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宝剣道中  作者: 紫神川悠
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第四章 宝剣抜刀 肆

 タイコウが目を覚ましたのは、妖魔大量発生から三日後の昼下がり。


「やっと起きたか、タイコウ」


 ちょうど見舞いにやってきたリクスウが、彼を見てニッと笑みを浮かべる。


「ああ、おはよう、リクスウ……って、なんて怪我してんだ! 起きて大丈夫なのか?」


 タイコウが心配するのも無理は無い。リクスウはいつもの民族衣装は着ておらず、衣装の代わりなのかと聞きたくなるほど体中包帯に包まれていた。


 病室で寝ているタイコウと見舞いに来たリクスウ。見た目から判断すれば立ち位置が全く正反対だ。


 もっとも、当人は全く問題無いと言いたげにカカと笑ってみせる。


「初めて化け物と戦った時に大怪我負わされたって言ったろ? あの時に比べればこれぐらいどうってことねぇさ。あの時は妖魔一匹に右目まで持っていかれたが、今回はあの数相手にこれぐらいで済んだってんだから、俺も腕を上げたなぁ」


 タイコウの心配そっちのけで自画自賛する始末。


「でも、よく生き残れたね、僕達」


「おまえさんは騒動の後、廃墟になった厩の藁の中に足だけ出して気絶してたところを発見されたらしい。気を失いながら上手いこと隠れたもんだな」


「術の余波で吹き飛ばされただけだよ」


 そう言いながら、自分の悪運の強さに少し感心もする。


「僕が道を開いてからリクスウはどうなったの? こうして話していられるわけだから、見事犯人を懲らしめて術を止められたってことだよね」


 ベッドの近くにあった椅子に座ったリクスウは、タイコウの問いかけに苦い顔をする。


 リクスウが意識を取り戻した時には飯店は瓦礫に変わり果て、周囲はエンガを含む大量の妖魔の亡骸が転がっていた。


「ああ、あの後な……まあ、なんだ。上手くやったさ」


 彼らしくない歯切れの悪い物言いにタイコウは首を傾げた。


「あー! リクスウおニーチャ! ダメだよ、寝てなくっちゃ!」


 幼い少女の声が聞こえた方へタイコウとリクスウは視線を移すと、そこにはリクスウに向かってムッと怒ってみせる少女、リホウの姿があった。


「リホウちゃん!」


 つい今しがたの苦い顔はどこへやら。リクスウは満面の笑みを浮かべて彼女を迎える。


「……寝てなくっちゃって、やっぱりリクスウもまだ重症なんじゃないの?」


「いやー、ただ寝てるだけってのも退屈すぎて疲れちまうもんで、つい、ほら、ね?」


 ボソリと呟くタイコウにか、大人しく寝ていないことを怒るリホウにか。おそらく後者にだが、リクスウは言い訳をする。


「ダメです! 安静にしていなさい!」


 リクスウを診る医師の仕草を真似て、リホウが再度リクスウを諌めた。


「リホウもそう言っているわけだし、やっぱり寝ていたほうがいいんじゃないかな」


 タイコウに諭すように言われたからか、リホウに叱られたからか。おそらく後者だろうが、リクスウは大人しく椅子を立ち上がると、寂しそうにトボトボと歩き出した。


 そんな彼をよそに、リホウがピョンとタイコウに飛びついてくる。


「タイコウおニーチャ! お怪我は大丈夫? アタシ、いっぱい、いーっぱい心配してたんだよ!」


「あ、ああ、心配かけてゴメンね。僕はもう大丈夫だか……ら……」


 ふいに室内に生まれた強烈な殺気に、タイコウは息を呑んだ。


 部屋を出ようとしていたリクスウが、一瞬のうちにタイコウの隣まで戻ってきている。リクスウの視線は、三日前対峙したどの妖魔よりもおっかない。


「タイコウ。おまえは共に戦った戦友だが、それとこれとは別。今日からおまえを恋泥棒と呼ばせてもらう」


「いや、それは勘弁して欲しい……」


「無理な相談だ。俺の時は……そこまで心配してもらえなかったってのに!」


 握り拳を震えさせるリクスウに睨まれて、タイコウはもう一度気絶したくなった。


「こらこら、抱きついたりしちゃダメじゃないの、リホウ。タイコウはたくさんの化け物を相手にして疲れてんだから」


 タイコウにとっては助け舟。部屋に入ってきた母親リヨウの言葉に、娘はタイコウから離れて「ごめんなさーい」と謝る。


「おお、ようやく目覚めたのか、タイコウ」


 リヨウに続いて入ってきたリブンがタイコウに笑いかけると、彼も力無く笑い返した。


「なんか疲れた顔してるな。まあ、あのドタバタからまだ三日だもんな」


「いや、むしろ今の方が疲れてます」


 そうぼやいたタイコウの視線が、リブンの持ち物に向く。


「魯智! 雪割りも!」


 病室の中に二つが無かった事を思い出し、慌てたようにそれを掴もうと手を伸ばす。


「ハハハッ! 慌てなくても持って逃げたりしやしないよ。いやー、危ないとこだったぜ。この混乱に乗じたバカがいてな。偶然拾ったこいつらを、二束三文で売り飛ばそうとしてやがったんだ」


