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宝剣道中  作者: 紫神川悠
36/55

第十一章 泥棒退治 弐

「うぁっ、痛ッ! イタタタタ……」


 タイコウは肌寒さと全身を襲う痛みで目が覚めた。


 春らしい季節になったとは言っても、夜になれば冷える。持ち主不在で荒れ放題、隙間風の好き勝手な往来を許すような小屋を宿にしているのだから、寒さは尚更の事。


 瞼を擦りながら半身を起こす。そんな些細な動きにも体が悲鳴を上げる。痛みの原因など考えるまでも無い。昨日のリクスウとの組み手の影響だ。


 タイコウは体中からの動いてくれるなという要求を宥めながら視線を巡らせた。


 最初に目に入ったのは、隣で眠るリクスウ。どんな夢を見ているのか、寝言でリホウの名を呼びながらニヤニヤと笑っている。


 さらに視線を移せば、部屋の片隅に固められた三人の荷袋。そして、板張りの床に転がる錫杖、魯智。


「あれ? オウメイ?」


 見渡すには狭い部屋の中、タイコウ達とともに眠っていたはずのオウメイの姿が無い。


 建てつけの悪い戸の隙間から射す朝日を考えれば、朝食の支度でも始めているのか。まだ起ききれていない頭でそこに思い当たったタイコウは、同時に昨晩の夕飯の仕度をリクスウに代わってもらった事も思い出す。


「今日は僕の番か……」


 体中から休ませろ眠らせろの声が響いているが、タイコウの痛みは言わば自業自得。ただでさえリクスウに昨晩の食事当番を代わってもらっているのに、オウメイにまで迷惑をかけるわけにはいかない。


 タイコウは休養を求める体内の悲鳴に耳を塞ぎながら立ち上がり、ゆっくりと引きずるような足取りで部屋を出た。


 目元は痛む身体の味方についたようで、瞼が重く両目の焦点はずれがち。定まらない視界を手探りで補助しながら歩みを進める。


 ただ、両耳はタイコウ自身に協力してくれているようで、床を擦るような彼自身の足音はもちろんの事、朝陽の中を飛び回る小鳥の囀りや風の音までしっかり聞き取っていた。


 しかし、それにしては何か一音足りない。台所へと赴いたタイコウの寝惚け頭は、そこでようやく不足していた音に気がついた。


「おはよ……お?」


 包丁がまな板を打ち鳴らす音や、釜戸の薪が爆ぜる音、鍋が煮立つ音がしていなかったのだ。それもそのはず、台所には誰もいなければ食事の支度もされていない。


 見つからないオウメイの所在、朝食準備の義務。双方が乗った天秤がタイコウの心中で揺れ、タイコウはどうしたものかと後ろ頭を掻く。その天秤を傾けたのは台所に設けられた格子窓越しに見えた光景だった。


「オウメイ?」


 その姿が見えたわけではないが、紫がかった長い黒髪が風に揺れて見えたのだ。タイコウは揺れ動く黒髪に手招きされているような錯覚を覚え、それに誘われて外へと続く勝手口の戸を開けた。


(う……)


 外へ顔を出した途端射し込んできた朝陽に、タイコウの視界は光の衣に覆われて思わず目を細める。


 そして、光に目が馴染みだした頃、朝陽の中に立つオウメイの姿をみつけたタイコウは、今度はその目を見開いた。


 オウメイは目を閉じて真っ直ぐに立っていた。


 その姿にはタイコウも見覚えがある。昨日リクスウが精神修養の為と行っていた立禅の姿勢だ。


 ただ、姿勢は同じでも感じる印象は全くの大違い。せわしなく四肢が動き、姿勢も定まらず揺れ動くリクスウに比べ、オウメイは微動だにしていない。


 爪先から頭まで一本の芯が入っているような真っ直ぐな姿勢。瞑想するように閉ざされた目を始めとしてその表情はとても穏やかで、姿勢を維持しようとする余計な力は感じさせない。それでいて悠然とした不動の姿勢は、今にも空高く伸び上がらんとする若木のような力強さを秘めている。風に舞い、朝陽を浴びて紫を強めた彼女の髪は、さながら若木の枝か……。


 オウメイの名を呼ぼうとしたタイコウの口は半ば開かれたところで声も出ず、彼女の姿にただただ見惚れるよりなかった。それも、外へと一歩踏み出そうとした足が歩き方を忘れてしまうほどに。


