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宝剣道中  作者: 紫神川悠
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第四章 宝剣抜刀 弐

「しかし、リクスウがそういう趣味だとは思わなかったなぁ」


 意外だという顔をしてタイコウが言うと、リクスウはムッと顔をしかめる。


「趣味とはなんだ趣味とは。そんな安っぽく言うんじゃねぇよ」


「あ、いや、ごめん」


 抗議の声に素直に謝る。


 リブン一家の隠れる空き倉庫を出た二人。最初こそリクスウが景気良く先行して走っていたが、それはこれからの行き先をタイコウの持つ錫杖が示すことを思い出すまで。今は二人並んで町の通りを走り抜けている。


「でも、リホウって確か七つだよ? ちょっと年齢差があるような」


「たかだか十二の差だ。三桁も年が離れてるわけじゃあるまいし、どうってことない範囲だろうが」


「そりゃあ、三桁は無いけど……え? リクスウって十九なの?」


「そうだ、よっと!」


 通りに残っていた化け物を、リクスウが駆け抜けざま雪割りで切り捨てた。


「僕の方が年上だったのか」


「そうなのか?」


「僕は二十」


「見えねぇな」


「良く言われる、よっと!」


 そう言いつつタイコウは襲い掛かってきた化け物の一撃を避けると、その喉元に魯智を突き立てる。


「なんにしても、十二歳程度の年の差なんて愛があれば関係無い!」


(言い切っちゃったよ……)


 リホウとの遭遇でリクスウの気力が膨れ上がったのはいいが、この調子が続くと傍らにいるタイコウの方が彼の気に当てられて疲れてしまう。


 タイコウはリクスウとの会話を中断し、意識を魯智に向ける。


(魯智……頼むぞ)


 意識を集中し、魯智を通してカリュウの街を見渡していく。


 破邪の錫杖、魯智の持つ力の一つ。前の持ち主から渡された時に見せられた力。それは目に見えない力の識別。


 魯智や雪割りから放たれる青白い気。妖魔やトウコウが放つ赤黒い気。双方を聖魔、善悪と分けて良いのかはわからないが、とにかく力はその二種類に分けられる。


 そこから先は一度雪割りを探す時に使った方法なので、コツのようなものは掴んでいる。


 雪割り探しで雪割りの持つ青白い気を探したように、今度は赤黒い気を探すのだ。妖魔の数が減ってきたこの町で、なお赤黒い気を色濃く残している場所。そこが異世界から妖魔が湧いてくる道。


「北西に強い気……まずい、気が膨れてる。妖魔出現第二波が来る!」


「おっしゃ、急ぐぞ! リホウちゃんには妖魔の指一本たりと触れさせねぇ!」


 雪割りという武器を手に入れた事もさることながら、少女リホウを慕う熱い思いが彼の気を満たしきっている。彼は宣言どおり、リホウ達の元へは一歩も近づけさせない勢いで妖魔を切り倒していく。


(……愛の力は偉大だなぁ)


 リクスウの武器である雪割りとトウコウの爪。その射程から外れた妖魔を討ち取りながら、タイコウはしみじみそう感じていた。


 タイコウが魯智を通して探ったとおり化け物達の数はまた増えてきたが、それを上回る勢い(おもにリクスウの鬼神の如き勢い)で進攻する二人は、ジワジワと妖魔の出現地点へ接近していく。


「リクスウ。そこの角を曲がったら直進。もうすぐ終着点だよ」


 出力を抑えた光の矢、砕破で妖魔を撃ち抜きながら指示するタイコウ。


「なんだ、もう終いか? 全く、まーったく、妖魔どももこんな弱っちい集まりでよく首都を脅かせられたもんだな」


 言いながらリクスウは群がる妖魔を、三体まとめて撃破。


「それはリクスウの強さが尋常じゃないから、そう見えてるだけだと思う……」


 青白い軌跡を描く破魔の刀と白銀の弧を描く獣の爪を振るい、三面六臂の乱れ舞を見せている隻眼の青年を横目に見ながら呟くタイコウ。その声は当人の耳に届いた。


「やっぱ、愛の力ってヤツか? 待ってろ、リホウちゃん! もうすぐ帰るかんな!」


 こいつの方が妖魔なのではないかと思わせる獣のような咆哮を上げ、リクスウはさらに勢いを増す。


「オラオラ、どんどん行……!」


 高笑いしつつ大ぶりに振った右腕。その先にいた妖魔達が、トウコウの爪に引き裂かれると同時。リクスウの左から衝撃が走った。彼の体が急に脱力を訴える。


「……お?」


 脱力から、リクスウの声も自然と気の抜けたものになってきた。


 青年がその隻眼を衝撃の出所へ視線を向けると、そこには脇腹を刺し貫く化け物の爪。


「リクスウ!」


 彼の異変に気付いたタイコウがその名を呼ぶ。その一瞬を妖魔達が見逃さない。


(後ろ? しまっ……!)


