第三章 隻眼道士 参
「手っ取り早くそっちの壁砕くか。さっきの輩がまだうろついてるはずだ」
「その前に魯智を返してもらわないと」
「それもそうだな。戦力は多い方がいい」
「あいや、いやいやいや。僕は化け物と戦ったのは一回だけだし、その時だってボロボロにされちゃったし。戦力だなんて、あまりあてにされると困るけど……」
「そんなこと言っていられる状況じゃねぇだろう?」
牢を出るタイコウとリクスウ。二人の耳に詰め所内からの悲鳴が響く。
「詰め所にも妖魔がいんのか。行くぞ、タイコウ!」
「あ、ちょっと、置いてかないでよ、リクスウ!」
リクスウに遅れ慌てて走り出す。
二人が詰め所に駆け込むと、そこは混乱の真っ最中だった。
詰め所の中にいた警備隊員はざっと見て十人弱。彼等に襲い掛かっている相手もまた、兵士に似た身なりをしている。違いは腕が無かったり首が無かったり、肌は土気色で半分以上腐食しているところか。
「ヒッ!」
「びびるな、タイコウ。……死人帰りか」
そう呟くが早いか、タイコウの隣にいたリクスウが走り出し、兵士を襲う化け物の一体を容赦無く蹴り飛ばす。
「タイコウ、錫杖を探せ! こいつらの好物は生きている奴等の血肉だ。ボサッとしてると食い殺されっぞ!」
怒鳴りながらも戦う事は忘れていない。リクスウは両腕を振るい、近くの死人帰りを切り飛ばしていく。
「魯智、魯智は……あった!」
死人帰りに襲われる兵士の一人に向かって走り出す。錫杖を手にした彼は、怯えて半泣きになりながらも、死人帰りを近付かせまいと両手でその錫杖を振り回している。
「近寄るな! 助けてくれ!」
泣き叫ぶ兵士の振った魯智に、タイコウの伸ばした片手に触れる。
次の瞬間、タイコウの中でドクンと大きな鼓動が聞こえた。
「月と太陽はただ巡り。大気と水はただ流れ。数多の草木は地に根付き、数多の獣は野を駆ける」
タイコウの意思に関係無く口が動き言葉を紡ぎ、タイコウの意思に関係無く魯智に触れた片手はしっかりとその柄を握り締める。
「巡る汝は今何処。流れる汝は今何処。我が言の葉に、応えよ、吼えよ……」
(この口上……魯智か!)
今、自分の見に起こっている事が魯智による仕業とわかった途端、以前樹木子を退治した時の脱力感を思い出す。この状況で気絶するのは危険だ。
そう思ったのと、最後の言葉を口にしたのはちょうど同じタイミングだった。
「活!」
何かが弾けたかのように魯智を中心にして衝撃が拡散する。
魯智とタイコウを残して死人帰りや兵士、その他周囲の雑貨類がその衝撃波に吹き飛ばされた。
「ヒュー。やるじゃねぇか、タイコウ」
「……自分でも驚いてる」
リクスウの感嘆の言葉に対し、タイコウは周囲の状態をしばし呆然と眺めながらそう呟いた。
(術を使った……不味い。気を失っちゃ駄目だ。まだ戦いは終わっていないんだ……)
魯智の術の副作用を思い出したタイコウ。これから自分の体を襲うであろう脱力感に対抗しようと気を集中させる。
(敵の数はあといくつだ? どいつが近い?)
「ボサッとするなって、タイコウ! 今の吹き飛ばしたヤツ、まだ動けるぞ!」
リクスウの叱咤に我に返る。
彼の言うように、魯智の放った一撃を受けた死人帰りが身を起こし始めている。
「うわぁっ!」
その叫びが悲鳴なのか雄叫びなのかはタイコウ自身にもわからなかったが、声を上げて振り上げた破魔の錫杖を死人帰りの頭上に打ち下ろす。
頭蓋が砕ける鈍い感触。それは、目標が沈黙したことを知らせてあまりある感覚だった。
(さっきの術は気を失うほど力を使わなくていいってことか?)