「え? あれ? うわぁっ!」


 両足を絡めて無様に転ぶタイコウの悲鳴と転倒音に、オウメイはビクリと身を震わせ閉じていた目を開けた。


「タイコウ、どうしたの?」


「いや、足がちょっと……」


 慌てて駆け寄ったオウメイが地に伏したタイコウへと手を伸ばす。彼女の手を握り返したタイコウは腕に走る痛みに顔をしかめた。


「身体、痛むの?」


 その問いかけにタイコウは空いた手で後ろ頭を掻いた。


「動くたびに体中が悲鳴を上げてるよ。オウメイのまじないが無かったら、もっと痛い思いをしていたのかな?」


 そう言って自嘲気味に笑うタイコウ。オウメイは彼を助け起こし、少し考える素振りを見せる。


「そうね……少しは違うかも。怪我は昨日のうちに全部治したから」


「これで?」


 治した当人に問うのは失礼と知りながらも、タイコウは思わずそう口走っていた。実際のところ、それほどにタイコウは痛い。痛いゆえの八つ当たりに近い問いだ。


 案の定、オウメイはタイコウの問いに少し不満顔を見せた。


「今タイコウが痛がっているのは、ただの筋肉痛だと思うわ。アタシの家に伝わるおまじないは、怪我は治せても身体がより強くなろうと作用している分には効果が薄いから。それでもよければ、もう一回やってみるけど、どうする?」


 オウメイの答えと提案にタイコウは少し考える素振りを見せたが、すぐに首を振る。


「せっかくだけど今日一日は大人しく痛がっておくよ」


 痛みが引いた時には、今痛がった分だけ強くなる。そう思えば、身体を襲う痛みに耐えるだけの価値があるような気がした。


「なんにせよ。今日はリクスウに鍛錬を申し出るのは、やめた方がいいわね」


「研ぎ仕事もまだまだ溜まっているから、今日はそちらに専念するよ。急ぎの大仕事も出来た事だしね」


 オウメイの言葉に笑って同意するタイコウ。その言葉に、オウメイも思い当たるところがあったのか頷き返した。


「工房の壁に立ててあったあの特別大きな刀の事よね。あれ見た時は驚きを通り越して呆れたわ。いったいどんな大男が振り回すのかしら」


「身の丈で言えば、オウメイより低いよ」


「え?」


 オウメイの驚きにタイコウは思わず笑みをこぼす。


 長く肉厚な刀身を目にすれば、誰もが大男が扱うと思うだろう。かく言うタイコウも、実際に持ち主に会うまでは生ける伝説である道士は大男だと思い込んでいた。


「道士デイコウは知ってるよね」


「ええ。そりゃあ一応、有名な人だし……あれは道士様の?」


 もう一度驚きながら問うオウメイに笑って頷いていたタイコウだったが、昨日の道士デイコウの姿を思い出し不意に真顔になる。


「身なりは小さいけど、内から出ている覇気は巨人だったよ。あの虎王牙……大刀も昨日見させてもらったけど、かなり使い込まれてる。決して飾りなんかじゃない。もっとも、あの上背で自分の背ほどもある刀を振り回すなんて、想像がつかないけどね」


「はぁ……。世の中、凄い人がいたものね」


 感慨にふけるオウメイを見ながら、タイコウは苦笑いを浮かべた。


 タイコウに言わせれば、龍を盟友にしてしまう巫女というのも充分過ぎる程に凄い人だ。


(ホホホ、鉄冠子の爺様から魯智を貰う坊もいれば、気性の荒い虎に憑かれた坊。今度は大国屈指の道士とは……。類は友を呼ぶて言うけど、オウメイの周りは変わり者だらけやねぇ)


(葉鱗后様。それは、あなたが一番の変り種だと知った上でおっしゃっているのかしら?)


 オウメイは自身の内心から響く樂葉の笑い声に尋ねて返すと、立ち上がってタイコウに手を差し出した。


「さて、と。リクスウもそろそろ起きるだろうし、朝御飯の支度をしなくちゃね」


「ああ、そうだった。僕が支度をする番だ」


 そう言ってオウメイの手を借り立ち上がったタイコウ。その途端に身体を走り抜けた痛みに顔をしかめ、その様にオウメイが黒紫の髪を揺らして首を振る。


「いいよ、アタシが代わりにやっておくからタイコウは休んでいて」


 その言葉に今度はタイコウが首を振った。


「そんな、大丈夫だよ。オウメイこそ休んでいて、今日だって畑の手伝いがあるんだから」


「でも、今のタイコウに支度を任せたら、いつになるかわからないもの」


「いや、しかし……」


 オウメイに言い返されて言葉に窮するタイコウ。だが、しばらく見合っていてもオウメイの厚意に青年は頷こうとはしない。


(いつもなよなよしてる割に強情な坊やなぁ……)