 病室の壁に立てかけながらリブンが言う。


「そいつに言ってやったよ。これはこの町を救った英雄様のもんだ。下手な気を起こしたらただじゃすまねぇぞ! てな」


 英雄という慣れない呼ばれ方に、タイコウはむず痒くなる。


「英雄だなんて、そんな……」


「何言ってんだい。町中のみんながアンタ達のことをそう言ってるよ。町を救った礼ってことで治療代はもちろんタダ。そうだ、傷が癒えたら役所にまで行ってきな。いくらかは知らないが報奨金を出すそうだよ」


 リヨウの言葉にタイコウとリクスウは顔を見合わせた。


「やったな、戦友!」


 リクスウはニッと笑い手を差し伸べる。


「うん!」


 タイコウも笑ってリクスウの手を握った。


 もっとも、続いて彼の口からボソリと出た「……恋泥棒」の呟きに笑みは引きつったのだが……。




「かー! 今日もいい天気じゃねぇか!」


 リクスウが澄んだ青い空を見上げて、気持ち良さそうに伸びをした。


 その隣でタイコウは鞄を背負い直す。片手にはだいぶん手に馴染んできた錫杖、魯智。


「この町には随分と長居しちゃったね。旅費も潤ったことだし、先を急がなくちゃ」


 これはタイコウが病院で目覚めたさらに四日後、妖魔大量発生から一週間経過した交易都市カリュウの東門での様子。


「俺はさっさと出ようって言ってんのに、タイコウがそうしなかったんだろ?」


「怪我は治しておかないとまずいでしょ。それに、リホウと離れたくないってごねたり、着る服もあの民族衣装じゃないとダメだーって仕立て直したりしたのは誰さ?」


 タイコウの反論に口を閉ざしたリクスウの着ているものは、彼の先祖コウハ族の民族衣装。妖魔との戦闘で服は血だらけ傷だらけとなり、カリュウの町から報奨金を貰ったこともあって仕立て直したものだ。


 この町で世話になったリブン一家とは、ついさっき別れを済ませた。


 首都のある東に向かうタイコウ達に対し、リブン一家は西へ足を伸ばすらしい。タイコウは故郷の山村レイホウへも彼等が向かうと知り、師匠のオウシュウ宛の手紙を預けた。


 手紙に書いたのは自分が首都に向かって旅を続けている事。不思議な老人や錫杖魯智との出会い。このカリュウの町での騒動。そして、雪割りの使い手が見つかった事……。


「ほら、とっとと行くぞ、恋泥棒」


 タイコウを置いて先に歩き始めたリクスウが彼を呼ぶ。その腰に下げられているのは、師匠オウシュウが作った破魔の刀、雪割り。


「今行くよ。ところで、その恋泥棒っていうのはやめてよ。僕はリクスウの恋敵になった憶えはないし、むしろリクスウの事を応援してるんだよ」


 早足でリクスウに追いつくと抗議の声を上げる。


「言葉ではなんとでも言えるよな。裏ではリホウちゃんの事を口説いてんだ、きっと」


「そんなことないって。なんていうか。リホウは妹みたいな感じかなぁ」


「そこから恋が始まる事だってあるぞ」


「考えすぎだよ。だいたい、僕はリホウほどの年下と付き合う趣味は無いし」


「あ! また趣味って言ったな! タイコウは全く、まーったくわかってないんだ! 趣味とかそんなもんじゃないんだよ、甘くて酸っぱいこの思いは!」


「リクスウがそうでも、僕は違うの!」


 旅は道連れ。急に騒がしくなったタイコウの旅はまだ半ばである。



~次回予告、オウメイ語り~


山越えの道中、病に倒れたリクスウと彼を庇ったタイコウは二人して谷底へ真っ逆さま。

近くの森にいたアタシは谷川に浮かぶ二人を助け、医者のカコ先生の元に駆け込みました。

翌日、二人の御見舞に向かったアタシは飛び出してきたタイコウと鉢合わせます。

錫杖を無くしたと大慌てのタイコウに対し、絶対安静を宣告するカコ先生。

そこに帰ってきた先生の弟子ハクタ君が妖魔に襲われお爺さんに助けられたと告げます。



病に倒れた旅仲間。落ちた谷間に華一輪。

九死に一生得たものの、頼みの杖は消え失せた。

回り始める運命の輪。


次回『第五章 老師再来』に乞うご期待♪


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