否。
すぐさま魯智の否定の声。
魯智曰く、気力の消費量は術の種類に関係は無い。いかなる術であろうと、使うと決めた気力の大きさに応じて威力は増減する。術を皿洗いに例えるなら、水が気力。一滴の水では小皿も洗えないが、大河の如く流せば大皿千枚も容易く洗う。皿何枚分の水を使うかは使う者のさじ加減一つ。
どうやら術を発動する瞬間、気を失う事を恐れたおかげで無意識に力の加減をしていたらしい。事実、術を使った時の脱力感はほとんど感じていない。
(力の加減ができるとしても、術を使わずに倒せるならそれにこしたことはないな)
そんな事を考えていたタイコウの脳裏に魯智の警告。
タイコウは後方から迫る死人帰りに、振り向きざま横薙ぎの一撃を打ち込む。
一体、二体と死人帰りを片付けていくタイコウとリクスウ。詰め所にいた大半の化け物を討ち払った二人は外に出て息を呑んだ。
「なんだ、これ……」
タイコウが唖然として周囲を見回す。
外にも妖魔が群れていた。それも死人帰りだけではなく、猪や狼の頭を持つ人型、見たことも無い獣、小鬼。ありがたいことに魯智が妖魔の種類を一体一体タイコウに教えてくれるのだが、正直言って聞く気になれない量だ。
「ひでぇな……」
リクスウも彼の隣で呟いていた。
通りのそこかしこで暴れている魑魅魍魎。その中を逃げ惑う人々。この様子では、妖魔に襲われていたのは詰め所だけではない。このカリュウの町全体だ。
「こんなこと初めてだな。今まで一番多かったのでも十はいなかったぞ」
「た、助けなきゃ。戦える人が少な過ぎる」
「全く、まーったくついてねぇ! 兵隊にとっ捕まるわ、化け物は群れて出るわ。とんでもねぇ町に来ちまった!」
どちらともなく妖魔に向かって通りを走り出した。
「ガァァァッ!」
リクスウが叫んだか、はたまた彼に憑いているトウコウが叫んだか。獣のような声を上げて妖魔に襲いかかる。
振り下ろされた腕の軌道に沿って空間が裂け、小鬼が血飛沫を上げて崩れ落ちる。
「天を駆けるもの。地を巡るもの。そのもの何処より湧き出で。何処へと流れ行かん。我が身、我が内流るるもの。集いてかの先に赴かん。我が意思はかの地を指さん。砕破!」
タイコウの声を引き金に錫杖の先から光の矢が打ち出され、妖魔達を撃ち抜く。術に割く気力を抑えたせいで矢は細く光量も落ちているが、うまく当てれば充分致命傷だ。
「それにしても、なんて数だ」
タイコウが撃ち洩らした妖魔に一撃入れながらぼやく。
通り一つ通り抜けるのに、いったいどれだけの数の妖魔を相手にしているのか。
(この調子じゃ、全部倒しきる前に僕の方が倒れるんじゃないか?)
肯。
溜息とともに洩れたタイコウの考えを魯智が肯定する。
「こんな時にイヤな事を言う」
恨めし気に破魔の錫杖を見ると、魯智は彼の意識に話しかけてきた。
魯智曰く、妖魔大量発生は自然な事ではない。不自然には不自然なりの理由がある。
「つまり?」
誰かが何らかの術を用いて、妖魔の世界とこの世界に通り道を作った。
「その誰かの何らかの術を止めればいいって事なのか?」
肯。
今度の魯智の肯定はタイコウの気力を奮い起こさせた。
「リクスウ、聞いてくれ……って」
彼がいたであろう場所に振り向いたタイコウは青褪めた。
リクスウの姿は無く、彼がいたはずの場所に妖魔が群がっている。
「リ、リクスウ!」
名を叫び走り出そうとした瞬間、大気が震え、大地が揺れた。
「ガアアアアァァァァァァァァッ!」
群がる妖魔達の中心から雄叫びが響き渡り、彼を囲む妖魔達を旋風が包む。旋風は雄叫びに呼応するように、その勢いを増して妖魔達の体を螺旋状に切り刻んでいく。
「鬱陶しいってんだよ、テメエらは!」
リクスウの怒鳴り声とともに旋風は弾け飛び、吹き飛んだ妖魔の死体の中、リクスウだけが立っていた。
彼の体に付いているのは返り血だけではない。体のあちこちに爪や牙を立てられた跡から血が滲み出している。
「タイコウ、呼んだか?」
そう問いかけるリクスウは、派手に立ち回ったせいか、肩で息をしている。
「あ、ああ。その……大丈夫?」
「心配すんな。と言いたいところだが、今のはちょっとやられ過ぎたか」
どうやらトウコウの爪を使うにも、魯智の術と同様に気を消耗するらしい。
「やっぱり素手でこいつらを一度に相手するのはキツイな。せめて何か武器があれば、もう少し頑張れるんだが」
リクスウの言葉にタイコウが反応した。
「ある……かもしれない。今は無いけど」
「そりゃあ、行くトコ行きゃあるだろうよ。首都じゃ妖魔退治の剣やら何やらを集めてんだからな。だからって、今から首都で武器を貰ったとしても、それまでにこの町は消えて無くなってら」
「雪割りて新芽拭き桃花咲き溢れる」
師匠オウシュウの言葉を思い出す。
破邪の刀である雪割りはこういう時のために作られたもの。今使わなくてどうする。
「カチ割りて白目剥き豆腐湧き溢れる? ここにきて頭がおかしくなったのか?」
「雪割りて新芽拭き桃花咲き溢れる。師匠のオウシュウ先生が、その言葉から雪割りと名付けられた退魔の刀。あるんだよ、それが。このカリュウの町に」
「それを、先に言えって! どこだ?」
掴みかかりそうな勢いで尋ねてくるリクスウ。彼の勢いに押されて仰け反りながらタイコウは……。
「……どこに行ったかわからない」
こんなことならリヨウに移動場所を聞いておくべきだった。
~次回予告、タイコウ語り~
妖魔達に襲われるリブン一家を救うべく、雪割りはリクスウの手で抜き放たれました。
リホウに励まされて千人力のリクスウと共に、僕は妖魔大量発生の原因に迫ります。
でも、快進撃を続けたのも束の間。多勢に無勢で僕達は窮地に陥ります。
決死の覚悟で僕が切り開いた道を全力で駆け抜け、ついに妖魔の源泉に辿り着いたリクスウ。
そこで出会った者達を前にリクスウに異変が……。
幼女に焦がれる恋心。燃える思いが敵を焼く。
唸れ雪割り、貫け砕破。邪魔する妖魔は薙ぎ払え。
疾風怒濤の反撃開始。
次回『第四章 宝剣抜刀』に乞うご期待。