 二人のにらめっこに最初に根負けしたのは、高みの見物を決め込んでいた樂葉だった。


(もう、タイコウを坊と言わないでってば)


 首から下がる龍玉から伝わる呆れた声に流され、オウメイは諦めて溜息をついた。それと時を同じくして、タイコウもまた合わせ鏡のように溜息をつく。


 このまま睨み合っていても朝御飯は出来ない。


 タイコウとオウメイ。双方が同じ考えに辿り着いたのだと悟ると、どちらからともなく笑い出した。


「朝御飯の支度は僕だけど、僕一人ではオウメイが仕事に間に合わないみたいだ。オウメイも手伝ってくれないかな?」


「喜んで、御助勢させていただくわ」


 そしてもう一度笑い合う。


(睨み合いの次は笑い合いかいな。仲がええのは結構なことやが、早いこと朝餉の用意せぇへんとリクスウが起きるで)


 樂葉からもう一度呆れた声が上がり、その声に合わせるように鍛冶場の戸が軋みながら開いた。


「おう、タイコウ、オウメイ、おはようさん」


 開いた戸から顔を出したリクスウに、タイコウとオウメイも挨拶を返す。リクスウは寝惚けた顔を正す事も無く、定まらない目で外をぐるりと見回すと一周して二人へ視線を戻した。


「で、飯は?」


「ああ、ごめん。これからすぐに支度するから、もう少し待っていて」


「ん……」


 タイコウの答えにリクスウは力無く頷く。そして、もう一度寝直す気なのか、彼は半ば閉じかけた目を瞬かせ大あくびをしながら小屋へと引っ込んだ。


 だが、タイコウ達が彼に続こうと歩き出す前に、再び戸口からリクスウがひょっこり顔を出す。


「んん?」


 重い瞼を無理矢理開けたようなリクスウの半開きの隻眼が見据えたのは、タイコウとオウメイの間。彼等が立つ位置よりもさらに先。


 タイコウ達も何事かと振り返り、リクスウが見つけたそれが目に留まった。


 朝靄の残るゼンギョウの村。村から離れた鍛冶場の小屋は、田畑に挟まれた一本の細い道で村と繋がっている。その小道をこちらに向かって走る男がいた。


「あの人は……えーと、ホクシュンさんだったっけ?」


 距離が遠くはっきりしない輪郭を辛うじて捉えたタイコウの口からうる覚えの名が出ると、隣にいたオウメイが首を振る。


「いえ、あれはグエンさんね。どうしたのかしら?」


「うわぁ……」


 オウメイの上げた名前にタイコウが情けない声を上げた。どうしたのかと目で尋ねてくるオウメイに、鍛冶見習いの青年は困り顔で後ろ頭を掻く。


「グエンさんチから頼まれた研ぎは、まだ終わってないんだ……」


 溜息の混じる声。今から研ぎだしたところで朝食の支度には間に合わないだろう。


 ただ、タイコウよりもいくらか遠目が利くオウメイの目には、ゼンギョウの村人グエンの表情が研いだ包丁を受け取りに来たようには見えないでいた。


(どうしたんだろう?)


 慌てた顔で息を切らして駆けてくるグエン。三人の元まで駆け寄った彼は疲れ果てた両足に手をつき、ただただ肩を揺らして息を荒げるばかり。


 タイコウ達三人は話す事もままならないグエンを前にして、どうしたものかと顔を見合わせた。


 年の頃はタイコウよりも五つか六つほど上、やや痩せてはいるが村の大事な働き手とされるグエン。タイコウとリクスウが彼について知っている事といえば、隣村から嫁を貰い受けたばかりの新婚だと昨晩オウメイから聞いたぐらいであり、その情報はこの早朝に彼等の元にやってくる理由には繋がりそうにない。


