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やがて資料の細かい説明をし終わると留守番組がぞろぞろと部屋を後にした。残るのは例の空を飛べる面々だけだったので、そのまま次に向かう事件の概要やら諸々の確認の時間に割くことにした。
しかし…。
「じゃあ引き続き、このメンバーで『グライダー』事件の調査と解決について話し合いたいんだけど…」
しかし、何故かこの部屋の空気は頗る重い。残った四人がそれぞれ険しい顔をして、言葉を整理しているようだ。だから俺はいっそのこと正直に聞いてみることにした。
「なんでそんなに強張っていらっしゃる」
するとまばらになった席に座っていたサーシャとタネモネが合わせたかのように声を出して立ち上がった。
「「ヲルカ君(殿)」」
「は、はい」
わざわざ確認しなくても二人が怒っていることは明白だ。声に怒気が隠れることなくこもっていたから。
怒られると分かっているだけでも十分怖いのに、この二人の詰問は更にハードルが上がる。だって、普段は法律の専門家として犯罪者の事情を聞くサーシャと、債権者から血も涙もないような取り立てを行う事で知られる『タールポーネ局』のタネモネがタッグを組んでいるのだ。
万に一つも、俺に勝ち目はなかった。
声が揃ってしまった二人は、互いが互いの顔を見て意思の疎通を図った。
「どうやらタネモネさんとはお伝えしたい事が同じようですので、ここおまかせ致します」
「承知した。我から話そう」
そうして全てを一任されたタネモネはふわりと浮かんだかと思えば机を飛び越え、俺の正面へと着地した。そして相変わらず表には出さない怒りの面持ちでこっちに歩み寄ってくる。いつもならスリットから覗かせる足と高いヒールの音が官能的に俺の心を揺さぶるが、今現在の俺にそんな余裕はなかった。
「ヲルカ殿」
「なん、でしょう」
「先ほどワドルドーベとコンタクトを取ったと言っていたが、どういう事か?」
「ええと、思い当たったウィアードの特性上、ワドワーレというか『ワドルドーベ家』の縄張りに出そうだったから心当たりを当たって貰おうと」
たどたどしく言葉を選びながら説明する。
するとタネモネは、ふうっと大きなため息を一つついた。そして腕組みしていた片手を解き、そっとこめかみに当てる。その時両手で支えられていた大きな胸が揺れたのを見て、咄嗟に顔を伏せてしまった。
そんな俺の様子が反省しているように見えたのか、タネモネの叱責する声が若干和らいだような気がした。
「貴殿はワドワーレという女と、『ワドルドーベ家』というギルドがどういうものなのかわかっておられないのか?」
「『ワドルドーベ家』についてだったら、一般教養くらいのことなら。ワドワーレ本人については、まだ知り合って日が浅いし」
「それは昨日の出来事である程度はわかったはずではないか? 偶然ではあるが、昨日のワドワーレとの騒動を止めに入ったのは、ヲルカ殿が選抜したのと同じ顔触れ。この場の全員が貴殿は些か危機管理にかけているではないかと危惧している」
「あ、だから顔が強張って…」
いるんだね。と続けようとしたところで、再びタネモネの纏うオーラが重苦しくなった。そしてそれに違わぬ迫力のある声で律されてしまう。
「当然であろう!」
「けど、昨日の事はワドワーレの仕業と決まった訳じゃないし」
「それは方便だ。昨日居合わせた我らは全員がワドワーレの仕業だと確信している。ヲルカ殿を思って事を荒立てぬようにしているだけだ」
怒るタネモネを見て俺は昔のとある場面がフラッシュバックした。
そう。
それは一年とちょっと前にあったウィアード対策室での事。俺が「つまらないギルドの争い」と揶揄したせいで全員の反感を買ったあの時の場面。四人から発せられているオーラはその時の空気ととてもよく似ている。
つまりは俺の行動は引き金であり、ワドワーレと彼女が属している『ワドルドーベ家』というギルドに対しての不信感や日頃の不満が根幹にある感情が原動力となっているのだ。
だから俺も弱々しくではあったが反論を試みる。
「それは、ありがとう。けど」
「けど、何か?」
「ワドワーレ本人はそれほど危ない人じゃないと思ってるんだけど…」
ひょっとしたら俺が折れて素直に謝っていれば済んだ話なのかもしれない。けど、ここでギルド間の溝から目を背けてしまったら、いつかの二の舞になってしまうという確信めいた何かがあった。
どの道、俺のそんな考え方が皆に伝わる訳もなく、軽率な行動をした上にそれを省みていない俺に対して危機感を持ったのか、任せると言ったはずのサーシャを皮切りに全員が俺に対して強く出てきてしまう。
「ヲルカ君は昨日あれだけのことをされたのですよ?」
「ま、そうなんだけど」
「ヲルカ様は何か根拠がおありなのでしょうか?」
「それも…ないです。なんとなく」
「なんとなく…どう思っているのでありますか、隊長」
「隊長?」
ナグワーの唐突な隊長呼びに全員の目線が彼女に集中した。それを見たナグワーは「あ…いえ、お気になさらず」などと意味深な言い訳をしている。
ただ、そのおかげで場の空気が軽くなって気がした。その事にはぜひお礼を言いたいと思った。
「えっと、なんて言えばいいんだろ、ワドワーレって背伸びをしてる感じがするんだね」
「背伸び?」
「うん。ああでも…やっぱりうまく言葉にできないや」
そうやって悩んでいる俺の姿を見たタネモネは少し毒気が抜けたのか、纏っていた重苦しいオーラを脱ぎ捨てた。それは後ろの三人も同様だ。どうやら詰問の時間は終わりを告げたらしかった。
「…ともかく、今後はせめて二名以上で会うなどの対策をして頂きたい。貴殿に何かあれば我らは…」
「わかったよ。今度から気をつける」
俺がそう言うとタネモネは、またふわりと宙へ浮かんで自分の座っていた席へと戻っていく。そうして着席したのを見計らって、俺はいよいよ本題へ入ることができたのだった。
「じゃあウィアードの事について話を始めようか」
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