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同時刻。カウォンの調査の場面に変わる。
カウォンは『中立の家』を出たあと、決められた担当箇所を調査していたのだが、大した成果を得ることができなかった。それは情報の正誤もあるが、それ以上に彼女の調査方法に問題があった。
元来、カウォンのギルド活動は調査や研究、聞き込みなどとは無縁のモノ。歌や踊りの稽古がほとんどで調べ物をするのも役作りや台本の背景への理解を深める為などかなり限定的だ。
しかもギルドの垣根を超えて名を轟かせるアイドルの身の上では、表だって堂々と往来を歩くだけでも苦労をする。とても噂の出どころや正誤性を確かめるどころではなかった。
最初のうちはどうにかアイデアを出して調査の真似事をしていたが、三十分も経たないうちに正攻法では無理だという結論に至っていた。
つばの広い帽子と大きなサングラスを直すと、カウォンは露店で買ったスムージーを飲んだ。そして目的地を目の前にあった大きな劇場に定めたのである。
そこは『カカラスマ座』が管理している劇場だ。チモタボ地区で最大のキャパシティーを誇り、月替わりで演劇公演をしている。カウォンの記憶が正しければ今日は中休みの日で稽古はしているが観客はいないはずだった。
裏手にある搬入口に回ってから中に入る。そして舞台役者用のエレベーターに乗ると一直線に楽屋に向かった。公演のポスターを確認した限りでは、後輩にあたるコッコロというアイドル女優がきているようだ。
この劇場で主役を任されるものは出世するというジンクスがあり、今から90年ほど前にカウォンもここで演劇公演を成功させたことがある。というかジンクスとは名ばかりでここで主演に抜擢される者は『カカラスマ座』の上層部に期待されているという事なのだが。
「邪魔するぞ」
「カウォン様!?」
カウォンが楽屋に入ると案の定コッコロが楽屋で色々と準備をしていた。しかし突然の大物の来訪にコッコロは元よりマネージャーや何人かいた世話係が火をつけたように慌て始めた。
「すぐにカウォン様がいらっしゃったって下にも連絡して」
「はい!」
「構うな構うな。これから稽古なのじゃろう」
コッコロは今までふんぞり返っていたのが嘘のように献身的に世話を焼き始めた。ショートカットに切り揃えられたチャームポイントの銀髪が忙しなく揺れ動いている。
ハーフエルフである彼女はカウォンに憧れて『カカラスマ座』に入った経緯がある。
彼女にとっては神よりも尊ぶべき存在がきたも同義であった。
「あのどうしてこちらに?」
「仕事じゃ」
「例のウィアード専門のギルドの件ですか?」
「うむ」
てっきり自分の激励にでも来てくれたのではないかと期待したコッコロは少しだけ残念がった。しかし同時に自分や周囲のスタッフたちがウィアードの危険に晒されているのではないかと不安になった。
「もしかしてこの劇場にウィアードが?」
カウォンはくすりと笑ってそれを否定する。そして預かってきていたリストをスタイリッシュに取り出して見せた。
「いや、そうではない。このリストを元にウィアードの目撃情報やらその正誤やらを調査して回っているだけじゃよ。流石に儂が表通りを歩くわけにもいかぬから、ギルドの支部を周って聞き込みをしとる。すまんがスタッフやマネージャーに怪しげな噂を見聞きしたりしていないか聞かせてもらえぬか?」
「はい?」
「どうした?」
コッコロは信じられないといったような顔つきになった。その理由が分からなかったカウォンが理由を尋ねると、恐る恐るを訳を話した。
その声は若干震えている。
「カ、カウォン様が聞き取り調査なんて…そんなのは何の取り得もない新米のやることえでは!?」
「仕方あるまい。今となっては儂は新たなギルドのそれこそ新米じゃからの。なんならデビューもできていない研修生も同然」
「カウォン様をそのような扱いで置くなんて…許せません!」
「お主が腹を立ててどうする」
コッコロはキーキーとカウォンの不当な扱いに異議申し立てをせんと奮起している。時たま行き過ぎることもあるがカウォンは基本的に彼女の事を気に入っていた。後輩というよりももはや百歳近く年の離れた妹くらいには思っている。
尤もそれを言おうものなら全身の毛穴から血を出して卒倒するくらい歓喜するだろうから言葉にしたことはない。