「あの、グエンさん。こんな朝早くにどうしたんです?」


 そんなタイコウの問いにもグエンはむせ返るだけで、まともな返事は望めない。


「夫婦喧嘩して逃げてきたとか?」


 あくびをかみ殺すリクスウの冗談めかした言葉には、汗を振り飛ばすほどの勢いで首を何度も振って否定。


「そうだ、お水いります?」


 オウメイのこの問いにようやくグエンが頭を上げる。疲労感を窺わせる汗まみれの顔が僅かに緩み、力無く頷いてみせた。


 オウメイがすぐさま台所の瓶から水を汲んでくると、水を受け取ったグエンはそれを一息に飲み干して深く息をつく。


「はぁ、生き返るよ」


「やっぱり夫婦喧嘩で殺されかけて……」


 またもふざけた調子で言いかけたリクスウだったが、グエンの刺し殺されかねないほどの視線に慌てて口を閉ざした。


「畑が、荒らされたんだ」


 グエンはリクスウを睨むのを止めてなお、苦い顔を和らげる事無く言う。


 彼の言葉にオウメイとタイコウは顔を見合わせ、その後ろではリクスウが眠そうだった目を興味深そうに見開いた。


「荒らされたって、猿とか鹿とかですか?」


 タイコウの問いに違うと首を振ってみせるグエン。


「この辺りには猿はいねぇんだ。猪か鹿ならいるが……畑に残った足跡がなぁ」


 そこでグエンが言葉を濁し、虚空に指で足跡を描く。その大きさの足跡は猪や鹿よりもさらに大きい。当てはまりそうな動物となると……。


「熊か虎か。それとも妖魔か?」


 リクスウがタイコウ達を押しのけて前に出る。


「或いは、そうかもしれんね。はっきりとはわかってないんだ」


「なるほどね。熊、虎、妖魔ってんじゃ村の自警団の手にゃ余るからって、俺達のところに話が回ってきたわけだ」


 グエンの返す言葉にタイコウは眉根を寄せ、リクスウはいよいよもって自分向けの話になってきたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。


 ホウ大国において国境警備、内乱鎮圧から隣家同士の痴話喧嘩まで一切の争い事は軍部が取り仕切っている。とは言うものの、大国各地において軍部の利用目的が異なってくることもあり、兵士達は大きく四つの分野に分けられている。そして、それをさらに細かく部署分けされた部隊を各地に駐屯させていた。


 軍部四部は、王室警備の近衛部、戦乱や内乱といった武力衝突が主な武装部、河川や海上警備の水兵部、町の治安維持などを受け持つ警備部の四つ。近年、ホウ大国は大乱に襲われる事無く平和を保っており、必然的に増加しているのが警備部である。


 その警備部もまた、ホウ大国全土に均等に分けられているわけではない。都市の規模、治安状況に応じて適量が配備され、平和この上ない地域ともなれば村数箇所を一部隊が受け持つ事になる。その場合、兵士達は村を定期的に巡回して回る形になる。


 この平和な村ゼンギョウもその類に漏れず警備隊の定期巡回先の一つであり、兵士不在の間は村長を長とした村の自警団が村内の守る事になる。


 自警団の団員は、言うまでもなくその村の者達。日常で起きる些細な喧嘩の仲裁程度ならまだしも、田畑を相手にするのが本職の彼等に武勇を期待するのは酷な事である。ましてや相手が熊や虎ともなればなおの事であり、逃げ出したとて文句は出ない。


「俺達がいるうちに襲われるとは、全く、まーったく、この村もついているのやらついてないのやら……」


「いや、ついているよ。あんた達がいてくれて心強い限りだ」


(ついてないよなぁ……)


 リクスウの茶化しに笑って答えるグエン。リクスウの影では、タイコウが自分を省みてこっそり溜息をついた。


「あの、それでアタシ達に相談に来たのはわかりますけど、村にはもっと強い方がいらっしゃるんじゃないんですか?」


 話を聞いていたオウメイが小首を傾げてグエンに問う。


 彼女が指しているのは言うまでもなく伝説の道士デイコウの事。


 タイコウ達がいくら腕に覚えがあるとは言っても、デイコウ程ではない。早朝からわざわざ村外れの自分達の元にまで走ってこなくても、村の中にいるもっと頼りになる者に頼った方が良いのではないかというのがオウメイの考えだ。


 オウメイに尋ねられ、グエンは痛いところをつかれたと溜息をついた。


「いや、俺達もそれは考えたんだがよ。村長がどうにもうんと言わなくてなぁ」


「村長が?」


 納得できないと言いたげに声を上げるオウメイ。そして、その隣ではリクスウが村長の意図に気付いてやれやれと首を振る。


「おおかた後の事が気になってんだろうよ」


 リクスウがそう言うと、タイコウも答えに思い当たり「ああ」と声を上げた。ただ、オウメイの方はまだ理解できていないようで、傾げた首をさらに傾ける。


「あと?」


「虎か熊だろうと、はたまた妖魔だろうと、とにかくそいつを退治したあとって事さ。事を収めれば頼んだ側としちゃあ、礼の一つもするもんだろ。それが、天下に名を轟かす大道士様ともなれば、ちょっとやそっとの礼じゃすまねぇ。村長はその謝礼を渋ったんだよ。全く、まーったく、器の小せぇ話だ」


