまた、幌からひょっこりと顔を出して驚きの声を上げた。


 アンガンを初めて訪れるタイコウ達と違って、老婆デンシュクは幾度かこの町に立ち寄った事がある。そんな彼女が驚いたのは外壁の外へ広がる市街地のさらに外へと展開された行商人達の露店や天蓋によって、普段よりも町が一回り大きくなっていたからだ。


(お祭りなんてこの時期にあったかしら?)


 デンシュクの言葉にオウメイは一人首を傾げた。


 オウメイの知る限り、アンガンで祭事と言えば拝紫教の崇拝対象である紫龍への奉納際と古よりの戦乱で失われた命に対する鎮魂祭の二つ。そして、アンガンに巨大な社が作られたきっかけとも言えるこの二大祭は、双方共に行われるには時期が合わない。もっとも、拝紫教とは全く無関係の行事となれば、オウメイが知らないのも当然なのだが……。


 心中で考えを巡らせていたオウメイだったが、不意にデンシュクに声をかけられて思案を中断させる。


「ところで、三人は泊まる宿に当てはあるのかい?」


 デンシュクの問いに幌から頭を出していた男二人が首を引っ込め、オウメイと顔を見合わせる。


 タイコウ、リクスウ、オウメイ、三人が三人ともアンガンは初めてであり、市内に知人がいるわけでもなければ誰かの紹介があるわけでもない。故に、当てなどありはしない。


「全く、まーったく無いな。でも、こんだけデケェ町なんだから泊まる宿の一つや二つあるだろ」


「これだけ人がいるのだし、部屋が空いているか心配だなぁ」


 リクスウの楽観視とタイコウの心配性。デンシュクへの答えは、二人の性格の違いをくっきり表す形になった。


「良かったら私等のトコにおいで。ちょいと狭いがアンタ達なら歓迎するよ」


 そんなデンシュクの提案に最初に賛同したのは、三人のうちの誰でもなくオウメイの内にある龍の姫樂葉。


(大賛成や! 旅芸人の一座と寝食をともにするなんて経験はそうそうあらへんで。面白そうやないか。なあ、ええやろ、オウメイ?)


 やたらと乗り気な龍の盟友の反応に、オウメイは彼女の真意を見抜いて軽く溜息をついた。陽気が好物と公言する樂葉の事、あわよくば芸人達の稽古見物なりを堪能しようという腹だろう。


「ですが、デンお婆さん達にそこまでお世話になるわけには……」


「命を助けてくれて楽しい演奏をしてくれた者への礼が、馬車に乗せたってだけで済ませられるかい」


 タイコウの遠慮はデンシュクに軽く笑い飛ばされた。こうなれば元々宿が取れない事を懸念していたタイコウに断わる理由は無い。樂葉に言われたからというわけではないが、オウメイも旅芸人の一座との生活に異論は無い。野宿上等、夜露が凌げれば問題無しのリクスウは言わずもがな。


「決まったようだね」


 三人の表情を賛成と見たデンシュクは皺を深くして微笑み、御者に馬車を止めるように指示する。


 一座の馬車群が止まったのは都市アンガンの外周。町から溢れ出た行商人達が店を並べているすぐ近く。


 デンシュクは馬車を降りると、別の馬車から降りてきた一座の者と二言三言言葉を交わした。そして、何事かと様子を見るタイコウ達に向き直る。


「ひとまず今日はここいらで一泊。運が良けりゃあ、明日には町の広場さね」


 行商人にしても旅芸人にしても、町で活動をするにはその町の役所に話をつける必要がある。役所では業種や営業期間、取り扱う商品等を吟味され、町での営業の可否を判断される。役所から認可を受ければ、営業する場所の指定を受けて初めて営業開始となる。


 大抵の行商人は大通りの一角が宛がわれ、旅芸人ならば広場を活動の場として選ばれるのだが、アンガンのような都市となると営業の申請が重なって用地確保が困難になる事も稀に発生する。そうなると諦めて他の町に移るか、目の前の行商人達のように町外れへと追いやられるか。デンシュクが、運が良ければと言ったのはここにあった。


 タイコウ達がデンシュクを追うようにして馬車を降りると、共を連れて歩き出していたデンシュクは思い出したように振り返る。


「まあ、役所の手続きやらは私等の仕事だ。アンタ達に付き合せるもんでもないさね。せっかくアンガンに来たんだから、ちょいと見物でもしてきちゃあどうだい?」


 行ってみたい所があるのだろう?


