5-3
次いでコッコロが泣きそうな顔になりながら言った。
「カウォン様、冗談はやめてください」
「そうだよ、カウォン。質が悪い…」
オレが便乗してそう言うと、コッコロは目の色を変えてこちらを睨みつけてくる。
「はい? カウォン様と結婚するのが質の悪いと? というかアナタ誰なんですか? カウォン様にため口聞くなんて覚悟はできてるんですか?」
「え、いや、その…」
「よせ、コッコロ。改めて紹介する。儂がいま世話になっているウィアード専門ギルドのギルドマスターでヲルカ・ヲセット殿だ」
ギルドマスターと言う言葉にコッコロ達は目に見えて緊張していた。
けど俺としてはその役職の重みも分からないし、権威を振りかざすつもりもないから正直止めてほしいのだけれど。あの今を時めくアイドルのコッコロはあからさまに態度を変え、今度は丁寧な挨拶をしてくるし…
「失礼しました。改めまして私は『カカラスマ座』の歌手でコッコロと申します」
「よく知ってます。ヲルカ・ヲセットです」
「じゃあついでに私も。同じく歌手のキーキア・キルブラントです。よろしく」
「ご丁寧にどうも」
などと奇妙な挨拶を一通り済ませると、俺はいよいよ本題を振った。
「えーと、昨晩にカウォンからこの劇場のスタッフに起こっている事を聞きましたので調査に伺いました。調査と言いましてもウィアードの検討はついているので、今日中に何とかできるかとは思います」
「え、本当に?」
コッコロを始め、劇場の関係者たちがにわかに騒めき出した。当然だろう、早く公演をしたいだろうが観客を招いておいて人死にでも出たら取り返しがつかないのだから。
全員の目が期待に満ちて行くのが分かる。
「はい…それでウィアードを退治するに当たってですね、皆さんに寄付をお願いしたいのですが」
俺がそういうと一瞬で場の空気が重くなるのがわかった。なんとも冷ややかな視線を送られている。
「え?」
「…そういう事ですか」
「そういう事とは…?」
いかにもお偉いさんと言う風貌のスーツの男が立ち上がってこちらにやってきた。
「いえ、ね。」
男はちらちらとカウォンを見ながらなんとも言えない微妙な表情で言葉を続ける。
「昨今ウィアードの起こす事件や事故などが増えているのはわざわざ言うまでもない事です」
「ええ。その為にこのギルドが発足されたんですから」
「では、それに伴ってウィアード関連の事件の解決をうたって詐欺まがいの事をする悪徳な業者やグループが増えているのはご存じで?」
「…ええ」
それは事実だ。実際俺が個人事務所で活動している時からその手の輩は多かった。そのせいでこちらの仕事が潰れた事も一度や二度じゃない。
「どこから漏れたのか、この劇場でもウィアードの被害が出ていると聞きつけたそんな輩が頻繁に現れて…それも頭痛の種なのですよ。カウォンさんが連れてきたというのでつい期待してしまいましたが、何を差し置いても真っ先に寄付をねだる様な者に協力はできかねます。申し訳ありませんがお引き取りください」
「あ」
しまった。牛打ち坊の説明も何もかもすっ飛ばして本題に入ってしまった。出会い頭に金を出せと言えば、そりゃ詐欺だと疑われたって文句は言えないじゃないか。
しかし、どうしよう。今更牛打ち坊を倒す手順を説明したところでただの言い訳だ。伝承に乗っ取って退治するならば関係者から寄付を貰うのは絶対条件なのに…。
「えッと…その」
しどろもどろになりつつ、俺は頭をフル回転させる。しかしこの現状を打破する妙案が思い浮かばなかった。すると隣からため息と共にやれやれという声が聞こえた。見ればカウォンが一歩前に出て深々と頭を下げたのだ。
カウォンが頭を下げたことで部屋の中に小さくないざわめきが起こる。
「カ、カウォン様…なにを?」