するとコッコロの楽屋にまたしても尋ねてくる者がいた。
「お、ホントにいる」
その来客を見たコッコロは再び黄色い声を上げた。楽屋に訪れたのは『カカラスマ座』においてカウォンと双璧を為すと言われている歌手である、ハーピィのキーキアだった。コッコロは敬愛する大物二人が自分の楽屋に揃っている事に至福を感じると同時に、明日はもしかしたら死ぬかもしれないという覚悟を人知れず決めていた。
そんな事は露知らず、カウォンは久しく顔を見ていなかった唯一の同期を見てつい顔をほころばせていた。
「キーキアか、久しいな。お主こそ、何故ここに?」
「販促だよ。新しく歌出したから」
「ああ、そうか。順調なようで良かったわい」
カウォンにとって若い頃は自分の世代のトップ・タレントの座を競い合い、それが元でいがみ合うことも多かったが今となっては信頼のおける友人だ。カウォンと共に『カカラスマ座』の屋台骨の一人に数えられもしている。
「そっちはどうなの?」
「どう、とは?」
「まあ色々よ。ウィアードが云々と言っているが、実際のところの目的は男の子一人でしょ?」
「…まあの」
カウォンは珍しく人前で顔に陰りを見せた。気のおける二人の前だったから油断したのかも知れない。
当初こそ男一人を手玉に取るなんて造作もないと思っていたが、数日をヲルカと過ごすことでどんどんと考え方が変わってきている。ひょっとする反対に魅せられてしまっているのではないかとすら思っているが、論理的にそれを打ち消し続けていた。
カウォンの様子が普段と違う事はすぐに気が付かれた。
「どうした?」
「いや、そんな顔見たの久しぶりだから…うまくいってないのか?」
「どちらかと言えば、そうじゃな」
二人は驚いた。素直に自分の不調を認めた事もそうだが、それよりも男を篭絡させるのにカウォンが手こずっているというのが信じられなかったのだ。
「嘘でしょ。カウォンが相手で靡かない男がいるのかよ」
「まさかその方、ホモなんですか!?」
コッコロは息荒く、決して他人には見せられない顔で言った。男性同士の恋愛に無上の喜びを感じる性格をしている。
「コッコロ、その顔は絶対に表には見せるでないぞ」
「話によると、他のギルドからも綺麗どころを揃えているらしいしな。それでもお前が引けを取るとは思えないけど…美人過ぎると緊張する男も多いからなあ」
「いやヲルカはそういうのとは少し違う」
「う」
その時コッコロが胸に手を当て苦しみだした。
「なんじゃ?」
「意味ありげに男の名前を呼ぶカウォン様なんて…見たくないです!」
「「…」」
二人は言葉を失った。都合が良いので無視して話を続ける。
「ともかく今は信頼関係を築くのが先決という訳じゃ。些細な事でもよいからウィアードに関わりそうなことであれば、すぐに知らせてくれい」
この『カカラスマ座』はある意味『ハバッカス社』を凌ぐほどの情報戦を見せることもある。芸能の世界では流言飛語と真実を見極め、更に市民たちが何を求めているかと言うマーケティング能力に長けているからだ。
ウィアードの問題はいま最もヱデンキアを騒がせている話題と言ってもいい。近々それを題材にした作品も日の目をみることだろう。
伝えたい事を伝えるとカウォンは劇場のスタッフやマネージャー達を尋ねる事にした。するとコッコロが手伝いをすると申し出てきた。
「もしこの劇場を周るのでしたら、私もお手伝いします」
「む? しかし芝居の稽古は?」
「今日はなくなったんです」
「なくなった? なぜ?」
「何でも搬入でトラブったらしいよ。任せていた班が軒並み倒れたらしくて、死人も出たとか」
「それは穏やかでないな…待てよ」
するとその時カウォンの中にヲルカの言葉が反響した。
『リストにある奴だけじゃなくて、原因不明の病気とか怪我、理由もわからずに不幸な目に遭ってる話とかもウィアードが絡んでるかもしれないから注意して見て』
それが頭に過ぎったが否や、カウォンは搬入の責任者の元に話を聞くために駆け出した。
「え? カウォン様?」
コッコロが慌ててカウォンを追いかける。
カウォンの頭には根拠こそないがヲルカが原因とその解明解決に一役買ってくれるという自信があった。
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