 三人に、と言うよりはオウメイに向けられた老婆の目はそう語っていた。


「ええ、せっかくですし……」


 オウメイはそう言いながら、タイコウとリクスウに同意を求めるように目を向ける。


「ここでジッとしてんのも性に合わねぇし、そうさせてもらおうじゃねぇの」


「だね。紫髭を渡る船便の事も調べておきたいし」


(うわー、なんや楽しみやわぁ。面白いもんがあるかいなぁ)


 樂葉を含めて異論無し。


 タイコウ達は野営の仕度を始める一座の者達に断わってアンガンの町並みへと踏み入った。


 民族色の強い工芸品、艶やかな装飾品、見慣れない飲食物、露台の上に所狭しと商品を並べた行商人達が競うように客引きの声を上げる。


 そんな中、タイコウは物珍しそうに視線を巡らせる。そうして見る方へ意識が向けば、自然と足元の動きも鈍るもので……。


「おい、タイコウ。ぼさっとしてると置いてくぞ」


 リクスウの声にびくりと身を震わせたタイコウ。そこでようやく自分の歩みが二人より鈍っていた事に気付き、足早に近寄った。


「うぁ、ごめん」


「全く、まーったく、きょろきょろと……田舎者丸出しだな」


「うぅ、どうせ田舎者だよ」


 からかうようにそう言って笑うリクスウに、タイコウは気恥ずかしそうに返す。そんな仲間二人のやり取りを聞いていたオウメイは、意識を自分の内へと向けた。


(……だそうよ、樂葉)


 内心そう呟いた意識の先にいるのは、先程から露店の前を通るたびに「なあ、あれは何や?」だの「オウメイ、これ見てみい!」だの「そっち行ってみぃへんか?」などと騒々しかった盟友の樂葉。


(田舎者の坊と一緒にせんといてぇな。ウチは見聞を広め深めようとしとるだけやないか)


 顔が見えるなら不満を露にしているだろう口調で反論する樂葉に、オウメイは溜息をつく。オウメイの目からすれば、樂葉のはしゃぎようはタイコウの上を行っていた。


 何百年もの間メンサイ村近くの池の底に留まり、楽しみと言えば村の者が行う祭りぐらいのものだった彼女にとっては、見聞きするもののほとんどが興味の対象となるのも無理も無い話。


 はしゃぐ樂葉に感化されたわけではないが、平穏な村で暮らしてきたオウメイにもアンガンの賑やかさは新鮮なもの。決して興味が無いわけではないが……。


(ごめん、樂葉。お店の見物は後でちゃんとするから)


 そう樂葉に言うと、オウメイは振り返ってタイコウとリクスウを見る。


「ねぇ、二人とも。アタシ行ってみたい所があるのだけど……」


 彼女の提案に目的地を察した青年二人の反応は対照的だった。


「ああ、デンお婆さんが言っていたアンガンの社だよね。僕もお供するよ」


 笑って快諾するタイコウに対して、リクスウはあからさまに苦い顔をしてみせる。


「俺は遠慮してぇなぁ。礼拝だの何だのって、そういう厳かな雰囲気は小せぇ頃からどうにも苦手でな。トウコウが憑いてから尚更なんだ」


 トウコウが憑いて苦手意識が倍加するあたりは血の繋がり故か。


 リクスウの断りにタイコウとオウメイは少しがっかりとした表情で顔を見合わせる。リクスウは交渉の余地無しといったふうに、彼等を追い払うようにヒラヒラと手を振った。


「俺はいいから、おまえらだけで行ってこいって。その間に港で船便の事は調べておいてやっから」


(とかなんとか言って、オウメイとタイコウを二人っきりにしたろうって魂胆か。かー、あの坊も心憎い事を思いつきよんなぁ)


(普通に参拝が面倒で嫌って顔してたわよ。今のは……)


 一人歩き出すリクスウの背中に向けられた樂葉の邪推。オウメイは軽く息をつき、タイコウを促すように歩き出す。


 交易都市アンガン名物の拝紫教の社も紫髭を渡る船便も、まずは都市を覆う外壁の中に入ってからの話。そこまではリクスウもタイコウ達も道は同じだ。三人は揃って町の中心へと繋がる外壁に向かって進む。


 行商人達の露店が並ぶ町の大外を抜け、市街地へ入ると喧騒は幾分落ち着きを見せて人通りも減る。もっとも、それでさえタイコウ達の暮らした村から比べれば遥かに多く、寺子屋の帰りらしき子供達が人混みを縫うようにしながら元気良く路地を駆け抜けていく。


(いつでもどこでも童は元気なもんやなぁ)


 オウメイの眼を通して子供達の姿を見る樂葉の声がオウメイの心中に響き、オウメイも内心頷いて返す。


「ゴラァッ、ガキ共! ちゃんと前見て走れ! 今度ぶつかったら喰っちまうぞ!」


 走る子供がリクスウにぶつかったらしい。リクスウの声に、子供たちがきゃっきゃと笑いながら逃げていく。


(……あの坊も元気なもんやなぁ)


 これもオウメイの耳を通して聞いたらしい樂葉の声。苦笑いしつつ頷くオウメイに、樂葉は「それにひきかえ……」と言葉を続けた。


 樂葉の意識に促されるように視線を向けたオウメイ。隣を歩いていたタイコウの顔色が優れない。


「ちょっ、どうしたの、タイコウ?」


「う……人の多さに……酔った……」


 破邪の錫杖魯智に体を預けるようにして歩くタイコウ。生気の抜けたような青白い顔で弱々しく返答するのがやっとらしい。


(なんや、時々この坊がとことん頼りなぁ見えるなぁ……)


 慌てて肩を貸すオウメイの心中で樂葉が溜息混じりに呟いた。



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