「お主の言う通り何の説明もなく急に金銭をせびる様な事を言ってすまなかった。我がマスターは見ての通りまだ子供、世間の礼儀などは未だ弁えておらんのだ」
すみません、中身はおじさんなのに。妖怪の事になると前しか見えなくなるんです。ホントにごめんなさい。
「しかしウィアードを相手取る実力は本物じゃ。儂に免じて、どうかヲルカを一度信じてもらいたい。この通り」
「あ、頭を上げてください。カウォン様。カイロさん、今の言葉を取り消しましょう。私はカウォン様の事を信じます。寄付も出しますよ」
「そうですね。カウォンさんにそこまで言わせるとあれば、確かに信じてみてもいいかもしれません」
なんだかカウォンのおかげで事態が好転したようだ。オレはすぐに謝罪とお礼の言葉をカウォンに言った。
「ごめん、カウォン。ありがとう」
「ふふ。我が主様はまだまだじゃのう。人はウィアードよりも思い通りにいかぬモノじゃ。もう少し人心を学ぶがよかろう」
「うん…頑張る」
「ま、一度でもお主と関われば嘘をつくような男ではないと分かってもらえるじゃろうがの」
などと喋っていると俺達の元にツカツカとキーキアが歩み寄ってきた。彼女は真っすぐ俺の事を見てくる。当然の如く、キーキアもかなりの美人なのでそんな瞳を向けられると緊張してしまう。
「すごいね、君」
「え?」
「失礼。ギルドマスター様にしていい態度ではありませんでした」
「いえ。ギルドマスターと言えども仮のモノですし、俺自身がそう呼ばれていいほど実績がある訳でもないので、そう畏まらないでください」
「そうなの?」
「うむ。儂も普段は大分砕けておるよ」
「ならこんな感じでよろしく。私のことは気軽にキーキアでいいから」
「よろしくお願いします」
と、新たにスター歌手の知り合いができた。そうして話し込んでいると劇場支配人であるカイロが探るように会話を遮った。
「お話し中に申し訳ありません。早速ですがヲルカ殿、寄付はいかほどお包みすればよろしいでしょうか?」
「この劇場と公演の関係者はどのくらいになるんですか?」
「そうですね…細かなところまで言えば300人前後というところでしょうか」
「そ、そんなにいるんですか?」
「ここは『カカラスマ座』が次世代を担う若手を育てる為の施設じゃからな。公演もかなり気合を入れとるからそのくらいはおるじゃろう」
「という事だったら……一人100ラヴン(1ラヴン=1円)も貰えれば」
「「ひゃ、100ラヴン!?!?」」
仰天の様を絵に描いたような声が部屋の中に響き渡った。こればかりはカウォンもアルルも唖然としていた。
「ヲルカ君、冗談だよね?」
アルルにそう言われて俺は気が付いた。この後商店街にも行くんだった。そこで集める寄付も考えれば…
「そう言えばこの後ギベル商店街にも行くんだから、もっと少なくていいかな。関係者全員から10ラヴンも頂ければ」
「ヲルカよ…もう一度確認するが、冗談の類ではないのだな?」
「うん。牛打ち坊を退治するには寄付を募る必要があるんだけど、肝心なのは寄付をする行為であって金額じゃないんだ。なのでまとめてではなく、関係者一人一人からお金をもらわないといけないっていうのが難点ですが」
「いえ…それでウィアードの脅威を退けられるのでしたら」
みんな半信半疑になりながらも財布から小銭を出して俺に手渡してくれた。それからはカイロの案内に従って劇場の中を隈なく周り、スタッフ達から寄付を集めた。まあ事情を説明してもみんな変な顔していたのは仕方がない。
そうしてその日、劇場にいた全員から寄付を得ると俺達は今夜にでもリーゼ記念公演で行う儀式に参加してほしいと告げて劇場を後にした。
次は『アネルマ連』が統括しているギベル商店街だ。
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