5-1
そして翌日の事。
俺は朝食の後にアルルとカウォンを会議室に呼んだ。勿論昨日の続きを話すためだ。
「ヲルカ。考えはまとまったのかや?」
「どう? ヲルカ君」
二人の心配そうな瞳が痛々しい。ギルドとはある意味で家族以上の繋がりを持っていると聞いた事もある。二人の心情を思うと俺は無意識に歯を噛みしめていた。
「その事なんだけど」
と、前置きをして俺は二人に想定しているウィアードの事を言って聞かせた。
二人の話を鑑みるに今回の妖怪は『牛打ち坊』とみて十中八九間違いないないだろう。
牛打ち坊はその名前の通り牛や馬を殺す妖怪だ。「牛々入道」、「牛飼坊」、「疫癘鬼」などとも呼ばれ、今の徳島県に多くの伝承を残している。
寛政の頃に書かれた『阿州奇事雑話』という書物によると牛打ち坊は狸に似た黒い獣のような姿をしており、夜な夜な牛小屋に忍び込んでは中にいる牛馬を殺すのだという。殺し方も様々で単純に食い殺したりする他、吸血や毒殺など様々だ。中には姿を見ただけ牛が熱を出して死ぬという話もある。
死ぬ、という言葉を使うのは憚られたが俺も俺で覚悟を決めて説明した。すると二人の顔は見る見ると険しく、そして青ざめていく。
「…そうか。厄介なウィアードに魅入られたものじゃのう」
「な、何とかなるよね? 大丈夫だよね?」
そんな二人をすぐにでも救ってあげたいという思いが募り、俺は頑張って力強く言う。
「うん、大丈夫。俺が想定しているウィアードなら今すぐにでも退治できる」
俺がそう告げると二人は目を見開いた。アルルに至っては半べそを掻いている瞳から涙を飛ばしている。
「本当!?」
「真か!?」
「うん。二人の話によると実害もかなり出ているし、緊急の案件として優先度を引き上げよう。今日これから出発したい」
「分かった。すぐに支度しよう」
「うん。今日は悪いけど、みんな出前で過ごしてもらう」
と、二人は目に炎を灯した。俺はアルルとカウォンが張り切って部屋を出て行く前にもう一つだけ決めておきたい事を相談する。
「それと俺からも相談があって」
「相談?」
「二人にはもちろん同行してもらうけど、戦力的にもう一人連れて行きたいんだよね」
「うむ。それは構わんが」
「ウチも問題ないよ」
「うん…それで、さ」
俺は思っていることが少々言い出しにくく、もごもごと煮え切らない態度になってなってしまう。それを見かねたカウォンが両手を腰に置き、俺とは正反対のキッとした声で言う。
「これ、男子がうじうじとするでない! 言いたい事ははっきり言わんか」
「うー」
ついそんな声が出た。しかし喝を入れられたことが効いて何とか言葉を捻り出すことができたのだった。
「色々考えた末もう分からないから聞くけど、この家に集まってるみんなってそんなに仲が悪いの?」
「「…」」
あ、黙っちゃった。しかしここまで来たなら言いたい事は全部言ってしまえ。
「根深い問題だから安易に関わっちゃいけないとは思ってるけど、ずっと腫物に触るようにしてるのも難しいし」
「…でははっきり言わせてもらうが、全員気に食わんことは多い」
「…確かにウチも、かな」
「そっか…」
うぅ、やっぱり安易に聞いちゃいけない問題だったのかな。
「ギルドの確執はお主の言う通り安易にはどうこうすることはできん問題じゃ。実際のギルドでの活動を知らぬヲルカにとっては想像の域を出ぬだろうがの」
「そこが問題なんだよね」
「…じゃがのう」
じゃがのう? イワナ坊主? やめなされやめなされ。
「じゃが、比較的マシな奴なら何人かおる。隣の狼娘などはその部類じゃ」
「はあ!? 何それ偉そうに」
「なんじゃ小娘、文句でもあるのか?」
「…いいえ。ウチもまあまだマシな部類だとは思ってるから。それにお婆ちゃんには優しくしないとね」
「あん?」
「二人ともこんな感じでまだマシな部類なの…?」
やっぱりオレの前だとみんな相当な無理してんのかな? しかしマシだと思える相手がいるというのは収穫だ。俺は流れに身を任せて話の勢いを信じる。
「参考までに聞くけど他にまだマシだと思える人、とかは?」
「ウチは強いて選べと言われたら…ヤーリンちゃんか、サーシャか、ナグワーかな。他の人は多分結構な無理をすることになるかな」
「そうじゃな…ワシはワドワーレ、ナグワー、マルカの三人かのう。こやつらはまだ話が通じる」
「よし。じゃあ共通で名前の出たナグワーに頼もう。そうしよう」
乱暴にそう結論付け、何よりも出発を急ぐ。仲の悪くなった女子の間に入るなど、どんなホラーよりも身の毛がよだつ。
そして共通で名前が挙がったナグワーに物凄い光明を見た気がした。
俺は二人に出発の準備を命じると一路ナグワーの部屋を目指す。ハヴァに頼むという思考ができない程に頭の中はいっぱいだった。
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