 リクスウの言葉はグエンの思うところに合致しているらしい。グエンがもう一度溜息をつきながら頷いた。


 村長の処断を鼻で笑うリクスウの影で、タイコウは一人考えこんでいた。


(確かに、謝礼がどうこう言っている場合じゃないと思うけど……)


 心情からすればタイコウもまた、リクスウやグエンと同じ。だが、村長の言い分も決してわからないものではなかった。


 村長はデイコウへの謝礼を渋るというよりは、デイコウに力を借りれば返しきれない恩になると見立てている。それほどにデイコウの力を高く評価しているとも言える。ならばデイコウに劣るタイコウ達に先に頼むのも道理だ。


 タイコウはそこまで考えると苦笑いを浮かべた。


(問題は、リクスウがそれを快く思わないってところだよなぁ……)


 畑荒らしが出た事をついていないと思いこそすれど、タイコウは世話になっている村への協力を渋る気は無い。オウメイもデイコウの協力の有無を問いただしたが、どちらに転ぼうとも自分も手を貸すつもりだろう。


 ただ、リクスウがどう思うかがタイコウを悩ませる。デイコウとの邂逅以来、リクスウはどうにも彼と張り合う節がある。ここでデイコウより安く扱われたとへそを曲げられては、貴重な戦力を損ねてしまう。畑荒らしの正体がわからない状況で、それは避けたい。


「まあ、あのオッサンが出てこなくたって構わねぇさ。昼前には三人で村長のところに伺わせてもらうってことで」


 リクスウがそう言ったのを聞き、タイコウは思案を止めて彼を見た。朝食まで寝なおすつもりなのか、踵を返してグエンに背を向けたリクスウと目が合う。


「え?」


 思わずタイコウとオウメイが聞き返す。あくびをかみ殺しながらリクスウは、ようやく思い出したように二人を見た。


「あぁ、そうか。タイコウは研ぎ仕事が残ってたんだったよな。じゃあ、オウメイと二人……あ、いや、オウメイも畑仕事か。となると……なんだ、暇なのは俺だけかよ」


 この言葉に、聞き返したのはそこではないとタイコウが首を振る。


「いや、村長のところには僕も行くよ。でも……リクスウはいいの?」


 タイコウの問いにリクスウは不満顔で彼をねめつけた。


「なんだ? 俺には今日も一日ずっと暇でいろとでも言うのか?」


「アタシとしては、暇しているぐらいなら立禅をしていてほしいけど」


 タイコウに向けられたリクスウの抗議がオウメイの横槍で怯む。


「その、ごめん、リクスウ。僕はてっきり嫌がるかと……」


「道士様に頼むより安いと思われて気を悪くするとでも?」


 謝罪にかぶせるように出たリクスウの言葉に、タイコウの口が止まる。彼のあまりに正直な反応を、リクスウは軽く笑い飛ばした。


「俺をそんな小さい男だと思っていたとは泣かせてくれるじゃねぇか、タイコウ。デイコウのオッサンが出張るかどうかの前に、村の奴等を困らせている畑荒らしをどうするかが大事、だろ? 夜回りでもなんでもやってやるさ」


 ニッと笑ってみせるリクスウ。タイコウはリクスウを見くびっていたと恥じ、笑顔で頷き返した。


「うん、そうだよね」


「そうと決まれば朝飯まで寝なおすわ。おやすみー」


 タイコウの肩を軽く叩き、大あくびをしながら今度こそ小屋へと引っ込むリクスウ。タイコウは嬉しそうに仲間の背中を見送った。


 ただ、タイコウは間違いに気付いていない。リクスウを見くびっていたのではなく、見誤っていると言う事に。


 寝床に戻ったリクスウは横になるとニヤリと笑みを浮かべていた。


(よっしゃ! これで今日からあの退屈な修練ともおさらばだ!)


 喜びから知らず拳を作りながら……。


(……という思惑やとウチは思うんやけど。どう思うね、オウメイセンセ)


 笑顔のタイコウと共にリクスウを見送ったオウメイの中で響く樂葉の声。それは、残念ながらオウメイの見解と一致している。


(まあ、事情が事情なんだし、今回は大目に見ておくわよ)


(お優しいセンセやなぁ)


 からかうような口調の樂葉の言葉を聞き流しながら、オウメイはタイコウと共に朝食の支度に向かうのだった。


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