 魯智が警告する声を聞きながら、それでも反応し切れなかったタイコウは、背後からの一撃を受け弾き飛ばされた。


 宙を舞う彼の意識に、魯智の警告が再び届いてくる。


(妖魔第三波……リクスウ、逃げて……)


 タイコウが地に落ちる音は、奇跡的に続いていた二人の快進撃の終わりを告げる合図。


「タイコウ! クソがぁぁぁっ!」


 自分を刺し貫いた爪の持ち主を切り伏せたリクスウが、爪と刀を振り回しタイコウの元へと駆け寄る。


「しっかりしろ! まだ終わってねぇんだ! 寝てんじゃねぇよ!」


 倒れたままのタイコウと近寄る妖魔の間に割って入ると、雪割りを深々と突き立てる。


(しくじった!)


 勢い良く飛び込んだ分、刀身の刺さり方が深い。さらに無理矢理引き抜こうとした拍子に血糊で濡れた手が滑り、雪割りを手放す形になってしまった。


「全く、ドジ踏んだっ!」


 襲いかかる化け物の群れを、両手から放つトウコウの爪で引き裂く。


 気力満載で動いていた彼も、疲労と出血で体捌きは悪くなっている。タイコウを庇いながら戦うリクスウの体は傷が増え、返り血と自分の血で彼の装束を赤黒く染めていく。


(ここまで来ておいて終いかよ!)


 内心怒鳴るが口にはしない。口にしたら、そこで終わる気がする。


 爪を振り奮闘する彼を、漆黒の狼のような化け物が大口を開け襲ってきた。


「その口、二度と閉じらんねぇ程に掻っ捌いてやらぁ!」


 そう吼えてトウコウの爪を放とうとする。


 放とうとする、だ。リクスウ自身、それが間に合わないことは見えている。


 しかし、予想に反して、リクスウの腕を食いちぎるはずの鋭い牙を持つ顎は、彼に届く前に勢い良く閉ざされた。


「月と太陽はただ巡り。風と水はただ流れ。数多の草木は地に根付き、数多の獣は野を駆ける……」


 聞き覚えのある口上にリクスウが足元へ視線を移すと、そこには半身だけなんとか起こしたタイコウ。妖魔の顎をカチ上げた姿勢そのままに、魯智をかまえて呪文詠唱に入っている。


「巡る汝は今何処。流れる汝は今何処。我が言の葉に、応えよ、吼えよ……活!」


 血と共にタイコウの口から力持つ言葉が放たれ、錫杖の柄に止められた狼の顎が吹き飛ぶ。それと同時に周囲に衝撃波が走り、妖魔と二人の間に申し訳程度の間合いを作った。


「タイコウ、まだ生きてたか!」


 助け起こそうとするリクスウを、タイコウが片手を上げて制止する。


「残り五十歩程度。リクスウならどれぐらいかかる?」


 タイコウの問いに一瞬戸惑いの顔を見せたリクスウ。だが、その意味を悟るとニヤリと笑みを浮かべてみせた。


「……五つ数える頃にはそこで昼寝してら」


 冗談めいた答えにタイコウは「上等だ」と笑みを返し、大きく息を吸い込んだ。


「天を駆けるもの。地を巡るもの。そのもの何処より湧き出で。何処へと流れ行かん」


「よっしゃ、頼んだぜ! タイコウ!」


 リクスウはタイコウに言い放つと、近くに寝そべる妖魔の亡骸に足をかけて雪割りを引き抜いた。


 タイコウの問いの意味は、道を開いてみせるということ。


「我が身、我が内流るるもの。集いてかの先に赴かん。我が意思はかの地を指さん……」


 タイコウは起こした上半身を震える片手で支え、もう一方の手に掴む錫杖でリクスウが進むべき道を指し示した。


 使う気力は有りっ丈。これを放てば気絶は絶対。次の目覚めはこの世かあの世。こいつで撃ち止め、最大出力。


 彼を中心に巨大な旋風が生まれていく。


「砕破ッ!」


 破邪の錫杖魯智の先が眩い光を放つ。


 次の瞬間、轟音と共に魯智から撃ち出されたのは、光の矢とは例え難い巨大な鉄槌と化した光の塊。


 光の塊は妖魔をかき消し、地をえぐりながらタイコウの示した異界の門があるその地まで、真っ直ぐ道を作り上げていく。


「……走れ、リクスウ」


 術の反動で吹き飛ばされるタイコウに駆け寄りかけたリクスウだったが、彼の口から漏れた声に弾かれたかのように駆け出した。


 タイコウが突っ込んだのか、背後で納屋か何かが壊れる音がしたが今は振り返らない。


 薄れ行く意識の中、タイコウはリクスウに前進する事を促した。自分がその意思を裏切るわけにもいかない。


「あんニャロー、道が狭ぇんだよ!」


 妖魔の群れの中に出来た一本道を、文句を言いながらも全力疾走。


(……五……四……三)


 タイコウの術に怯んだ妖魔達が再び動き出す。それらの妖魔に向けてトウコウの爪を振るう。


(……二……一!)


 爪の一振りで強引に切り開いた道を駆け抜けると、リクスウは目標地点が存在する家屋へと飛び込んだ。



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